夕涼み






炎暑。

かっ、と照りつけるように暑い日を、そう呼ぶのだそうだ。
今日はまさに、そんな日。
午後の陽が傾き始める時間になっても、乾いた熱気は室内を淀ませる。
今年の夏も扇風機にしか頼れない万事屋の居間で、僕は「あ゙ー」と意味の無い声を上げ続けるほかなかった。


「新八ィ!」
玄関からドタバタした足音と共に近付く声。
神楽ちゃんの声だ。
「…はーい」
「新八、早く早く!ババアがかき氷食べさせてくれるアル!」

かき氷。
ああ、なんて…なんて、魅力的な響き。
僕は、もたれていた長椅子から素早く立ち上がり、神楽ちゃんの後を追って『スナックお登勢』へと駆け下りた。


「おう、来たかィ」
お登勢さんが、かき氷製造機に氷を放り入れながら僕を見た。
その横では、さんが削られた氷でいっぱいになった器を受け取っている。

さんも来てたんですか」
「うん。お登勢さんが呼んでくれたの」
そう言いながら、ふわふわの綿のような氷にさんはシロップをかける。
氷は少しだけ形を崩しながら、鮮やかな紅色に染まった。

「すごいですね、お登勢さん。このかき氷機、家庭用じゃなくて業務用ですよね、コレ」
「夏の間、客にサービスで出そうと思って買ったのさ。まずはあんたらで試運転てとこだよ」

分厚い氷を削る爽快な音。
白い氷が舞うように降り積もる。
器を手に外に出ると、夏の雪は午後の日差しを受けて優しくきらめいた。
『スナックお登勢』軒下に夏の間置かれるベンチに腰掛け、スプーンでひとすくい。
不愉快な暑さも飛んでいくかのように心地よい。

「銀時はどうしたんだィ。まっさきに飛んで来そうなもんだけど」
「もう帰ってくると思いますよ。ジャンプ買いに行っただけだから」
と、お登勢さんに答えた僕の後ろに、足音と人影。
ほら帰ってきた…と振り返ろうとした僕にかけられた声は、銀さんのものではなかった。

「こいつァ皆さん、おそろいで。ちょいと早めの夕涼みですかィ?」
「沖田さん。土方さんも」

振り返るといつもの暑苦しい隊服を身にまとった2人が、こちらを見ていた。
例のごとく見回りの最中らしい。
しかも、この炎天下にあの隊服で…と思うと、なんだかさすがに不憫に思えてくるな。

「…大変ですね、暑い中」
「仕事中だ。暑いなんて言ってられっか」
横顔のまま当然のごとく言い放つ土方さん。
「そうでさァ。だから俺が、せめてヒヤリとした清涼感をプレゼントするって言ってるんですがねェ。土方さん、遠慮しねーで下せェ」
「てめーの『ヒヤリ』は清涼感じゃなくて恐怖感しかねーんだよ!」
さらりとした物言いで、腰の刀に手をかけた沖田さんを土方さんが怒鳴りつけた。
ああ、そういう意味ね。ヒヤリ。

「お2人とも良かったら休憩していかれたら?かき氷、ご一緒にいかがです?」
そんな2人にさんが笑いかけた。

「何言ってるネ、!こんな汚職警官どもにうちのかき氷は渡せないヨ!」
「アンタんとこのじゃなくて、うちのだよ」
後方からお登勢さんのツッコミ。

「俺たちゃ暇人じゃねーんだ。言われるまでもなく寄り道する気なんざねぇよ。行くぞ、総悟…って、何もはや食ってやがんだァァ!!」
「てんめェェ!いつの間に人んちのかき氷盗み食いしてるアルかぁぁ!!」
「いや、だからアンタんちのじゃないけどねェ」

いつの間にやらかき氷の器を1つゲットしスプーンをくわえる沖田さんに、土方さんと神楽ちゃんのツッコミが炸裂する。
…その神楽ちゃんにツッコんだのはもちろんお登勢さんなんだけれど。

「いーじゃねーですかィ、休憩くらい。この暑さじゃ、どうせ攘夷志士共もヘバってて動きゃしませんぜ」
「てめっ!仕事なんだと思ってやがる!大体なんで、こんな奴らとのんびりかき氷なんぞ食わなきゃ…」

肩を怒らせる土方さんの後ろから「どうぞ」ともう1つ器が差し出された。
さんだ。
涼しげに水滴を光らせるガラスの器を少し見つめて。
土方さんは諦めたように溜息をつく。
そして器を受け取りながら
「…マヨネーズはねぇのか」
と、トッピングの要望を小さくつぶやいた。


「あの…良かったら、あなたもご一緒にいかがです?そこ、暑いでしょう?」
いきなりさんが、誰もいない方向に向かって話し出したから、僕もみんなも驚いた。
さんが見つめる先は、『スナックお登勢』脇の、ごみ捨て場がある細い路地。

