街を歩けば、そこかしこから甘ったるいクリスマスソングがふわふわと漂い。 夜ともなれば、冷たく凍る景色に散りばめられる光の粒。 紅に、瑠璃に、翡翠に。 色づいた雪に微笑む2人の距離は自然と近くなる。 そう。冬は恋人たちの季節なのだと、若干寂しく思い知らされる今日この頃。 だが、ここに、そんな浪漫と幻想溢れる季節を、ものともしないカップルが1組。 「明日も冷えるのねぇ」 「あー?そーねェ〜」 万事屋の居間で天気予報を眺めるさんが、隣の銀さんに話しかける。 対する銀さんは、相も変わらずジャンプを膝にお茶をすすりながら、気の無い返事。 そんな2人をテーブルを挟んだ向かい側から眺めるのは、もうお馴染みのことで。 こんなユル〜い空気は、いつものことなんだけれど。 …でも、今日ってさ。 12月24日、なんですけど。 プレゼントの用意だの、レストランのリサーチだの、ホテルの予約だの。 入念に計画立てておかなくては関係の危機をも招きかねないというカップルのガチ勝負デー、クリスマスイブの夜なんですけど。 何やってんの、うちのカップル。 そもそも僕だって遠慮したのだ。 朝、お登勢さんに、クリスマスイブだしパーッとやりに来るかい?と誘われた時も。 夕方スーパーで早くも値を下げ出したケーキを見つけた時も。 イブはカップルの一大イベントだろうから、今日はやめておこう。ケーキもお酒も、明日でいいだろう、って。 銀さんは今晩帰らないだろうし、姉上は今日も仕事で朝帰りだから、万事屋に泊まって神楽ちゃんと明石●サンタでも見よう、なんて。 そう思っていたのだ。 なのに仕事を終えたさんが万事屋に顔を出して、4人揃って晩ごはんを食べ、そして今まったりと食後のお茶タイム。 な、なんなんだろ、コレ。この日常感。 …まさか忘れてるわけじゃないよね?2人して。 今日がイブだって。 「銀ちゃん、コレどうやったらいいアルか。教えてヨ」 神楽ちゃんが奥から出てきた。 「あん?何だこりゃ」 銀さんが神楽ちゃんの手から受け取ったものは、何やら色鮮やかなボール紙のようなもの。 「もしかして、クリスマスツリー?」 さんが横から覗き込みながら言う。 それは紙を組み立てて作る小さなクリスマスツリーだった。 「神楽ちゃん、これどうしたの?」 僕が聞くと 「昼間歩いてたらもらったアル」 との答え。 よく見るとツリーの下の方に、『キャバクラ愛らぶゆぅ 美女とメリークリスマス』なんてあやしい店の宣伝が記されている。 なるほど。チラシ代わりに配ってるってわけか。 「山折りで、ここが谷折り…」 「バカ、ちげーよ。こっち側に折ってコレをここに差し込むんだろ」 最初は面倒臭そうに眺めているだけだった銀さんだが、結局はもどかしくなるのか、さんの手から取り上げて自分が組み立てている。 「オラ、こうだろ」 銀さんが、組み上がったツリーをポンと無造作にテーブルに乗せた。 たったこれだけで、なんとなく雰囲気が変わるのだから不思議なもので。 ほんの少しだけ、居間を包むクリスマスっぽさ。 いかがわしい宣伝が入った安っぽい紙のツリーは、きらびやかな装飾よりもずっと万事屋に似合っていた。 「そーいえば今日ってクリスマスイブでしたねぇ」 若干わざとらしいながらも僕が投げかけてみると。 「んだよ。まさかプレゼントがほしいとか言い出すんじゃねーだろーな。完徹してサンタを待つ気じゃねーだろーな」 銀さんが冷たい目でこちらを見てきた。 いや、そうじゃなくて。 「そんな、サンタさんなんて。もうそんなトシじゃないですよ」 「サンタのオッサン、マジで来るアルか?私まだプレゼントのリクエスト済んでないヨ!」 神楽ちゃんが慌てた様子で立ち上がる。 「何言ってやがんだ。よく見ろ。うちには煙突がねーからあのオッサンは来ません」 「なんで煙突じゃなきゃダメアルか!玄関から入った方がよっぽど早いネ!」 「アイツはなァ、アイドルと同じでイメージ勝負みてーなトコがあんだよ。せっかくコスプレ決まってんのに、コソコソ鍵開けとかピッキングとかし出したらイメージガタ落ちだろーが。やるからにはちゃんと心まで飾らねーとファンの苦情殺到だよ?」 「いや、サンタクロースは別にコスプレイヤーじゃないんで」 僕のツッコミをヨソに、神楽ちゃんは思いついたようにさんを見る。 「んちは煙突あるアルか?!」 「うちにも無いのよねぇ」 あっさりと返ってきた答えに、神楽ちゃんはつまらなさそうに口をとがらせた。 イメージくらいでガタガタ言って、サンタのオッサンやる気ないアル、などとぶつくさ言いながら。 まぁ、神楽ちゃんのサンタになり得る身近な人物は、現実問題、目の前の白髪のオッサンだけなわけで。 やる気が無いのは今に始まったことではない。 