修学旅行「縁結び」






同じ制服の一団が、つらつらと清水寺へ続く坂道をそぞろ歩く。
京都ではきっと、よくある光景。

おみやげ屋さんのベタなグッズを覗いたり、ところかまわず写真を撮ったり撮られたり。
生徒たちは一様にはしゃいでフワフワしていて。
先生たちは、そんな生徒たちが、フワフワしすぎて何かやらかしやしないかと、気を引き締める。
こういった、ちょっとの自由時間にこそ事故や問題は起きるもの。
さっき、どこかのクラスの先生が、大騒ぎしている生徒に注意していたっけ。

でも、そんな緊張感とは、一切関係の無い教師が一人。

「いや、俺、バスで荷物番やっとくんで。みんなの荷物は俺が死守するんで。安心して行ってきていいすよ」

寺までの道のりが長そうなことに気付き、そんな事を言っているのは、もちろん銀八先生。

「バカヤロー。てめーんとこの生徒が一番問題起こしそうなんだよ。いーからさっさと行けぇ!」

引き返そうとするところを松平先生に戻され、オラオラと竹刀で追い立てられている。

「せっかくのありがたいお寺なんだから、そんな顔しないで行きましょうよ、先生」

新八君が笑顔で先生に声をかける。

「バカ、おめー、こんなに上らされたら、ありがたいモンもありがたくねーんだよ。上るったらねーよ、この坂」

ブツブツ言いながら歩く先生からは、生徒に事故が無いように、などと気を配っている様子はまるで感じられない。
それでも彼が歩くと、なんとなく周りに生徒が寄ってきて、離れては、また集まる。
他愛も無い会話を交わし、時にうるさそうにため息をつきながらも、彼もそれを拒みはしない。
そんな先生の後ろ姿を見るのが、私はいつでも好きだ。





ちゃん!こっちこっち!」

妙ちゃんが少し先から手招きしている。
そういえばさっき、「行きたいところがあるの」と意味ありげに言っていた。
同じグループの九ちゃんと神楽ちゃんと、妙ちゃんが呼ぶ方へ。
そこには小さな神社があった。
見ると、大きく「縁結び」というのぼりが立っている。

「ここ、有名な縁結びの神様なのよ。お参りしましょう」
「姉御、縁結びって何アルか?塩むすび的なモノか?」
「違うわよ、神楽ちゃん。好きな人との縁を結んでくれるの。恋愛の神様なのよ」

…へー。
妙ちゃんの言葉に、3人とも、少なからず興味を持った様子。
私たちだけではない。
境内は、私たちの高校の女生徒やカップルたちであふれていた。
よくわからず、観光のつもりで鳥居をくぐってしまった男子グループは、「なんか違う」ことに気付くらしく、そそくさと出て行く。

「お。お守りも売っているぞ」

九ちゃんが指差した方向には色とりどりのお守り。
もう、なんていうか、ピンクにクローバやらハートやらかわいらしい絵が舞うお守りや、神社だというのになぜか飾られた金ぴかの天使(!)のオブジェは、ご利益というより商魂たくましさを感じてしまう。
それでも、ささやかな願いを込めて女の子たちは、お守りを真剣な眼差しで選ぶのだ。
どうか想いが届きますように、と。

ちゃん、もちろん先生にあげるんでしょ?」

妙ちゃんの言葉に、他の2人も私を見た。
実はこの3人、だいぶ前から私が先生を好きなことを知って、何かと相談に乗ってくれているメンバー。
まぁ相談というには、3人とも意見が強引なのだけど、それでも先生なんて立場の人を好きになってしまった(しかも、あんな)私をいつも元気づけ、背中を押してくれてきた。
先生がクラスで『付き合ってる』宣言をした時、背中をたたき、首をしめ、死の恐怖を味わうくらい喜んでくれたのもこの3人だ。

「どうしよう。こういうの、絶対『くだらねー』って言われる気がする」

だって、お守りってキャラじゃないもんね。
そうは言いながらも、華やかな色柄のお守りたちの中で、渋い紺地に銀刺繍のお守りが目に入ってしまった。
あれなら、先生にも似合うかも。
おそろいの赤地のものもある。
縁結びっていうくらいだから、基本ペアで買うようになっているらしい。
うーんと悩んだ私の後ろで、他クラスの女生徒たちがお守りを選びながら騒ぐ声がする。

「えー、どうしよう。お守りってキャラじゃないよね〜、先生って。あの死んだ目で、いらねーって言われたらどうしようー」

聞いてしまったセリフに、私を含む4人、固まる。
お互い目を合わせた。
だって、お守りキャラじゃない死んだ目の先生なんて、一人しかいないでしょ。

「あのコ、銀八先生にお守りあげるってこと?そういえば、先生とちゃんのこと知ってるのうちのクラスだけだものね」
「なんだ、あの男、そんなにモテているのか?」
「そんなの関係ないネ。先生はもうのモノなんだから」

ヒソヒソ頭を寄せ合う3人は、私に「負けんな!」という視線を送ってくる。
向こうでは、意を決したらしいさっきの女子が、お守り2個分の料金を支払っているのが見えた。
それを見ていると、無性に気分が燃えてしまって。
つい私も、手に持っていたお守りを「ください!」と差し出す。

だって、負けたくないんだもん。


「何、ここ。なんで、ここだけ女子率高いわけ?」

そんなこんなな真っ最中に、当の本人の声が突然聞こえたから、私は飛び上がるほどびっくりした。
そんなことも露知らず、彼は、だるそうにタバコの煙を吐き出し、事もあろうか、境内の真ん中にある「恋占いの石」と書かれた大きな石に腰掛けていた。
「先生、それはちょっと」
「やめて。ご利益なくなる」
と周りの女子から冷たいツッコミ。
は?何が?と言っている本人は、太いしめ縄のまかれた意味ありげな石に気付いてないのかわざとなのか。

