修学旅行
旅の夜は、非日常感が一気に増して。 いつまでも揃ってワイワイしていたくなるもの。 あ、でも、うちのクラスは、いつもワイワイだからあんまり変わらないか。 「近藤さん置いてきちゃってかわいそうだったかなぁ」 「何言ってんでィ、。近藤さんは、『俺のことは構わずみんな逃げろ!』って訴えてるような目に見えないこともなかったぜィ」 「アバウトだな、おい」 「しょうがないですよ。あのままじゃ、せっかくの夜が僕ら全員松平先生の接待係になるとこでしたもん」 「そうアル。あんなオッサンに付き合うの私ヤーヨ」 旅館の夜。 みんなで枕投げやらUNOやら、楽しくベタに過ごそうと一部屋に集まっていたZ組メンバー。 それを崩すように、突如乗り込んできたのは松平先生だった。 すっかり酔っ払った赤ら顔で、「おう、おめーら付き合えよ〜」なんて、酒瓶左手に、竹刀右手に。 はぁぁ??と思いっきり迷惑を顔に出した僕らの前で竹刀を打ち鳴らし、「いいから俺の話を聞けぇ!」とタチの悪い説教モードに入ってしまった。 当然付き合っていられない僕たちは、松平先生が近藤さんの肩に手を回して語り始めた隙にみんなで部屋から逃げてきたのだ。 もちろん、近藤さんを生贄に。 閉めた襖の向こうから聞こえた「待ってくれぇぇ!」という悲痛な叫びに、全員心の中で『君の犠牲は無駄にしない!』と叫びながら。 「でも良かったわ。逃げれて」 「やっとゆっくり修学旅行の夜を過ごせるアル」 姉上と神楽ちゃんが和やかに笑顔を交わす。 「いや、だから、なんで俺の部屋?」 そんな2人にツッコんだのは、テレビの前で頬杖ついて横になっている銀八先生。 そう、ここは、銀八先生の部屋。 「いいじゃないですか。そもそも僕ら、教師の不始末で部屋追われてる被害者なんですから」 非難がましく言ってみるが銀八先生は 「酔っ払いオヤジの不始末なんか、俺、関係ねーし」と一蹴。 「だって松平先生、『坂田は付き合ってくんねーしよぉ』って愚痴ってたアル」 「なんで俺のせいよ。どこまでいってもオッサンの不始末でしかねーよ。おめーらがいたらゆっくり有料チャンネルも見らんねーよ」 僕たちに背中を向けてごろ寝したままボヤく先生に 「先生も一緒に修学旅行の夜を楽しみましょ」 と、姉上が明るく言うが、逆効果。 「どいつもこいつも浮かれてんじゃねーっつーの」 銀八先生は、いつもより一層だるそうな口調で言い捨てた。 「修学旅行の夜だからーとか言って、一時のテンションで告ったり告られたりとかさァ、そーゆーチャラついた奴嫌いなんだよね、俺。そういう奴に限って帰ったら速攻別れやがるしよォ。アレだね、旅の恥はかき捨てとかよく言うけど、アレ日本人の悪習だよね」 相変わらず、旅の夜でもいつもどおりのテンション。 ていうか、修学旅行も嫌いなんすね、先生。 まぁ、たしかに。 廊下の隅でコソコソ話すカップルの姿やら、どっかのクラスの誰かがフラレた噂やら。 修学旅行の夜と言えば、そんなんばかりだけど。 「へー、いいんですか?先生」 僕はニヤリと笑って言ってみる。 「は?」 「その告ったり告られたり祭り開催中の旅館で、行き場の無いちゃんを野放しにしておいて」 僕の横で、いきなり名前を出されたちゃんが、きょとんとこちらを見る。 先生の背中も、一瞬黙る。 が、次の瞬間、先生の足が僕の首をとらえて締め上げ始めた。 「新八君、成長したね〜。そーゆーツッコミも覚えたんだ?つーか挑戦的だよね?かかってこいや、ってことだよね?それ」 本気で締めてるよ!この教師!ありえねーよ! 「先生、新八君の顔、紫になっちゃってるよ?」 ちゃんが止めてくれた。 