ラムネとビー玉
夜7時。 インターホンが鳴る。 はぁい、と答えればドア越しに気だるい声が、「俺」と一言。 鍵を開けると、すっかり馴染んだ様子で部屋に上がる彼の背中に、つい口元が笑ってしまう。 「お前よォ、アレじゃね?『俺』とか言われてすぐ開けんのマズイんじゃね?」 「銀時の声、聞き間違わないもの」 「いやいや、わかんねーだろ。コージー●田のタモさんバリに激似なモノマネならわかんねーだろ」 「銀時、タモさんじゃないもの」 「…いや、たしかに、お昼にウキウキしてねーし深夜に空耳ってもいないけどね」 一旦言葉を切ったかと思えば、今度は「合言葉でも作っか〜」なんて言い出す。 心配性。 「合言葉って、『山』とか『川』とか?」 「んな簡単なの意味ねー。『山』、『川』、『恵里佳』、『旦那はモン●ッキー』、まででワンセットだな」 そう言いながら銀時が、手にしていた小さな買い物袋をテーブルの上に乗せた。 重みのある音。 続いて、ガラスとガラスがぶつかり合う、澄んだ音。 「あ。ラムネ」 「久しぶりに出たね〜今日は。最初ダラダラで全然ダメでよォ。台変えっか迷ったけど飲まれかけたトコでキタもんな。粘るもんだなァ、オイ」 どうやらパチンコの話らしい。 「結構勝てた?」 「ま、そこそこ」 最初は何を言っているのかよくわからなかったこんな話も、聞いているうちに、なんとなく詳しくなってきている自分。 そして私がラムネを好きなことを、いつの間にか知っている、彼。 ラムネを持って、ベランダに出た。 栓をするビー玉を押し込むと、心地よい音と共に白い泡が瓶口に立ち上る。 「ん」と私にそれを差し出し、彼は自分の分も栓を開ける。 西の空は茜色。 東の空は藍色。 その真ん中で、空を見上げて。 体から離れないぬるい空気と、水玉を浮かばせる手の中の冷たいガラス瓶。 「ガキの頃はよォ、この、ガーッと飲みてぇのにガーッと飲めねぇ感じがイラついたよな」 飲み口に戻ってきて、もう一度栓をしてしまったビー玉を指で押しながら銀時が言う。 「今は?」 「ま、コレがラムネの醍醐味なんじゃね?って感じ」 目線で揺らした瓶の中、転がる丸い玉を見ながら。 飲み終えた瓶の口をひねって、中からビー玉を取り出した。 瓶と同じ色のガラスが掌に転がる。 「出してどーすんの、ソレ」 「綺麗だから、飾っておこうかな、って」 ふ〜ん、と興味なさげに返事しながら。 それでも銀時は、自分の手の空になった瓶から同じようにビー玉を取り出してくれた。 水で洗って、小さなガラスの器に入れれば、2つのビー玉が静かに寄り添う。 「さて、と。金も入ったしよォ。居酒屋付き合わね?」 大きく伸びをして、銀時が言った。 「うん、行く」 答えて笑うと、彼は慣れた様子で部屋の隅に立てかけてあった私の杖を取る。 そして玄関に向かおうとして、ふと思いついたように立ち止まった。 つられて立ち止まり、見上げた私に優しくキスをして。 少しだけ見つめ合った後、また何事もなかったかのように靴を履く。 唇に残る甘い味。 もう、どちらのものかわからないけれど。 「急にどうしたの?」と聞いてみると。 「あー?したかったから?」と、とても単純明快な答が返ってきて、笑ってしまった。 私の杖を揺らして歩く彼の腕を取って。 甘い炭酸の香りを道連れに、ビー玉みたいに寄り添って歩く、夏の夜。 + |