「よく気付いたわね」
聞き慣れた声と共にそこから姿を現したのは。
「さっちゃんさん?!」

またいたの?この人。
ていうか、気付いてるさんて、実は侮れないし。

「バレてしまっては仕方ないわね。姿を見せてあげる」
なんか優位な感じで話そうとしているけれど、その顔は汗だく。
「いや、さっちゃんさん。この炎天下に何時間いたんですか。死にますよ」
「フン、これも銀さんが私のために下した試練と思えば何でもないわ。むしろ興奮するわよ」
そうは言いながらも、さんが差し出したかき氷をしっかり受け取り、シャリシャリ食べ始めるあたり、やっぱキツかったんじゃん?
「あなた、敵に塩を送るなんて大した余裕じゃない。でも、そんなことで引き下がる私じゃないわよ」
「敵だなんて。銀時のお友達なのに」

おっとりと答えながらも。
笑顔を絶やさないながらも。
まっすぐに向き合うさんとさっちゃんさんの間に、決して一方的ではない火花状のモノが見える気がしてしまうのは、僕だけなんだろうか。






「…えーと。何なのコレ。何してんのコレ」
ジャンプの入った袋を片手にバイクを下りた銀さんが、『スナックお登勢』の前に集合した面々を眺めての、第一声。

…まぁ、そんな反応になるよね。
なんかすごく、よくわからないメンバーになってるしね、今。

「お登勢さんが、かき氷ご馳走してくれてるの。銀時も食べるでしょう?」
「あー…そう。いや、うん、食うけどね。それより、この税金泥棒サマ方は何を人んちの前でサボってらっしゃるわけ?」

「んだとコラ。もっぺん言ってみやがれ」
銀さんの言葉に、土方さんが聞き捨てならないとばかりに鋭い目を向けてくる。
「つーかそのマヨまみれの器持ったまま振り返んのやめてくんない?酸っぱさが漂ってくるんだけど。余計暑苦しーんだけど」
「ああ?てめー、氷とマヨネーズの黄金バランスを知らねーのか。氷の清涼感にまったりとした酸味がからむ瞬間の口内ファンタジスタを知らねーのか」
「知りたくねーんだよ、んなもん。ソレを黄金バランスと言ってる時点で夏の風物詩に対する最大の冒涜だよ。まずはてめーのファンタジスタな脳みそを氷と共に削りやがれ」
「何ィ?!そもそもてめーの女が、仕事中だってのに、かき氷食ってけとかクソ呑気なこと言い出しやがんのがワリーんだろーがァ!」
「ああん?!てめー人様の女に随分と言ってくれんじゃねーか、コラァ!」

…ああ。見てるだけで余計に暑い。

「ちょっと、もう。やめましょうよ、2人とも。暑苦しいです、なんか」

僕が止めると、鼻息荒い2人は盛大に舌打ちをしながらそっぽを向き合う。
土方さんは「オイ、さっさと食って仕事戻るぞ」と不機嫌そうに沖田さんに吐き捨て、氷よりマヨネーズが山となったかき氷を頬張る。
銀さんはそのままベンチにどかっと腰掛けて、ダルそうに空を仰ぎ見た。

「銀さん!ハイ、これ、かき氷さっちゃんスペシャルだゾ!」
その隣に素早く腰掛けたさっちゃんさんが、手に持っていた器を銀さんに差し出した。
若干糸を引いた、かき氷らしからぬ香りを漂わす器を。

「…何コレ」
「夏はやっぱり納豆エネルギーで夏バテ防止なんだゾ」
「だ〜からなんで、どいつもこいつも氷を無残な目に合わせるわけ?!泣いてるよ?!田舎のおふくろさん泣いてるよ?!こんな氷にするために生んだんじゃありません、て!つーかクサッ!」
スプーン片手に「アーン」としなだれかかるさっちゃんさんの額を押さえて思い切り引き離す銀さん。

…と、その腕をくぐり、銀さんとさっちゃんさんの間を割るような状態でストンと腰掛けたのは…さんだった。
銀さんも、さっちゃんさんも、周囲で見ていた僕らも。
なんか、つい黙ってその行動に注目してしまった。
とてもわかりやすくて、それでいてさんのイメージ的には意外な行動だったから。

…奪い返したよ、さん。
銀さんの隣、奪い返したよ。

僕らの視線に一瞬ハッとしたような、我に返ったような表情を浮かべ、恥ずかしそうにうつむくさん。
目線を下に向けたまま、「ハイ」と手にしていた器を銀さんに差し出した。
「ああ…どーも」
いちごシロップと練乳1対3くらいの、見るからに激甘氷いちごの入った器を受け取る銀さんも、少し戸惑いぎみの表情で首を掻く。
銀さんの隣にちょこんと座ったまま黙ってしまったさんが、なんだかかわいく見えて。
笑いそうになるのを僕はこらえた。
なんだか今になって、花見の時、酔っ払いながらもさっちゃんさんの勝負を受けたさんの気持ちがわかった気がする。
多分、ヤキモチとか、そういうんじゃなくてさ。
他のことは譲れてもその場所だけは。
銀さんの隣だけは譲れないんだろうね、きっと。さんは。

