目下の悩み
「…土曜日かぁ」 ふと目に入った壁のカレンダーに蘇った目下の悩みが、勉強に取り掛かっていた手を止めさせた。 2月14日。 …土曜日。 そもそもチョコレートをプレゼントする日、なんて、銀八先生のためにあるような日なのだ。 気合いを入れるなという方が、無理な話。 何を作ろうか、とか。 どんなラッピングにしようか、とか。 考えるべきことが尽きないのも、当然のこと。 けれど、それ以前に。 直面しているのは一つの課題。 2月14日、土曜日。その日程。 もちろん学校は休みの日。 学校で会うのが基本の私たちにとっては、通常ならば会えないことが前提の日。 そこで選択肢が2つ出てくる。 前日の13日、学校で渡すか。 当日の14日、会いに行って渡すか。 考えられるのは、そのどちらか。 もちろん最初に浮かぶ思いは、ちゃんと14日に渡したいということ。 先生の家まで渡しに行けばいい。難しいことじゃない。 もしかしたらその後少しは一緒にいてもらえるかもしれないし…という淡い期待も抱いてしまう辺り、不純な動機も混じっているけれど。 うん、そうしよう。金曜の夜にしっかり準備して、土曜日に先生のところへ行こう。 気持ちが固まりかけたところで、でも、と弱気な声が浮かび出す。 そんなこと、迷惑かもしれない。 本当なら、先生が学校以外で私とあまり会おうとしないのは、私のためを思ってくれての事なのに。 卒業までは、と先生が考えてくれているからなのに。 私の気持ちばかりでそんな行動をとるのは、先生を困らせるだけかもしれない。 それにもう一つ。 銀八先生にチョコを渡そうと考えているのは、きっと私だけじゃない。 この校内に、他にもたくさんいるはずなのだ。 そしてそれは14日じゃなく、登校日の13日になることも容易に想像がつく。 思い出すのは10月10日。先生の誕生日。 間の悪い私は、結局校内の誰よりも、先生に「おめでとう」を言うのが遅れてしまったんだ。 今回はそれとは事情が違うにせよ、他のコからもらったチョコを散々食べるだろう13日の翌日に渡しに行くのは…なんだか寂しいような…悔しいような。 ううん。14日に渡す方が正解なんだから、先を越されたことにならないのは十分わかっているんだけれど。 ならもう一つの選択肢は? 13日に学校で。 それが一番、先生を困らせることもなくて、誰に出遅れることもなくて、一番無難な方法なのだけど。 でも、どうしてなんとなく腑に落ちないんだろう。 どうして心のどこかで、それじゃイヤだと思ってしまう自分がいるんだろう。 なんて、自分本位で独り善がりな堂々巡り。 銀八先生は、どうすれば喜んでくれるだろう。 私がどうしたいか、じゃない。 本当は、先生がどうしてほしいと思っているのかを知りたい。 思い切って先生に聞いてみようかなぁ。 でもそれは…やっぱりおかしいよね? いつチョコほしい?なんて。本人に聞くの、おかしいよね。 大体、先生が喜ぶことってなんだろう。 実際のところ、こういうカップルイベントにあまりこだわる人にも見えないし。 これまでだって、私が何かしようとするから付き合ってくれているだけのような気もするし。 …でも、きっと、甘い物はイベントとか関係無くうれしいよね? おっきなチョコレートケーキとかなら喜んでくれるよね? だからって、あんまり甘いと体に良くないのかなぁ。 でも甘さ控えめだと、おいしくないかなぁ。 そういや前に、「シュガーレスだノーカロリーだ軟弱抜かしやがって菓子類の風上にもおけねェ」って言ってた気がする。 せめてタバコか甘い物、どっちか控えめにしてくれたらいいのにな。 体に悪いものダブルでヘビーユーザーなんて、いつか本当に病気になっちゃったらどうしよう。 …あれ?おかしいな。違うでしょ。最初に悩んでいたのはそっちじゃないでしょ。 そう、早く結論を出さなくちゃ。 迫ってきているのだから。2月14日は。 頭の中はグルグルグルグル。 考え出せば、次々ととめどもなく「かもしれない」は溢れて。 手元のまるで進んでいない数学の課題と同じように。 解答欄は真っ白のまま、きっと今日も終わってしまう。 目下の悩みは継続中。 けれど、わかっているから。 それは、数学なんかとは違う。 とても贅沢で幸せな、チョコレートみたいに甘い悩み。 だから、ちゃんとたくさん考えて、ちゃんと正解を見つけよう。 ほんの少しでも銀八先生に、この幸せを分けれるように。 + |