手紙
銀ちゃんのおつかいで郵便局に行ったら、窓口のオッさんが笑顔で切手を勧めてきた。 切手くらい、うちにだってあるヨ。 そう言って通り過ぎようとすると、オッさんは 「今日は『ふみの日』だから記念切手を売ってるんだよ」 と1枚見せてくれた。 それは、見たことのない鮮やかな切手。 ほんとだ、うちにあるのと違う。 ポケットにはおつかいのお釣り。 金額も確認せずに「これだけチョーダイ」と差し出すと、オッさんは私の手に切手を2枚乗せてくれた。 「銀ちゃん、銀ちゃん!」 万事屋の玄関を駆け上がり居間に飛び込むと、相変わらずのだるい声で銀ちゃんが「あー?」と返事した。 ソファに寝転んでジャンプを読んでいるのも、相変わらず。 返事はするものの、まるで興味を示さない天パの代わりに、新八が「どうしたの?」と聞いてくるのも、相変わらずだ。 「『ふみの日』って何アルか?」 「『ふみの日』ィ?またどこで、んな地味な日覚えてきたんだよ」 「踏む日アルか?とりあえず片っ端から踏めばいいのカ?」 「そーそー、地味なメガネ野郎を踏み倒す日だよ」 「ソレ僕か!僕のことかァァ!ていうか違うからね、神楽ちゃん!銀さん、ちゃんと教えてくださいよ!」 銀ちゃんは耳をほじりながら面倒くさそうに起き上がった。 「アレだよ、お前。『ふみの日』っつーのはよォ、郵便局の奴らが、『こんなデジタル時代にアナログに手紙なんてグッとくんじゃね?』みたいに市民を洗脳して回って、いつもと若干デザインが違うだけの切手を買わせてボロ儲けする悪徳な日だよ」 「マジでか!」 「いや、違うから。もっと全然害の無いハートフルな感じの日だからね、神楽ちゃん」 「この切手でボロ儲けするアルか!」 「そうそう、それ。って、何でお前買ってんだァァ!」 「だって何故かポケットに小銭が潜んでいたネ!」 「潜んでいた、じゃねーよ!その釣りでいちご牛乳買ってこいって言ったろーが!」 あれ?そうだったっけ。そういえばそんな気もする。 でも、いちご牛乳なんてチャラついた飲み物より、きれいな切手の方が全然使い道があるはずヨ。 「神楽ちゃん、『ふみの日』っていうのは、手紙を書いたり、受け取ったりする楽しさを知ってもらう日なんだよ。せっかくだから神楽ちゃんも誰かに手紙出せばいいじゃない」 新八が笑顔で言った。 「じゃあ銀ちゃんに1枚あげるから、銀ちゃんも一緒に手紙書こうヨ」 切手を差し出して誘うと、銀ちゃんは案の定顔をしかめる。 「はぁ?手紙出す相手なんかいねーよ、俺ァ」 「私パピーに書くから、銀ちゃんに書けばいいアル」 「いや、なんでいつでも会える奴に手紙書かなきゃなんねーの?」 「いいじゃないですか。手紙なら普段言えないクサイことも書けてグッときてくれるかもしれないですよー」 新八も言うが、銀ちゃんは「めんどくせ」とまた寝転がった。 「『ふみの日』なのにいいアルか、そんな態度で」 つまんない。 銀ちゃんがどんな手紙書くのか見たかったのに。 「おめーは郵便局の回し者ですか、コノヤロー」 「これだから男は。釣った魚にエサをやらない気取りヨ。そんなんじゃに逃げられるネ」 「うるせーな、なんなんだよ、おめーは。なんで俺が手紙書かなきゃならねーんだよ。大体あいつだって俺に手紙よこしたことなんかねーよ」 「マジでか!それは大変アル!」 「そーそー、だから別に俺から書く理由はねーの」 「、今日『ふみの日』だって知らないかもしれないヨ!チャンス逃したら大変ネ!私銀ちゃんに手紙書けって言ってくるヨ!」 「おー、行ってこい、行ってこい」 いや、面倒臭いから厄介払いしたでしょ、あんた。 そんな新八の声が後ろで聞こえるが、それどころではない。 に教えてあげなきゃ。 今日は手紙書く日なのヨって。 「あー、やっぱ、待て。神楽」 突然銀ちゃんが私を止めた。 さっきまで、あんなにやっつけだったのに。 その口調が少しだけ変わったような気がして、私は振り返る。 「やっぱ、いいわ。行くな」 「なんで?」 「あん?いや、あるわ。あるある。手紙もらったこと。だから、いいわ、もう」 そう言うと銀ちゃんは、ジャンプをかぶって寝てしまった。 何だよ、ソレ。 