「お前、帰りちょい残れる?」

いちご牛乳を買いに来た昼休みに、かけられた声。
自販機の横にしゃがみ込み、煙草の代わりにいちご牛乳のストローをくわえた銀八先生が私を見上げていた。

「うん。なーに?」
「あー?説教」

説教?!と慌てる私に先生は、素知らぬ顔で背を向けて、ぺたぺた歩き出す。
と、思ったらイキナリ振り返り、「家には連絡しとけよ」と一言。
そーゆーとこだけは、律義。

なんだろう。
以外にマジメな先生は、なんだかんだ言っても遅く帰すような事は滅多にしない。
さっさと帰れとうるさいくらい。
私、なんかしたっけ?





上の空な午後を終え、放課後。
国語科準備室のドアをノックする。
返事は、無い。
そっと開けると、先生の姿も無い。
中に入ると、机の横のまるで活用されていないホワイトボードにメッセージが見えた。

『職員会議。ちょい待っとけ』

なんだ、ちょっと緊張してたのに。
先生の席に座って、傾きかけた陽を見つめる。あたたかい光と、落ち着く場所。





気が付くと、辺りは薄暗かった。
机に突っ伏していた頭を上げる。
なんだっけ。
どうしたんだっけ、私。

肩にかかった白いものが白衣だと認識できた時、寝ぼけていた頭が一気に覚めた。
振り返ると、暗い準備室の小さなソファで足を組み頬杖つきながら、これまた小さいテレビを見ている銀八先生がいた。
ちなみに、これら準備室に似つかわしくないアイテムは、勝手に持ち込まれた先生の私物(しかもどこからか強奪してきたと思われるモノ)。

「ごめんなさい!いつからいたの?」
「いや、別に。どうせまだだし」

目線をテレビに向けたままの先生の言葉に引っ掛かって。
「まだって?」
聞いてみる。

先生は、あくびをしながら立ち上がり、私の質問には答えないまま壁の時計を見た。

「そろそろ行ってみっか」

先に立ち、準備室を出る先生。
慌てて後を追う。

「どこ行くの?」
「愛の説教部屋」
「…いつの間にそんな部屋できたの」



部活の生徒達が残る放課後の廊下はまだ明るい。
唯一電気が消えているのは屋上へ続く階段だけ。
先生は無言で私の手をとり、慣れた足取りで暗がりを上っていく。
ドアを開けると、いつもとは違う屋上の景色。
太陽はすでに山陰に隠れて、夜色のコンクリートが寂しげ。

「この時間の屋上って初めて」
「お前、こんな言われるがまま着いて歩ってたら、いつかさらわれんぞ」

自分が黙って連れてきたくせに、理不尽な事を。

「危険な人になんか着いてかないよ?」
「黙れ。男はみんな獣だ」

言いながら先生は、短くなった煙草を携帯灰皿に押し付ける。
まぁ座れや、の言葉に従い、私はその場に腰を下ろした。

いよいよ説教?ちょっと緊張。
でも。

後ろに腰を下ろした先生の腕が、背後から私を包み込んだ。
びっくりして脈が早くなる。
先生の膝が横に見えるくらい、先生の顎が肩に乗るくらい、近い、距離。

「説教?」と聞いてみると。
「説教」との返答。

その割に無言のままの先生。
体温が背中に伝わって、心地良いのに落ち着けない変な気分。

その時。
足元の冷たいコンクリートが、一気に明るい色に染まった。
続けてお腹が震えるような重低音。

「花火!」

見上げれば次々に空の華。
咲いては散り、また咲いて。

「説教?」
うれしくてゆるむ口でもう一度聞くと。
「説教」
もう一度同じ答えが返ってきた。


後ろ頭で手を組み壁にもたれて、先生は空を見上げる。
私は、その先生の胸にもたれて、同じ空を見上げる。
私を包むような先生の両膝がひじ掛け代わり。
腕を乗せれば、まるでこの日のための特別席。

プラネタリウムのイスみたい。

私が笑うと、先生はいつものように気だるい声で、「たけーぞ」と言った。

出世払いにしてくれるらしいから、今日は思う存分、この席を独占しよう。





特別席から空を見る


(でもやっぱり、今日だけじゃなくていつも独占させてほしいな)