「ちょっとアナタ。随分と邪魔してくれるじゃないの」
当然ながらに隣を奪われた側のさっちゃんさんが怒りオーラを漂わせ始めた。
「ごめんなさい。なんだか、つい」
つい、ってソレ、きっとさんの本音。

その様子を見ながら銀さんが、僕の袖を軽く引っ張り、小声でささやいてくる。
「何コレ。なんなの、この雰囲気。つーか、何。コイツ今、何気に行動かわいくなかった?」
「いや、ノロケてる場合ですか。どーすんですか、花見の時みたくなっちゃったら」
「や、だって俺のせいじゃないすィ〜」
とか呑気なことを言いながら、銀さんは素知らぬ顔でさんが作ったかき氷を口に運ぶ。

「どうやらアナタとはもう一度勝負が必要なようね」
そうこうしている間にも、さっちゃんさんとさんの会話(いや、主に一方的なんだけど)は続いており。

「ならやっぱりアレですかィ。第2回、たたいてかぶってじゃんけんポン大会…」
「いや、沖田さん。やめて下さい。煽るの」
面白そうに口を挟んできた沖田さんを止めつつ。

「でも…かき氷溶けてしまいますよ?」
さっちゃんさんの戦闘態勢を崩すようなさんの台詞に気が抜けつつ。

なんか、めちゃくちゃだな、もう。
…いつものことだけど。

「もういいじゃないですか、さっちゃんさん。涼しくなるために集まったのに暑くなることしなくても」
「フン。関係ないわ。そもそも男と女はね、長く付き合えば付き合う程、嵐のような激しさから温帯低気圧に変わって刺激の無い関係になっていくものなの。アナタとの、ぬるま湯な関係に銀さんはもう一切刺激なんて…」

「コレよォ、小豆も入れると旨いと思わね?」
「そう言うと思ったんだけれど。小豆、無かったの」
とうとうと語るさっちゃんさんを尻目に、かき氷の器を挟んで会話を交わす銀さんとさん。
「ちょっとアナタ、聞いてるの?!」
「ごめんなさい。ええと…温帯低気圧…お天気のお話?」
「…アナタ、ひょっとして、そうやって私をイラつかせて楽しんでいるわけ?たしかに私はMだけど、あなたがSでも何もうれしくなんかないのよ」
「まーまー。暑ィんだから熱くなんじゃねーよ」
気だるい声で銀さんがさっちゃんさんをいさめる。

その横では土方さんが「そろそろ行くぞ、総悟…」と声をかけたところで、沖田さんに刀を振り下ろされて「おわぁぁぁぁ!!」とすんでのところで避けている。
「何しやがんだァァ!てめェェ!!」
「いやァ、やっぱり忘れた頃にやるのが一番ヒヤリとするんじゃねーかと思いやして。さぞかし涼めたでしょう?」
「そーか、そーか。そいつァ気が利くじゃねーか…って、お返しにてめーもヒヤッとさせてやらァァァ!!」
自分も真剣を抜いて沖田さんを追い回す土方さん。

「るせーんだよ、ダーティーポリスども。内部分裂ならヨソでやってくれや。そして、さっさと殉職でもタイムショックでもしてくれや」
「んだと、コラァ!」

なんだって、こう。
僕たちは、夕涼みすら穏やかにできないんだろうね。

「…お登勢さん。コレ、夕涼みって言うんですかね」
その様子を眺めながら、タバコの煙をゆるく吐き出すお登勢さんに尋ねてみると。
「いいんじゃないのかィ?暑いときには暑さを楽しむのが粋ってもんさね」
と、呆れたように。けれど楽しげに、笑った。

より暑く、というか熱くなる夕涼みなんて、聞いたことがないけど。

「そっか、夏ですもんね」
僕もお登勢さんにつられて、笑ってしまった。

絶えない騒ぎ声と、空になったガラスの器に反射する傾いた陽を見つめながら。




おまけ












久しぶりに、みんなでワイワイしている話が書きたくなりまして。そうしたら、こんな感じとなりました。
土方&沖田も久しぶりに登場。
その分、3ページ目まで銀さんに出番をお待たせしちゃったんですけれど。
春の「花見の陣地争奪は戦」の夏バージョンといったトコでしょうか。
春よりも一歩踏み込んだ感じにしたかったのですが…。
日頃どんだけ温帯低気圧とは言え、女対女になってしまえば、譲れない戦いもある、ということで。
かき氷。
本当に昔ながらの機械だと、氷がとっても細かくて本当に雪のようで。
積もった雪山を、食べやすくするために手で少しつぶすんですよね。アレがすごく好きです。
家庭用のとか夜店のやつとかは氷が荒めで溶けるのも早いので…。
あの雪みたいなかき氷が食べられるお店、ワリと最近まで近所にあったんですけれど。
今はどこへ行けば食べれるのかなぁ。夏になると少し寂しいです。