いや、でも、もっと慌てて止めて。 死んじゃうし。 「やっぱり心配なんですかィ?先生。がとられねーか」 次にニヤリとしたのは沖田君。 続いてみんなもなんとなくニヤニヤ。 ちゃんだけが目を丸くしている。 「心配だぁ?」 僕の首からやっと足を離した先生は、体を起こしてあぐらを掻く。 「バーカ。心配なんかしてる暇あったら手ぇ出しそうな奴潰して回るっつーの」 あっさり言う先生。 まったく、この人は、はっきりしてるんだから。 ちゃん、赤くなっちゃったよ。 このダルい教師を彼女が以前から本当に好きな事は、クラスの誰もが知っていて。 誰から聞いたわけじゃなくても、わかりやすい彼女の気持ちにみんな気付いていて。 だから、なんていうか。こういう光景はちょっと微笑ましい。 付き合ってると聞いた時も思ったけど。 ああ、良かったねって。 ほのぼのとそう思ってしまう。 「と、いうわけだから、だけ置いておめーら去れ」 しっしっと手を振る先生。 前言撤回。 ハッキリしすぎてて、微笑ましくねぇぇ! 「何?!そのあからさまな差別?!ていうか、学校行事で何いかがわしい状況作ろうとしてんですか!」 「いーじゃんよー、修学旅行の夜くれーよー」 「いや、あんた、『修学旅行の夜だから』ってテンション、嫌いだっつってなかったっけ?!」 「人は日々成長していくもんだ、新八」 「そうネ、人間は『ニシンがっぽり』アル、新八」 「『日進月歩』ね、神楽ちゃん。無理して四字熟語とか使おうとしなくていいから」 「違うネ。私が言いたいのは、人は日々『一石二鳥』で、『三蔵法師』なのヨ」 「意味わかんないし。2つ目四字熟語ですらないし」 「違うぞ、神楽。それを言うなら人間誰しも『十月十日』だ」 「いや、それ、あんたの誕生日だろ!」 もうわけわかんねー!どこまで行くんだよ、こいつら! 「つーか、、お前あの野郎のどこがいいんだよ」 「え、どこって」 ボケとツッコミの応酬をする僕らの後ろで、土方君がちゃんに詰め寄っている。 土方君の気持ちも、僕ら大体知っている。結構前から。 多分ピンときていないのちゃんだけ? 銀八先生も気付いていたからこそ先手を打って『付き合ってる宣言』したんじゃないかと僕は睨んでいる。 土方君は土方君で、ちゃんの気持ちは前から知っていただろうし、もう諦めているみたいだけど。 でも、銀八先生を見ていて、時々、何かこう、納得いかない気持ちになるんだと思う。 いや、気持ちはわかるよ、土方君。 「オイオイ、聞こえてんぞー」 言いながら銀八先生が投げた枕は、そんな土方君の頭部にヒット。 「何しやがる!」 「言ったろ?潰して回るって。覚悟はいーですか?コノヤロー。つーか、お前もすぐ答えろや。先生泣くぞ」 土方君に凄みつつ、ちゃんにもツッコむ先生。 「だって、どこっていうか」 ちゃんが下を向く。 「どこもみんな、だから」 それはもしや、全部好き宣言?! みんな静まった。 睨み合ってた銀八先生と土方君も。 Z組一控えめなちゃんからそんなセリフが出てくるなんて。 やっぱり旅の夜は、人の心を開放的にするのかもしれない。 「・・・つーか、やっぱさぁ、お前ら出てってくんない?いんじゃね?修学旅行だし。一時のテンションに身を任せるのもアリじゃね?」 しみじみと僕らに語る銀八先生の言葉は、もう、最初の持論どこ行った?コラ、って感じで。 「いや、ナイですって、それは。無理ですって。教師が生徒にそんな宣言しないで下さいよ」 一応僕は、Z組の良心として、常識あるツッコミをしておくのだった。 結局、修学旅行の夜、なんだかんだ言って一番楽しんでますよね?先生。 |