「じゃあ…遊びに行ってくるアル」 私はそれだけ言って万事屋を出た。 「『ふみの日』?」 花屋の店先で鉢植えに水をやっていたが、私の言葉をオウム返した。 銀ちゃんには行かなくていいと言われたけれど。 そんな簡単に引き下がる私じゃないネ。 「ウン。知ってるアルか?今日は手紙書く日ヨ」 「そうねぇ。手紙なんて、しばらく書いていないけれど」 「、銀ちゃんに手紙書いたことあるアルか?」 「銀時に?どうして?」 「銀ちゃん、に手紙もらったことあるから、もういらないって言ってたヨ。なんか変だったアル」 私がそう言うと、は少し考えて。 それから小さく笑った。 「そういえば書いたことあるかな。一度だけ」 「本当?何書いたアルか?」 「さようなら、って」 え? 「昔の話。銀時のところから離れる時に書いたの。置手紙。それが最初で最後ね」 の少しだけ切なさが混じった微笑みに、さっき「やっぱ、いいわ」と言った時の銀ちゃんの表情が重なった。 銀ちゃん、それを思い出したのか。 意外と繊細なんだな、アンニャロー。 それとも、そんなことに思い出させたくなかったのかもネ。 「そうだ。じゃあ神楽ちゃんにお願いしてもいい?」 余計なことしたのかな、なんて少し後悔しかけて黙った私に、思いついたようにが言った。 「何アルか?」 は、店のカウンターに行き、花束用のメッセージカードを1枚取り出した。 そしてペンをとり、そこに何かを書き付ける。 なんて書いてあるのかは見えないけれど、短い、きっと1〜2行程度の言葉。 そして、それを掌サイズの小さな封筒に入れ、私に差し出した。 「これ、坂田銀時さんのお宅まで届けていただけます?」 何が書いてあるのかは知らないけれど。 でも、もう昔みたいに、哀しい言葉なわけがない。 そう思ったら、うれしくなった。 早く銀ちゃんに届けよう。 「まかせるネ!」 びしっと敬礼して、私はの手紙を手に万事屋へと走った。 「坂田サン、お届けものヨー!!」 部屋に飛び込んだ勢いのままに、ソファでごろ寝している銀ちゃんの耳元で叫んだ。 「うるっせーな!おめーはよォォ!もう帰ってきたのかよ!」 銀ちゃんも勢いよく起き上がる。 「お届けものアル!お隣のさんから!」 「は?」 私が小さな封筒を差し出すと、銀ちゃんは少し驚いたようにそれを見つめた。 そして、『いいって言ったんだけど』とでも言いたげな顔で私を一瞥してから、手紙を手に取る。 中を開いた彼の表情は変わらない。 首のあたりをガリガリと掻く。 でも知ってるよ、その仕草。 照れてる時のクセだって。 銀ちゃんはふぅっと一つ息を吐くと、そのまま立ち上がり、机に向かった。 引き出しから取り出したノートを1枚破り、そこに何かを書き付ける。 見えないけれど、とても短い、きっと一言二言程度の言葉。 それを無造作に4つ折にして、彼は私に差し出した。 「すんませんけど、郵便屋さん。これ、隣のおっかねー花屋のねーちゃんまで届けてくんね?」 銀ちゃんが。あの銀ちゃんが書いた手紙。 への初めての手紙。 たたんだだけの無骨な紙きれが、プレゼントを包む包装紙みたいに鮮やかに見えた。 なんだか、自分がとても誇らしい仕事をしているような気がしてくる。 「イエッサー!」 力強く敬礼し、私は再び万事屋を後にした。 「お届けものアル!」 あっという間に戻ってきた私に少し驚いた顔をしながらも、掌に乗った紙きれには微笑んだ。 そして、そっと、壊れものみたいに手紙を開く。 私はもう、我慢しきれなくて。 背伸びしてが見つめる紙を覗き込んだ。 そこには、たった一言。 銀ちゃん特有の、ゆるい、でも確信のこもった文字で 『当然』 と、書いてあった。 …何が?? 見上げると、がとてもうれしそうな顔で私を見ていた。 そして「ありがとう、郵便屋さん」と言って、笑った。 ほらね、やっぱり『ふみの日』は、大切な日なのヨ。 これでもう、手紙で思い出すのは哀しい思い出ばかりじゃないでショ、銀ちゃん。 なんだかとても温かくて、柔らかで、ふわふわとした。 そんな気持ちで、万事屋への帰り道。 あ、そうだ。帰ったらパピーに手紙書かなくちゃネ。 (ところで、銀ちゃんへの手紙になんて書いたアルか?) (秘密) |