さんは料理上手だ。 万事屋でたまに振るわれるその腕は、あの乏しい冷蔵庫の中身をマトモな献立に変身させてしまうのだからお見事。 決して派手ではないけれど、素朴で懐かしいお母さんの味、という感じで。 男の立場から言わせてもらえば、こういう料理ができる彼女はきっとたまらないはずだよね。 それなのに時々、ごくまれに、何かものすごい失敗をすることがあるらしく。 焦げ臭いなぁと思って台所に行ったら、鍋が一つ真っ黒くなっていたり。 さぁ食べようか、と炊飯器を開けたら、生米が静かに水に浸ったままだったり。 親子丼を作る予定の日に、卵を買い忘れていたり。 ようするに、どれも料理の腕前とは関係のない…それ以前の問題。 しかも、いわゆるベタな失敗ばかりなんだけれど。 その度に、やっちゃった…とがっくりうな垂れるさん。 「いや、あの、そんなこともありますよ」という僕のフォローを銀さんは、 「ねーよ」とあっさり無にする。 けれど銀さんは、そうは言いながらも、「しょーがねぇなぁ」と落ち込むさんの横で台所に立つ。 そして、焦げた料理の代わりにサクッと一品作ってみたり(とにかく早い)、 生米の代わりに、戸棚から出したパンをトースターで焼いたり(おかずとの相性は無視)、 卵の無い親子丼に、豆腐やら野菜やらあり合わせの具を足して…なんか正体不明の、でもアリかも?的な料理に仕上げたりする(多分2度と同じモノはできない)。 文句を言うでもなく、面倒臭がるわけでもなく。 そうするのが当たり前だとでも言うように。なんでもない事のように。 さんは、そんな銀さんの隣で小さくなって、それを見つめる。 なんていうか、イタズラしてガラスを割っちゃった子どもみたいな目で。 銀さんはさしずめ、「ケガないの?」なんて言いながらガラスを片付けるお母さんてとこ。 おかしな例えだけど。 僕にはいつも、そんな風に見えてしまう。 銀さんはそんなさんの口に、「ん」と自分の作った料理を一口放り込む。 そして「どーよ」と一言。 「おいしい」とさんが答えると、「たりめーだ」と得意げ。 そして「さー食うぞ〜」と、いつも通りの気だるい声で僕らに言うのだ。 さんは、気遣い上手だ。 僕が一人家事にいそしんでいると、他愛ない会話をしながら自然と手伝いに入ってくれている。 押し付けがましくなく、違和感もなく、伸ばしてくれるその手はうれしい限りで。 掃除や洗濯に手慣れた様子が、さらにありがたい。 けれど、発見。 さん、裁縫の類は苦手らしい。 2人で取り込んだ洗濯物を、僕がタンスにしまって戻ってくると。 洗いたての銀さんの着物を膝に乗せ、和室に座り込むさんの後姿。 どうやら取り込んだ時に、綻びでも見つけたらしい。 裁縫箱を取り出して、針と糸を構えているのだけど。 ぎこちなく刺しては止まり。 また刺してはもつれた糸と格闘し。 布ではなく自分に刺して指をくわえ。 そうこうしているうちに、どうしたものか行き詰ったらしく、動きが完全に止まって。 僕としても、どう声をかけたものかとその背中を見つめていると。 いつからいたのか。僕の横を通り抜けた銀さんが、ずかずかと和室に入る。 そして無言でさんの向かいにあぐらを掻くと、「ん」と手を出す。 よこせ、と言わんばかりに。 渡された針と糸を器用に使い、銀さんは自分で自分の着物を繕う。 そして、「お前、コレ、上達しねーなァ」と、呆れたというよりは、昔を懐かしむように言ったりする。 「どうして出来ないのかなぁ」と落ち込むさんに、 「もう根本的に不器用なんだろ。あきらめろ」と容赦ない一言。 けれどその後、「別に俺が出来るモンはお前は出来なくてもいんじゃね」と付け加える銀さんを、さんはうれしそうに見つめる。 銀さんは、言うまでもなく糖尿病予備軍だ。 血糖値が上がりすぎると医者から、下がるまで甘いもの禁止令≠敷かれたりする。 けれど、そんなことを意に介さないのが銀さんで。 そんななァ、一時甘いモンやめて下がったからハイOK、なんてソレでいいわけねーんだよ。 所詮、一夜漬けだの付け焼刃だのは人間をダメにしてもタメになるこたァねーんだよ。 それならハナから自分を貫いた方がいんだよ。 …なんか、そんな訳わからないけど一瞬だまされそうな理屈をとうとうと述べて、結局僕らの言うことなんて右から左にスルー。 そんな時、さんは、銀さんのいない隙にやって来て、いちご牛乳のパックの中身を替えてしまう。 牛乳といちごから作った、砂糖控えめ手作りいちご牛乳に。 まったく、そんな手間をかけて。 銀さんを甘やかすんだから、さんは。 とは思いつつも、一日に相当な量のいちご牛乳を消費する銀さんに、その作戦はありがたい程効果的。 「なんか今日のいちご牛乳、いつものより旨くね?」と、その都度僕に言う銀さんは、そんなすり替え作戦に気付いてもいない。 失敗なら埋めればいい。 苦手なら代わればいい。 欠点なら補えばいい。 足りなくなったら、足せばいい。 なんて。 言葉にしてしまえば当たり前のことのようで。けれど、きっと当たり前じゃない、そんなことが、ふと気付けば日々の中で交わされている。 なんかそういうのって、いいですね。 僕がそう言うとさんは、 「それは、万事屋3人だって同じでしょう?」と笑った。 そうなんだろうか。 ハタから見たら、僕らもそう見えているんだろうか。 考えた事もなかったけれど。 ちょっとむずがゆくて、照れくさい。 でもそれなら僕らは、最強にはなれなくても最低になることだって、きっとない。 いつだって、プラスマイナスゼロのまま。 ありふれていて、けれど温かな毎日を、どこまでだって繋いでいけるんだ。 |
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