「何してんの、お前ら」

私たちに気付いた先生が、歩み寄って来る。
私は今買ったお守りをつい後ろ手に隠した。
と、同時に「銀八先生!」とかわいらしい声が響く。
さっき、お守りを買ってた他クラスのコだ。
「先生、お守りあげる!もらってください!」
緊張してうわずった高い声で、彼女は先生の手にお守りの入った袋を押し付け、友人たちが待つ方へ駆けて行った。

それは、あっという間の出来事で。
何ともあっさり先を越されてしまったことに、私は少し呆然としていた。

手に持ったお守り袋を渡す意欲が一気に小さくなる。
だって、私があげても、あのコともおそろいでお守り持つことになるのなら。
私とだけじゃないのなら。
そんなのイヤだ。
そんなの、イヤ。

「って、なんでお守り?」

不思議そうに手の中を見る先生の背中に、次の瞬間、美しいほどに妙ちゃんのドロップキックが決まっていた。

「てんめぇっ!この浮気者がァァ!」
「はぁ?!何が?!」
「女の敵!の前で最低ネ!」
神楽ちゃんが先生の首を締める。
「あだだだだ!何が?!だから何が?!」

たしかに先生には、何のことだかわかるはずもない。
2人を止めないと、と声をかけようとした。が、
「行きましょ!ちゃん!所詮天パは天パなのよ!」
「そうネ!どこまでもクルクルなのヨ!」
「えっ!待って、待って!」

鼻息荒い2人に引きづられ、私は神社を後にした。





有名な「清水の舞台」は、たしかに高くて。
木を組み合わせて、こんなに長い月日を支え続ける土台を作ったんだから、昔の人ってすごい。
でも、下をのぞいてみると、東京タワーの方が怖かったなぁなんて思ってみたり。

「先生、『清水の舞台』って、お寺なのになんで舞台があるんですかね」
素朴な疑問を投げ掛けているのは新八君だ。

「それはお前、アレだよ。清水さんが目立ちたがり屋だったからだよ」
答えているのは銀八先生。

「誰だよ、清水さんて。いませんよ、そんな人」
「バカ、おめー、清水さんが建てたから『清水寺』ってのがアリがちなノリだろーが。エッフェル塔しかり、マツモトキヨシしかりだよ」
「エッフェル塔とマツキヨ同列ですか」
「お前、マツキヨなめんじゃねーぞ。シャンプーとかめっさ安いぞ、コラ」
「ポイントだってたまるぞ、コルァ」
「なんだよ、神楽ちゃんまで!あんたらどんだけマツキヨ好きなの!?」

もうなんの話なんだか。


そんな話に盛り上がるみんなから離れて、私は本堂を覗きに行ってみる。
薄暗い中、優しい木の香り。
お賽銭を入れようとバッグに手を入れるとさっき買ったお守りに触れた。

どうしよう、これ。
渡す機会あるかな。
ていうか、渡しても、な。
お守りをポケットにしまい直し、お賽銭を投げて手を合わせる。

「神様は札入れねーと、願い聞いてくんねーんだぞ」

間近で聞こえた声にびっくりして振り返ると、銀八先生が私を見下ろしていた。
びっくりしたぁ、と言う私の手に、先生はポンと何かを投げてよこす。
ピンク色にかわいらしい花模様。「縁結び」と書かれたお守り。
さっき、もらってたやつだ、きっと。

「なんか、捨てんのもバチとか当たりそーで気持ちわりーからよ。お前、預かっといてくれや」
「でも」
「何の事だかよくわかんなかったけど、中見たら縁結びとか書いてあるしよ。俺持ってたってしゃーねーし」

それとも何?結ばれちゃってほしいの?とか意地悪な事を言う先生。
イヤに決まってる、そんなの。
返事の変わりに、渡されたお守りを制服の右ポケットにしまった。
そして、左ポケットからもう一つ。

「じゃあ変わりにこっち」

さっき渡せなかったお守り。
紺色に鈍く光る銀刺繍。
あんなかわいいピンクとかじゃないけれど。
でもね、気持ちは負けていないから。

先生は黙ってお守りを目の高さまで持ち上げる。

「これ、お前が買ったの?俺に?」
「うん」
「なんでよ。縁的にはもう結ばれてんじゃん」

これ必要?
不思議そうな先生の言葉に、お守り渡せなかったとか、先を越されたとか、さっきまでの色々が、すごく小さなことに思えた。

「そっか」
「そうだろ」

うれしい、すごく。
でも、うれしいから、もっと贅沢になる。
もっと望みが叶ってほしくなる。

「じゃあ、これは、これからもずっと結ばれたままだといいな、のお守り」

私の言葉に、銀八先生はちょっと黙った後、タバコの煙をふーっと吐き出して眉を寄せた。

「やっぱお前、誘ってんだろ。誘っちゃってんだろ、俺を」
「何が?!どうして?」
「タチ悪いわ〜、お前。自覚無いし。いや、そんなんも含めてワザとだろ。なんか小悪魔的なアレ目指してんだろ」

ブツブツ言いながら銀八先生は、私のお守りをジャケットの胸ポケットにしまい、歩き出す。
なんだか、よくわかんないけれど。
うれしいから、いっか。

おそろいで買った自分の赤いお守りを、同じように制服の胸ポケットにしまって、私は先生の背中を追いかけた。