修学旅行
「いつもの街へ」






楽しいことって、あっという間。
わかりきってる事なんだけど。仕方ないって。
それだけ楽しんだって事なんだって。
でも、やっぱり寂しさが残るのも、それはそれで仕方のない事で。

修学旅行は、とうとう終わって。
たった今、いつもの街のいつもの駅で、解散式も済んだところ。
連日の寝不足疲れと、おみやげで膨れた荷物の重さが、一人になった途端のしかかってくる。
駅前で、家までのバスを待ち、ベンチに座った。
ぼんやりと眺める見慣れたはずの景色は、何故だか初めて来る場所のように違和感があって。
さっきまで、みんなと一緒に見ていた景色の方が現実で、今はまるで夢みたい。



「おい。そこの抜け殻」

一気に、現実に引き戻された。
振り返ると声の主が、駅に駐車していたらしいバイクにまたがり、メット片手にこちらを見ていた。

「銀八先生。抜け殻って、私?」
「なんか、半分くらい口から魂出てね?みたいなツラしてんぞ」

どんな顔?ていうか、そんなの見られてたんだ、私。

「つーか、すげぇ荷物だな、オイ」
「うん。おみやげでパンパン」

膝に抱いた荷物と私を見比べた先生は、
「乗ってきます?」とメットを差し出した。

「いいの?」
「なんか、今のお前一人で帰したらアブネー奴にさらわれそう。『お嬢ちゃん、修学旅行連れて行ってあげるからついておいで〜』とか言われて」
「・・・」




「なーに修学旅行が終わったくれーで燃え尽きてんだよ、おめーは」

バイクを運転しながら先生が呆れたように言う。

「だって、楽しかったから」

みんなともそうだけど、昨日まで昼も夜も銀八先生が近くにいたから。
ずっと隣にいられたわけじゃないけれど、必ずどこかに、先生がいることを感じていられたから。
だから、やっぱり寂しい。
バラバラに帰る今日が。
すごく贅沢なのわかってるんだけどね。

急に先生がバイクの速度を緩めた。
そして家への道からは外れた方向へ、右折。

「どこ行くの?」
「んー、どっか」

答えになってない。


道は少しずつ細くなり、緩やかに上り出した。
車通りも減っていく。
初めて通る道。
しばらく走ると、木々や建物に隠れていた道の脇が急に開けた。
街を見下ろす景色。

先生は、道の脇にある駐車場にゆっくりとバイクを停めた。
そこは、駐車場と小さなベンチスペースがあるだけの展望台。
沈み始めた夕日に染まる空が、いつもより少しだけ近い。
綺麗。

「こんなとこに展望台があるなんて知らなかった」

なんだかうれしくて、バイクを飛び降りると、後ろからだるそうに歩いてくる先生を振り返った。

「もう笑ってやんの」
「だって、すごく綺麗」
「帰ってきたって十分楽しんでんじゃねーの?」

先生の言葉に、やっと気付いた。
そっか、そのために、連れてきてくれたんだ。

展望台の手すりに背中をもたれてタバコに火をつける先生を見つめる。
本当。今だって、十分すぎるくらい楽しい。
寂しくなんか、ない。

「ああ、そうだ、忘れてた」

先生が思い出したように、ポケットをごそごそ探り出した。
そして掴んだものを、私の掌に乗せる。
陽を浴びて光ったそれは、トンボ玉のストラップ。
透明のガラスの中に、幾筋もの色彩や花が美しく散っている。
ビックリして見上げると、先生はいつもと変わらぬ表情で
「なんだっけ?アレ、『縁結ばれたままだといいなお守り』の礼」と言った。

先生が?
私に?
買ったの?自分で?

「おい、口開いてんぞ。アホみてーなツラしてんぞ。また魂出んぞ」

もう、何を言われても。
うれしくて、泣きそうで。
でも、笑った。心から。

「どうしよう、すごいうれしい。すごいかわいい。先生こんなのいつ買ってたの?あ!ていうか、ありがとう!」

順番ぐちゃぐちゃ。
何言ってるんだか、自分でもよくわからない。

一人で騒いだり慌てたりしている私の様子を先生は少しの間黙って見ていたが、ふと、私の目線までかがんだ。
そして、その先の私の言葉は、先生に重ねられた唇で塞がれる。
唇を離すと先生は、そのままの距離で私を見すえた。

「まー、落ち着け」
「・・・はい」

そして先生は私の頭を自分の胸に抱き寄せた。
あったかい。

「先生、本当にありがとう」
「どーいたしまして」

掌の小さなガラスは、何よりも暖かくて誇らしい、宝物に見えた。

「つーか、お前さ」
「何?」
「モノ貰ったら、いつもあんな全開で喜ぶの?」
「そんな全開だった??」

なんかちょっと恥ずかしくなる。
ていうか全開って、どんなの?

「そんなの初めて言われたから、いつもじゃないと思うけど。今日は、先生だから、ビックリして、うれしくて」
うまく言えない私に先生は
「ならいーけど」とつぶやいて、
「今後も俺の前だけにしとけよ」と、つけ加えた。

「なんで?」
「うるせー。なんででもだ」
「えー」

言いながらも私は、楽しくて、先生の腕の中で笑った。
もう、抜け殻なんかじゃないよ。
口から半分出ていた(らしい)魂、ちゃんと戻っているでしょう?

いつもの街のありふれた日常が、こんなに幸せなこと。
教えてくれて、ありがとう。先生。




(先生がコレ選んで買ってるとこ、見たかったな。どんな顔してたのか)
(誰が見せるかよ、バーカ)