夜の中にぷかりと浮かんでいた露店の灯りは幻のように消え失せ、耳の奥で微かに残る祭囃子が街の喧騒を遠ざける。

空には尖った月。
最後に残った空の灯りを見ながら、のアパートの小さなベランダで2人、コンビニで買った日本酒を酌み交わす。
人波の熱気が余韻となって満ちる、ぬるい空気の、静かな時。



しばし無言で杯に口を付けていると、隣のの頭が俺の肩にもたれた。
目が合うと、ふにゃりと笑う。
手の中の杯は、すでに空。
なんでコイツは人一倍酒に弱ぇークセにペースは早ぇーのかね。

「もう酔ってんの?」
聞いてみると
「酔ってないよ?」
と、酔っ払いにありがちな答えが返ってくる。
そうは言いながらも、俺の肩に頬を寄せたまま、離れようとはしない。

…こーだから、俺の前以外で飲ませんのはイヤなんだ。


「…お祭り、楽しかったなぁ」

不意にが、遠くを見ながら独り言のように漏らした。

「楽しんでたな、たしかに。つーか楽しみ過ぎだろ」
「銀時、いつか言ってたでしょう?『夏なんだから、戦じゃなくて祭りくらい行きてぇよな』って」
「ああ?そーだっけ?」

たしかにあの頃、祭りなんて浮かれたモンが、戦火に近けりゃ近いほど行なわれるはずもなく。
夏を楽しむなんつー風情に浸る余裕は、誰しもが持ち合わせちゃいなかった。
言った本人すら忘れてる大して考えもねぇ一言を、ずっと覚えてやがったのかよ、コイツは。

「行けたね、お祭り。一緒に」
「…あたりめーだろ。夏なんだからよ」

答えて俺は、の体を抱き寄せた。
細い肩を閉じ込めると、視界に露店で買った藍色の髪飾りが月灯りを反射しゆるく光る。
俺はそのまま片手で杯に酒を注ぎ足し、舌先に味わった。
飲むか?と腕の中のに渡してみると、杯の中身は一気に半分になる。
「いや、だから早ぇーって、ペース」
「えー」

すっかりフワフワした顔で俺を見上げる

「コラ、酔っ払い。楽しそーだなァ、オイ」
俺の、呆れる声にも子どもをあやすように揺らした腕にも、酒の入った柔い表情でうれしそうに笑うだけ。
「…お前、ヨソで飲むなよ」
「どうしてー?」
「語尾が伸びちゃってるからだ、酔っ払い。俺のいねーとこで、こんなんなるなっつーの」
「銀時とならいいの?」
「俺といる時ァ許してやる」

は、はぁい、と楽しげに返事をして、俺の胸に頬を寄せた。
そして、
「今日、銀時に『きれい』って言われちゃったー」
と、何だかいつに無くはしゃいだ声を出す。
「努力の成果は認めてやらねぇとなァ」
その額に唇を寄せながら俺は答える。

「髪飾り、買ってもらっちゃったー」
「釣った魚にもたまにはエサくらいやんねーとなァ」
今度は髪に。

「『奥さん』って、言われちゃったよ?」
「ま、アリじゃね?」
そして、まぶたに。

俺をじっと見つめ、そしてまた、笑う。幸せそうなツラで。
ホント今日は1日中ガキだよ、コイツ。


は再び、俺の胸に顔をうずめた。
そして消え入りそうに小さな声で一言、
「いいのかな。私ばかり、幸せで」
そう、つぶやいた。

その言葉が何を意味するのか。
当然俺にもわかっている。

祭囃子の中で見た、昔馴染みの獣の目。
俺もコイツも、互いに直接奴のことには触れない。
けれど、思うことは同じ。
わかっている。


「いんじゃね?別に。つーかお前ばかりじゃねーし。俺もだし」

冷たい月を仰ぎ見ながら答えると、腕の中のが顔を上げる気配がした。
「どいつもこいつも幸せに、なんつーデケーこたァ、どこぞのヒーロー様にでも任しときゃいんだよ。少なくとも俺の器じゃ、この酔っ払いと、家で寝てるガキ2人で既に手ェ余してんだからよ」

憎むより。
恨むより。
戦うより。

俺ァ、すでに手一杯だからよ、高杉。
護り切れねぇのも、諦めて手ェ離すのも、もう御免だから。
余所見している暇なんざねぇよ、俺には。

「いいから、おめーはここで今日みてぇに笑っとけや」
抱きしめる力を強める。
の小さいうなずきが、腕に伝わる。

寄り添う体の隙間から探るように求めた唇は、温かかった。
深くからめて、手繰り寄せて、繋ぎ止める。
言葉にしてしまえば伝え切れないだろう思いを、互いの熱に変えて受け取り合いながら。
ただ、月の下。




何杯目かの酒をあおり、杯を置く。
見上げた月から目を落とせば、胸元に寄り添う寝息。

寝るかね、普通。
これからじゃね?普通。

ため息とともに注ぐもう1杯。

ま、いいか。
一度は失ったはずのモン腕に抱きながら。
月なんか見て、酒なんか飲んだくらいにして。

「贅沢なハナシじゃねーの」

笑い混じりの独り言は、夜の闇に溶ける。



いつまでも祭囃子が耳の奥で揺れるから、1人では過ごしがたいこの時を。
ぬくもりを手に、安酒を舌に。

ただ静かな、夏の夜の片隅で。





祭りのあと