夏道
夏の空は、深く青く。 道の向こうに積み重なる白い雲と、そこからぷかり途切れたはぐれ雲。 熱い空気をそっと受け流すように、バイクはゆるやかに1本道を行く。 銀色の髪の隙間を縫ってこぼれる陽の光に、時折目が眩みそうになるけれど。 掴まる背中は、決して揺るがないから大丈夫。 そう、思える。 この背をただ、見送るだけだった頃もあった。 でも、今は。 「銀時ー」 「あ〜?」 「どこに行くの?」 「…今更聞くわけ?ソレ」 前を向いたまま、呆れ声がそう答えた。 おめーはもう何分そこに乗ってんだ。 付け加えられた言葉に、そうかも、と納得。 仕事が休みで一人家にいた昼下がり。 突然訪ねてきた彼に、「オラ行くぞ」と連れ出されてから、この席でもう30分。 今更と言えば、今更。 「お前、アレだろ。『俺だけど〜、事故ってジジイ大怪我させたから金振り込んでくんね〜?』っつー電話きたら、振り込むタイプだろ」 「『俺だけど』なんて言うの、銀時くらいだもの」 「だから、その思い込みが危ねーんだろーが」 「銀時なら、自分が悪くてもお金払おうとするはずないもの」 「的確なご判断たいしたもんだけど、腑に落ちねーのは何故だろうな」 「ま、おめーはそもそも俺にもだまされてっからな」 少しの間の後、不意に彼が言い出した。 視界の端で、ゆるゆると伸びる飛行機雲が、迷いの無いまっすぐさで空を切り分けていく。 「銀時に?」 「何にだまされたんだか知らねーけど、俺みてーの選びやがってよォ。バカだね〜」 『俺みてーのと一緒にいたってロクなことねーぞ』 昔も言われたそんな台詞を思い出す。 戦、戦の日々を過ごす彼が、諭すように。突き放すように。私に背を向けて。 あれがあの時の彼にできる『護る』ことだったのだろう。 わかっていたけれど。 言うことを聞かずに側にいたのは、だまされていたからじゃない。 だまそうとする人は、そんなこと言わない。 「だからって、『やべ!だまされてた!』とか言い出しても、今更知らねーけど」 そう言って口元で笑う彼と、ゴーグル越しに目が合った。 変わらない。 こんな表情に、声に、目に。 今も昔も、ゆらゆら心を揺すぶられてばかり。 少し苦しいほどに。けれど温かく。 側にいたことで、結局彼を苦しませてしまったこともあった。 でも、あなたが後悔せずにいてくれるのなら、私に後悔があるはずもない。 「きっと、ずーっと、だまされたままね。私」 ただ。 『ロクなことない』だなんて。その言葉の方が、余程私をだましていたくせに。 ほら、その証拠に。 バイクが向かう道の向こう。 緑色の山肌の間。 空色を背負いながら、群れを成してさざめく黄金色の波。 「ひまわり!」 うれしくて、うれしくて。 つい声を上げると、彼は「あー」と気だるく答えた。 いつだったか、夏になれば一緒に見に行けると言ってくれた、私の大好きな花。 こうしてまた1つ、約束はちゃんと本当になることを教えてくれる。 ロクなこと、たくさんあるでしょう?銀時といれば。 「銀時ー」 「あー?」 「ありがとう」 「礼早くね?俺まだ何も言ってねーんだけど。何事もなくひまわりスルーすっかもしんねーけど、俺」 「じゃあどうして、こんなトコまで走ってきたの?」 「人間誰しも風になりてェ時があんだろーが。泣きながら高速を駆け抜けてェ夜もあんだろーが」 「じゃあ、風にしてくれてありがとう、に変える?」 「ありがてーのか?ソレ。つーかやっぱバカだわ、お前。わかってねーわ」 近付く花たちが、揃ってこちらを見つめている。 わかっていないのは、あなたの方。 私がほしいのは目的地なんかじゃなくて。 果たされるべき約束でもなくて。 鮮やかな景色がいくつ後ろに流れて行っても、変わらずあなたの声だけが聞こえ続ける、この、夏の道。 |