重たい眠りを遮るように入り込む白い光が、沈んだ体を揺り起こす。 半ば意地になって閉じていた瞼を諦めと共に薄く開けば、カーテンの隙間から差し込む強い日差しが、横たわる自分の体の上に真っ直ぐ伸びていた。 視線を上げれば、目に映る天井は明らかに万事屋のそれではなく。 状況を整理するために、冴えない頭をどうにかこうにか回転させる。 なんだっけ。 どうしたんだっけ、俺。 むくり、と柔らかいベッドの上に半身を起こした。 途端、のしかかってきた頭の重さと吐き気まじりの倦怠感に、ようやく掴み始める現状。 そうだ。ゆうべ長谷川さんと飲んだんだっけか。 急に起き上がったせいか、痛みまで混じってきた頭を押さえながら周囲をのろのろと見回せば。 そこは、よく知る部屋の景色。 「おはよう」 開いた襖から、部屋の主がこちらを覗いていた。 「…。俺、なんでお前の部屋にいんだっけ」 覚めない脳をフル回転させて考えてみるが、まるで思い出せない。無駄に頭が痛むだけ。 「ゆうべ遅くに来たのよ?すごぉく酔っ払って。銀さんが帰ったぞう、って」 「マジでかい」 「それから部屋に入って、バタッとベッドに倒れて寝ちゃったの」 「2軒目入ったとこまでしか思い出せねー。…つーか、すんませんでした」 身体中にまだ残る酒の重さが、記憶にある時間の倍は飲んでいただろう事実をわかりやすく告げてくる。 ゆうべ遅く、って。どんだけ遅くに来たんだ、俺は。 フラつく頭を抱えたまま、あ゙〜〜と無意味で力無い声を出す俺に、が「はい」とコップを差し出してきた。 見慣れたピンク色の液体がなみなみと注がれたコップ。 「お前んち、いちご牛乳なんて常備してたっけ?」 助かるけど。思いながら受け取ると、 「ゆうべ銀時が自分で買って来たのよ?」と言われてしまった。 「…マジでかい」 すげぇな。きれいに、まるっと、オールクリアで覚えてねーし。 毎度の事ながら、この記憶の飛びっぷりには自分でも感心するね、オイ。 「そういやお前仕事は?」 「定休日」 ああ、そうか。そうだった。 つーか、仕事休みの前の晩に、いちご牛乳持参で突撃〜って。 完全に朝までいる気十分じゃねーか。 記憶ねぇくらい酔ってたわりに狙うとこ狙ってんな、俺。 「あ゙〜、だりー」 「お風呂、熱めに沸いてるから、アルコール抜いてきたら?」 「…そーするわ」 寝室から居間を横切り、浴室へとよたよた歩きながら、もう一度ゆうべの記憶をおさらい。 うん。 やっぱ2軒目の暖簾くぐったとこまでしか覚えてねーわ。 熱い湯に体を沈めると血も巡り、ようやく頭が冴えてきた。 濡れた髪をタオルで拭きながら部屋に戻ると、台所に立っていたが、俺に気付いて振り返る。 「お味噌汁なら飲めそう?」 おう、と返事すると、うれしそうに笑って、また台所に向かう。 俺はその後ろで壁にもたれながら、そんなの背中を見た。 男って奴ァ、どいつもこいつもバカだから、こーゆー光景に弱ェわけだ。 まるで覚えてねぇけど俺も、こーゆー朝を期待して千鳥足の突撃を決行したわけだァな、多分。 別に今さら、初めて見る光景なわけでもねぇんだけど。 バカだね、俺も。 「あ、やべ」 「なぁに?」 突然声を上げた俺には、ネギを刻む音をたてたまま背中で答える。 味噌汁にはネギと豆腐だよね、っつー俺の好みは、いつの間にやらコイツには押さえられているらしい。 「なんか今、『愛してる』的なことを言いそうになったわ」 「…」 あ、黙った。 変わらず背中を向けたまま。 でも、包丁の音は、一瞬止まった。 「なんか照れてます〜?」 近付いてその耳元であえて聞いてみる。 知ってんだけど、ほんとは。 コイツが照れた時には黙ること。 「だって突然、珍しいこと言うんだもの」 ふくれて見せる横顔が少し赤い。 後ろからその肩に両手を回す。 「いや。俺ァ、『言いそう』になっただけで『言って』はいねーし。全然違うから、その2つ。『団らん』と『ダンカン』なみに違うからね、コレ」 「じゃあ、言ってはくれないの?」 俺の言葉に、がクスクスと笑いながら聞いてくる。 「バカヤロー。切り札はいざ、っつー時にとっとくもんだ」 「いざという時って、いつ?」 「あん?アレだ。いまわの際とか?」 なら、気長に待たなくちゃね。そう言うが、俺の腕に手を添えながら微笑む。 別に、どうしたってわけじゃねーけど。 少しばかり体に残るアルコールと、気だるい体に似つかわしくない程清々しい夏の日差しが、こんならしくねー台詞も悪くない気分にさせる。そんな朝。 「銀時?」 「あ?」 が背後の俺を、首を反らせて見上げた。 満腹のガキみてぇに、幸せそうな顔で。 「大好きよ。とか、言いそうになっちゃった」 「…」 「照れてる?」 「いや、照れるとかナイわ。ナイナイ。俺、純情キャラ押しじゃねーし。トゥーシャイシャイボーイ的なアレ目指してねーし。それに」 一旦言葉を切って、腕の中で俺を見上げ続けるを、見下ろした。 「知ってるし」 これからきっと、少し遅めの朝メシを2人で食って。 それから2人で万事屋に向かう。 きっと玄関先では新八と神楽が、また朝帰りかダメ人間、と罵ってくるに違いない。 呆れながらもあいつらはきっと、いちご牛乳を差し出して二日酔いの俺を迎える。 本日2杯目のいちご牛乳を飲み干したら、たまにはどこかへ出かけてみるか。 何十年かわからねぇ先の話をしてみたり。 薄っぺらな財布と二日酔いのぼやけた頭で、どこへでも行けそうな気がしてみたり。 まったく。 どうしちまったんだかね、俺ァ。 ふと気付けば、いつの間にか、待っている奴ができちまった毎日の中で。 叶いそうな、気がして。 何にかなんてわからねェ。 けれど、そんな気がしてくる。 こんな、目の眩むほどに白く光る、夏の朝には。 そんな気がする朝
|