風鈴






「銀ちゃん、これ、何アルか?」

買ってきたトイレットペーパーを押入れにしまいに行っていた神楽が、小さな箱を持って戻ってきた。
中から取り出した薄いガラスの球体を、俺の前に差し出す。

「ああ?そりゃ、アレだ。風鈴」
「風鈴?」
「へー。風鈴なんて風流なもの、うちにあったんですね。なんで飾らないんですか?」
新八が神楽の手を覗きながら意外そうに言う。

「なんか随分前にお登勢バーさんにもらったんだけどよ。チリチリうるせーから片しちまったの」
「うるさいアルか?コレ」
「あー。風強ぇー日とかイラッとすんぞ。しまっとけ」

神楽は名残惜しそうに風鈴を眺めていたが、また押入れに戻っていった。






、あれネ。あそこに引っ掛けるアル」
「ここ?」

出かけて万事屋に帰ってくると、神楽とが窓際に立ち、何やらやっているのが目に入った。
窓の上を指差す神楽と、そこへめいっぱい手を伸ばす。その手には、あの風鈴。
うるせーからいい、っつたのに。
しつけーな、神楽のやつ。

背伸びするの後ろに立ち、風鈴をその手から取る。
そしてそのまま、窓枠の飛び出た釘に引っ掛けた。

「ここか?」
その体勢のまま見下ろすと、もそのまま首を反らせて俺を見上げた。
おかえり、と笑う。
あ。おかえりって、たまに悪くねーな。って、そうじゃなくて。

「しまったんじゃなかったのかよ、コレ」
に聞いたら、風鈴、夏は涼しくていいって言ったアル。クーラー買えないから今年の夏は風鈴で乗り切るネ。エコ的考えヨ」
「バカヤロー。夏を乗り切るには科学の力に敵うもんはねーんだよ。んな生ぬるい考えじゃあヒートアイランドを生き抜けねーんだよ。温暖化ナメんじゃねーぞ、コラ」

「いいじゃない?きれいだし」
の加勢に、神楽がうんうんと頷く。
ようは、飾ってみてぇんだな、風鈴を。

「つけてーなら好きにすりゃいいけどよ」
俺が言うと、神楽はうれしそうに笑った。

どーせうるさくなって、すぐとっちまうだろ。





その日の夜。

「神楽ちゃん、蚊入ってくるから網戸閉めて」
「はいヨ〜」

新八に言われて窓際に立った神楽が「あ」と声を上げた。

「どうしたの?」
新八が尋ねる。
「そういえば、今日、風鈴鳴ってたアルか?」
「え」

みんな黙った。
「そういえば、耳に残っていないかも」
がつぶやく。

「風無かったんじゃねーの?」
「えー、でも昼間、結構風強かったですよ?」
「この風鈴、壊れてるのかもしれないヨ。新八、直すアル」
「風鈴なんて割れない限り壊れないよ。鳴ってたけど神楽ちゃんが気付かなかっただけでしょ」
「うるさいネ。ダメガネ。お前のダメさはメガネ割っても壊れないけどな」
「なんだとォォ!何気に2回もダメって言いやがったなぁぁ!」

いつものように騒ぐ声。

「るせーなー、おめーら。夜分にご近所さんに迷惑だろーが」
「いいじゃない?元気で」
俺の隣で楽しそうに笑う
「いいかぁ?アレ」

ダメだの、お前のがダメだの言い合う2人を眺めていると、窓から心地よい夜風がゆるやかに舞い込んだ。

「銀時」
俺を呼んだが、目線で窓際の風鈴を示す。
騒ぐ声の隙間から、涼しげなガラスの音が微かに響いた。
鳴ってんじゃん、ちゃんと。


ああ、そうか。
あの時は、一人だったから。
初めて風鈴をぶらさげた、あの頃のこの部屋には、俺一人しかいなかったから。
だから、やたら耳について、うるせーと思ったんだな。
今は風鈴なんかよりも、もっとずっと騒がしいっつーことか。この家が。


「っとに、おめーらがうるせーから風流もクソもねーだろーが」
「日頃一番風流じゃないクセに何言ってんですか」
「わかってねーな。新八ぃ。おめーはほんっとダメだわ。メガネじゃ補いきれねーダメさだわ」
「何ィィィ?!チクショー!どいつもこいつもダメダメ言いやがってぇぇ!」
「ダメなもんは仕方ないアル」
「そーだ。気にすんな、パチモン」
「気にするわ!なんだパチモンって!人をニセモノみたいに言うなぁぁ!!」


風鈴の音は、またあっという間に遠くなる。
こんな騒がしい我が家なら、風鈴も、悪くねェかもしれねーな。