修学旅行「寝台列車」






1日目は移動がメイン。
電車に乗って、ひたすらガタゴト。
明日の朝まで、ひたすらガタゴト。
寝台列車なんて、初めて。



「キャッホオォ!私、上がいいアル!」

今夜の寝床をのぞき込み、神楽ちゃんがはしゃいだ声を上げた。
寝台列車は2段ベッド。
1段1段カーテンで仕切れるようになっている。
「じゃあ私、神楽ちゃんの下ー」

私は下の段のベッドに腰を下ろした。
向かいのベッドには、同じ班の妙ちゃんと九ちゃん。

、今夜は寝かさないヨ!朝まで生討論ネ!」

上のベッドからのぞき込んでくる神楽ちゃんの、うきうき気分が伝わってくる。

当然だけど、男女は別々の車両に分断されているから、今だけはZ組もいつもより静か(男子車両がどうなっているかはわからないけど。なにせ沖田君と土方君同じ班だし)。
もちろん銀八先生も男子車両の方にいるから、この列車に乗ってから、あまり顔を見ていない。
ちょっと、寂しかったり。




ガタコト、ガタゴト。
電車は揺れる。
就寝時間はとっくに過ぎ、最初のうちは諦め切れずおしゃべりを続ける声で騒がしかったものの、松平先生が
「おめーら、さっさと寝ないと、おじさんが取って食っちゃうよ〜?」
と大声で練り歩くと一気に静かになった。

今夜は寝かさないと言っていた神楽ちゃんも、すっかり夢の中らしく、静か。
向かい側のベッドもピタリとカーテンが閉まっていて、動く気配が無い。
枕が変わるとなかなか寝付けない私。
少し開けたカーテンの隙間から入る月明かりを頼りに、電車の音しか聞こえない狭いベッドで、ぼんやりと天井を見ていた。
なかなか、眠くならない。


「初日から夜更かしですか。コノヤロー」

突然電車以外の音が聞こえて、驚きのあまり声が出そうになるのを抑えた。
カーテンの隙間から、見慣れた人影。
薄暗い中で、銀色の髪が明るく見えて、なんかホッとする。

「女子のベッド覗かないでよ、先生」

非難がましく見返すが、まるで悪びれない様子。

「開けてっからワリぃんだろ。つーか、不用心」

寝ている私に目線を合わせるように、先生はしゃがみ込む。

「先生、寝ないの?」
「あー?見回り」
「意外。マジメに見回りしてるんだね」
「松平のとっつぁんが酔っ払ってて、戻るとグチグチうるせーんだよ。隠れて寝るとこもねぇしよ」

言いながら、眠そうに大欠伸。

「何、お前、寝れねぇの?」
「うん。なんか目冴えちゃって」
「なんか適当に羊とか執事とか数えとけ」

そう言って先生が立ち上がりかけた時、この車両の扉が開く音がした。続いて、
「坂田〜。出て来い〜。おじさんと一緒に飲もう?コンパニオンもいねぇし、おじさん話し相手いないと寂しいんだよ〜」
松平先生の声だ。
こちらに近付いて来る。
「先生うるさい〜」という文句の声もあちこちから聞こえ出す。

「やべ。おっさん、しつけーっつーの」

眉間にシワを寄せて、迷惑そうな銀八先生。
そりゃそうだよね。
あの感じ、すごいタチ悪そう。

「ワリぃけど隠れさせてもらうわ」

そう言うなり、銀八先生は、私の寝台にするりと侵入し、カーテンを閉めた。

「隠れるってここ?!」
驚いた私の前で、シーッ、と指をたてる。

私が黙ると、坂田ぁ〜という松平先生の声が間近に聞こえてきた。
狭い寝台。
銀八先生との距離は、ちょっと動いたらくっついてしまいそうな程近くて。

近過ぎだってば。
心臓、止まっちゃうってば。

松平先生の声と足音は、そのままゆっくり、私たちの寝台の前を通り過ぎて行った。

「…行っちゃったよ?」

小声で聞くと、銀八先生は、「んー」とやる気の無い返事。
片手で頬杖をついて横向きに寝ている先生は、近過ぎて今、鎖骨のあたりが見えるだけ。
そーっと顔を見上げてみると、先生は目を瞑っていた。

寝てる?

「先生!だめだよ、ここで寝たら!」

あくまでヒソヒソ声で呼びかけながら、先生の服を引っ張る。
すると私のその手は、先生の空いている方の手にとられた。
薄く目を開けて、私を見下ろす。

「んだよ。いいだろ、ちょっとくらい。ここが一番落ち着くんだよ」

ここが、一番落ち着く。
すごく、うれしい言葉。
でも、先生。
私はあまり落ち着いてないんだけど。
だって、近いし。
手握られたまんまだし。
先生の匂いがするし。

「いーから気にしないで寝てろや」
って、先生は言うけれど。
無理。

「なんか、余計寝れない」
「お前、俺にときめき過ぎだって。まぁたしかに、ある意味興奮するシチュエーションではあるけど・・・グエッ」
私のグーが先生のみぞおちに入る。

「心配しなくても、すぐ寝れるって」

言いながら先生は、もう一度欠伸。
絶対先生の方が先に寝るでしょ。

「とりあえず、目瞑ってみ?」

そうしたら眠れるのかな。
羊を数えるような感覚で、素直に目を瞑ってみる。
と、唇に、やわらかい感触。
慌てて目を開け、先生の顔を見上げようとした私を遮るように、片手で頭を抱き寄せられた。

「はい、おやすみィ〜」

耳元で、のんきな声。
心臓ひっくり返りそうだったはずなのに、先生の胸に顔をうずめると、耳にうるさかった電車の音からすら護られているみたいに、安心感に包まれた。
あったかい。
少しずつ、眠気がやってくる。

でも今寝ちゃったら、この状態は、マズイよね?
明日の朝、マズイよね?
でも、眠いし。
このまま、寝ちゃいたいな。
離れたくないな。

意識は、いつの間にか落ちていた。




次に気付いた時、もう窓からは明るい光が差し込んでいた。
ベッドには、私だけ。
カーテンを開けると、先に起きていたらしい妙ちゃんが、おはよう、と笑った。
周りも、少しずつ活動し始める時間。
夢だったのかな?
ぼんやりした頭でそんなことを考える。

でも、ふと見た布団の上に、タバコの箱が一つ。
誰の落し物かは、すぐわかる。
私は大事にそれを拾い上げた。
半分くらい中身の残った箱から、微かに先生と同じ匂い。
誰にも見られないように、それをカバンにしまって。

さぁ、楽しい旅行の1日が始まる。



(先生今頃、タバコ、探してるのかな?)