『…ここ、かぶき町中央通りのイルミネーションはカップルに大人気のスポットで、今日はクリスマスイブということもありたくさんの人が…』 つけっ放しのテレビから流れてきた音声。 ニュースの生中継は、鮮やかに光を連ねる街路樹の通りを映し出していた。 「キラキラアル。銀ちゃんとは見に行かないアルか?」 神楽ちゃんがあっさりとその疑問を口にした。 そう、ソレ。 「さみーじゃん」 「…」 銀さんから返ってきた答えは、非常に簡単明瞭な。 …けれど普通のカップルなら別れ話の火付けにもなりそうなもので。 「…さん、いいんですか。こんなやる気の無いこと言ってますけど」 僕がつい彼女に尋ねると。 「テレビでも、とってもキレイよ?」 と、僕の質問に少し不思議そうに首を傾げながらも、満足げな笑顔でそう言った。 そりゃ、まぁ、2人がいいのなら、いいんだけどね。 「オラ、もうサンタは来ねーのわかったんだから、ガキはとっとと寝ろ」 銀さんがテレビにかじりついている神楽ちゃんの背中に声をかけた。 「あ、じゃあ僕はそろそろ…」 銀さんも出かける様子はないし、万事屋に泊まる理由も特に無い。 ソファから立ち上がりかけた僕に、 「今から?もう遅いのに。外、これから吹雪出すみたいよ?」 さんが心配げに声をかけてきた。 「あれ、そうなんですか。今晩は天気いいって言ってたような…」 「何よ。今さら遠慮とか気持ちワリーな」 銀さんにまでそう言われては、それでも帰りますと強情に通すのもおかしな気がして。 どうやらさんも、珍しく泊まっていくようだし。 「じゃあ、そうします」 と、素直に僕は座り直した。 真夜中。 物音がしたような気がして、ふと目が覚めた。 半分夢の中気分で、もそもそと寝返りを打つと。 枕の横、暗がりの中に浮かぶ赤いリボン。 体を半分起こし、それを手に取った。 布団の外の冷えた空気に寝惚けていた頭が少しづつ冷めてくる。 …サンタさん? そうっとリボンを解いて包みを開くと、中から出てきたのは、薄っぺらで小さなプラスチックケース。 メガネをかけて表面に書かれた文字を読んでみる。 『人生の曇りもオールクリア。高級メガネ拭き』 …。 いや、高級って。 普通にメガネ拭きだし。 ていうか人生の曇りって。 そこ無駄にうまく言われても。 それより、僕と言えばイメージされるのってメガネグッズだけ? ひとしきり呆れて。 それから、笑えてきた。 もっとマシなチョイスなかったのかよ、うちのサンタ。 広げてみたメガネ拭きは、模様代わりに江戸の地図が描かれていて。 柄のチョイスは悪くないかもしれないな、なんて思った。 そして包みの隣に添えられてあった1本だけの花束が、もう一人のサンタからであることも、すぐにわかった。 立ち上がって横を見ると、押入れで眠る神楽ちゃんの枕元にも、同じように小さな包みと花束。 明日の朝、喜ぶだろうな、神楽ちゃん。中身が何でも。 そしてきっと銀さんに、結局サンタのオッサンはどこから入ってきたのだ、と、しつこく聞くに違いない。 まだ起きてるのかな、2人とも。 廊下に出てみると、居間から漏れる光は無い。 そうっと襖を引いて覗いた居間は真っ暗。 けれど、隣の和室の戸は開け放たれたまま。 敷かれた布団も、空っぽ。 あれ? 不思議に思って居間に入ると、微かに流れ込む外の空気を感じた。 「2人とも、あんなもので良かったかしら」 「いんだよ。気は心って言うだろーが。アイツらだってサンタの懐事情くらい理解しなきゃならねーの」 話し声の方に目を向けると、和室の窓が開いている。 ここから見えるのは、ベランダに立って空を眺める銀さんの背中だけ。 多分、その背中に隠れているのだろうさんは、銀さんの腕の中できっと同じように空を見ている。 「大体もうクリスマスプレゼントっつートシでもねーだろーが。新八なんてよォ、16だよ?16って言ったらアレだよ?なんやかんやでハタチだよ?」 いや、そこ四捨五入するのは違うと思います、銀さん。 「いいじゃない?2人ともいつもお仕事頑張ってくれてるんでしょう?」 一仕事終えたサンタクロースたちの会話。 僕は気付かれないように、居間を出る。 襖を閉める直前、微かに 「今日は星がキレイねぇ」 「あー?そーねェ〜」 という、相変わらず呑気な2人のやり取りが聞こえてきた。 人工的な街のイルミネーションよりも木のベランダから眺める空の灯りの方が、なんだか、あの2人らしいや。 まるであの、紙のクリスマスツリーのように。 安上がりで、胡散臭くて、華やかさのカケラもなくて。 けれど、頭を寄せ合って組み立てたいびつさが暖かい、そんなクリスマス。 らしくないことなんて、いらない。 ありふれた日々の、小さな特別。 僕たちの、そんなメリークリスマス。 ペーパーツリー |