暖かな部屋
雪が降ってきた。 風の無い12月の夜空から落ちてくる白い欠片は漂うようにゆっくりで。窓越しに眺めるその景色は、家主の帰りを待つこの部屋の時間を緩やかに流してくれる。 今頃この空の下仕事に励んでいるだろうあの二人は大丈夫だろうか。もっと厚着を勧めた方が良かったかも。カイロなんてもちろん持っていないだろうし、風邪をひかなければいいんだけど。 「退屈アル〜」 不意に襖が開いて半纏を羽織った神楽ちゃんが、寝癖のついた頭のまま隣の和室から顔を出した。現状に対する不満を全身で訴えるかの如く木の床に足音を響かせ、尖った口でこちらへとやって来る。昨夜からずうっとこんな仏頂面だと銀時が呆れ顔で言っていたっけ。 「、まだ銀ちゃんと新八帰って来ないアルか?」 「もう少しかかるんじゃないかしら。今頃ちょうど書き入れ時なんじゃない?」 「ずるいアル。きっと今頃奴ら、サンタコスプレでケーキ食べ放題ネ。ちょっとした立食パーティー気取ってるネ。私も行きたいアル」 「神楽ちゃんはちゃんと寝てなきゃ。まだ微熱があるんでしょう?」 指摘すると彼女は「このくらい屁でもないモン」と更に口を尖らせた。 本日万事屋は「人手が足りないから頼む」と依頼を受け、夕方から商店街のケーキ屋に赴いている。だが、風邪による発熱で三日前から寝込んでいる彼女は、当然ながら万事屋の社長に留守番を命じられてしまったのだ。神楽ちゃん本人は「こんなん全然平気アル」と頑なに主張していたらしいが、銀時に「ようやく良くなってきたのにぶり返されちゃメーワクなんだよ」とあっさり置いて行かれてしまった。この寒空の下、店先でケーキを売るなどという行為は悪化しろと言っているようなもの。そんな当然の理由で言い渡された留守番でありながら彼女の聞き分けが悪かったのは、ケーキの売り子はサンタクロースの衣装を着られるという魅力や、あわよくばケーキを食べられるかもしれないという期待があったからに他ならない。けれど、こればかりは仕方のないこと。 「つまんないアル。もう奥で寝てるの飽きたネ」 「なら、ここで寝る?テレビもあるし向こうよりは退屈しないでしょう?」 そう提案してみると、不貞腐れていた神楽ちゃんの表情が少しだけ明るくなった。奥から持ってきた枕をソファの上に用意して、まだ少し熱い体の上に毛布を被せる。そうしてテレビのリモコンを渡すと、気分が変わって少しだけ満足したらしい彼女はあちこちチャンネルジプシーを始めた。 「」 「なぁに?」 「銀ちゃんと新八、ちゃんとケーキもらって来るアルか?」 「どうかしらねぇ。売れ残ればもらえるかもしれないけど…」 「残らなきゃ駄目アルか。じゃあ今からひとっ走りして『あそこのケーキ激マズ』って噂、町中に流して来るネ」 「そうねぇ。でもそうすると、売り上げが悪くて万事屋の報酬が減らされちゃうかもしれないわよねぇ」 「そんなの横暴ネ!報酬無いと満足に年を越せないアル!一杯のかけそば分け合う羽目になるヨ!私ひとっ走りして町中にケーキ屋の宣伝してくるアル!」 「そうしたらケーキは売れ残らないわねぇ」 「じゃあどうしたらいいネ!?絶体絶命アル!」 「絶体絶命ねぇ」 今にも起き上がって外へ飛び出しそうな勢いの神楽ちゃん。ケーキに対する期待はとても、とても、大きいらしい。 「大丈夫よ。銀時がなんとかしてくれるから」 そう言って笑いかけると、彼女は実に訝しげな顔で眉を寄せた。 「なんとかしてくれる気が全然しないアル」 「そうねぇ、そうなんだけど。でも、大丈夫よ」 神楽ちゃんは諦めたように毛布の中に半分顔をうずめた。その目はテレビではなく、ぼんやりと天井に向けられる。 「…は退屈じゃないアルか?」 「私?」 「だって今日はカップルがでぇとしてしっぽりいっとく日だってテレビで言ってたアル。私は元気だから一人でも全然問題ないネ。留守番くらいできるアル」 上目がちにこちらを見るその表情は半分以上毛布に隠れているためよくは見えない。けれど、彼女なりに気を使ってくれていることはわかった。つい口元が笑ってしまう。 「でぇと、って言っても一人お仕事中だしねぇ。それに、こんな退屈なら全然困らないもの」 「…」 「二人とももうすぐ帰ってくるし、ここはあったかいし、一緒に待ってくれる人もいるし。それって、なんだかいい退屈だと思わない?」 黙って聞いていた神楽ちゃんは、毛布の中で「ウン」と小さく頷いた。 「二人ともさっさと帰ってくるといいアル。帰ってきたら部屋を暖めておいたお留守番サマに深く感謝させるネ」 「そうね」 今日が聖なる日でも、カップルの大イベントでも、なんだって構わないけれど。いつもより誰かの側で過ごしたくなる、そんな日はきっとあって。それは今日かもしれなくて。だから、帰ってくる人のために暖かい部屋を。「おかえり」を言う準備を。こんなに待ち遠しく思っているのだから、迎えられた人だって幸せに思わないはずがない。きっと。 立ち上がって覗いてみた窓の外。噂をすればほら、通りをこちらへ向かって歩いてくる二つの影が。 「帰ってきた」 振り返って声を掛けると、神楽ちゃんは毛布を跳ね除けて飛び起きた。そして窓を全開にすると、「銀ちゃーん!新八ィ!ケーキィィィ!」と身を乗り出して叫んだ。間違いなく一番声が大きかったのは、『ケーキ』の部分だったけれど。 こちらを見上げて顔をしかめ、何やら話している二人の白い息が見える。その手には大きな紙の箱が。ね、大丈夫だったでしょう? きっと、待っていて良かったと。そう思える夜になる。 そんな確信にも似た予感と吸い込んだ冬の匂いで一杯になったこの気持ちを。今はとにかく「おかえり」に代えてあの二人にぶつけるべく、玄関へと急ぐのだ。 side新八 |