「先生?」 「あー?」 時折ひやり、とかすめる窓からの風に、秋を感じる夕暮れ時。 「私、バイトしても、いい?かなぁ?」 「はぁ?バイト?」 明らかに様子をうかがいながらの私の質問に、ジャンプに夢中だった先生が顔を上げた。 「あ。でも、ずっとじゃなくて。9月いっぱいくらいの短期のやつにしようとは思ってるんだけど」 訝しげな先生の表情に、慌てて、そうつけ加える。 先生は黙ったまま、探るように目を細めて私を見た。 ああ、失敗だったかも。 やっぱり黙っておけば良かったのかも。 「それは俺に、担任としての許可を求めてんの?それとも彼氏として?」 言われてみて、初めて考える。 どっちなんだろう。 許可というよりは、なんとなく、先生に隠し事をするのが後ろめたくて。 隠したところで、どうせすぐバレてしまいそうだし。 「え〜と…両方?」 「ふ〜ん」 先生は低いトーンでそう返して、またジャンプに視線を戻した。 見透かされそうな目から解放されて安心したのは、束の間こと。 「はい、まず担任としての答え〜」 タバコの煙を勢い良く吐き出しながら先生は、私の求めたバイト許可願い≠フ回答を述べ出した。 「何寝ぼけたこと言ってやがんだ。受験生、コラ」 「ソレは…そうなんだけど。でも」 「はい、それから彼氏としての答え〜」 「えっ。別なの??」 先生はジャンプを閉じて机に置くと、私の頭に優しく手を乗せた。 「別に、なんもいらねーよ?俺ァ」 …。 先生に何かあげるためにバイトするなんて、言ってないもん。 頭に浮かんだ否定の言葉は、声に出せなかった。 そんな苦しいセリフ、どうせ先生には通用しない。やっぱり先生には隠せない。 結局は、言い訳したいのに言い訳できない、開いては閉じる口のままで数秒間。 あとは、諦めた。 この沈黙はすでに肯定。 私って、ほんと、ダメ。 「いや、黙んなや。つーかヘコむなや」 「だって…」 黙ってたかったのに。 少しでも驚かせたかったのに。 格好悪い。 「お前、この時期いきなりバイトって。わかりやすいこと山のごとしだろ。しかも9月いっぱいって」 そうだよね。本当にそう。 だけど、私には他に方法が思いつかなくて。 先生にうまく隠れてバイトする自信も無くて。 どうしようと悩んでいるうちに、10月10日はどんどん近付いていて。 やっぱりこんな時、大人になりたいと心から思う。 年齢的にじゃなくて。 立場とか、考え方とか。 この際背伸びでも構わない。 でも背伸びすら上手にできない。 「つーか俺がワガママ言っていい日だろ?俺のリクエスト聞いてくれたってよくね?」 不意に先生が言い出した。 「リクエスト?」 うつむいていた顔を上げると、短くなったタバコを灰皿に押し付けながら先生もこちらを見た。 「俺さぁ、割と甘いモンとか好きなんだよね」 「…」 知ってるよ。もちろん知ってる。 ていうか割と≠チて。 でも。 「そんなんで、いいの?」 「そんなん、たァ何事だコノヤロー。糖分バカにすんじゃねーぞ。糖分とらねーと死ぬぞ、俺」 「…とり過ぎで死んじゃう方だよ、先生」 「あとはぁー」 「他にも?」 「『10月10日は友達の家寄って勉強するから、帰りは少し遅くなるのぉー』って、カワイイ感じで親の信用を得る練習しとけ」 それは、一緒にいられる、ってことだよね? 先生の誕生日、私が予約済みってことでいいんだよね? なんかもう、自分の立てた浅い計画なんて丸崩れで、しかもバレバレで、自己嫌悪感たっぷりだったはずなのに。 先生がいつもと変わらぬ気だるい調子でそんな事を言うから、つい笑ってしまった。 そんな私の肩に、先生の両腕が乗った。 正面から目と目が合う。 「んなバイトとかよォ、時間もったいねーっつの。いーからお前は、なるべくここにいとけや」 そうだね。 卒業の日が来たら、こんな風に毎日当たり前のように学校で会うことはできなくなるから。 今のこの時間が、とても貴重だってこと。本当は私にだってわかっている。 先生も同じように思っていてくれたことが、うれしい。 「…じゃあ、ここにいる」 頷くと、先生は小さく笑った。 「さ〜、あとは何してもらうかねェ〜、10月10日」 「えっ。リクエストいくつまでアリなの?!」 私の背伸びは、バランスが悪くてよろけてばかりだから。 先生はいつだって、私の目線までかがんでくれる。 今はまだ、そのことに甘えさせてもらおう。 でも、決して甘え過ぎないように。 ほどよいバランスを目標に。 そしていつか、私から先生に近付いてみせるから。 カレンダーの10月10日に赤い○印を付けている先生の背中を見ながら、私はそう決心するのだ。 そんな、放課後のひと時。 10月10日まで、あと少し。 背伸びとか、 |