夏休み「メール2 最終日」
盆を過ぎても残暑厳しい8月。 頼りない音をたてて回る扇風機は、生ぬるい空気をそっちからこっちに送ってくるだけ。 使えねーな、コイツ。そろそろ引退させてやろうか。 そんな風に腹が立つ度、どーせクーラー買う金なんかねーよバカヤローと、より腹が立つという不毛な繰り返し。 おまけに今日は夏休み最終日。 登校してくる生徒の顔を思い浮かべ、この暑い中奴らの相手をすんのかと思うと、さらにうんざりきてしまう。 あー。めんどくせー。 なんもかんもめんどくせー。 ソファにごろ寝していると、突然部屋の中に聞き覚えの無いメロディーが鳴り渡った。 ちょっと驚いて体を起こす。 見回すと、音の発信源はテーブルに放られたままの自分の携帯だった。 この前が来た時たまたま聞かれた着信音に、『先生、初期設定のままなの?』となんだか妙に驚かれたのを思い出す。 『変えないの?』と聞くから、『めんどくせ。変えたきゃ好きにしろよ』と返事したら、すっかりおもしろがって携帯いじってやがったな、そういや。 …それにしても、好きにしろとは言ったけどよ。 「贈る言葉」て、お前。 メール受信中。 画面に表示されている名前は案の定、「贈る言葉」の犯人。 『先生、明日からまたよろしくね』 …何を改まったメールをしてきてんだか。 “つーか、やる気ゼロなんですけど” まんま、今の気持ちを返信すると、 『いつもゼロかと思ってた』 と、的確な答えが返ってきた。 なかなか言うじゃねーか、コイツ。 “これ以上俺のやる気を削ぐと個人的に夏休み延長すんぞ” 俺のメールに、さっきよりは一拍遅れて「贈る言葉」が返信を告げる。 メッセージはたった一言。『やだ』。 素直でよろしい。 “ホームルーム前に準備室までツラ貸せや” 『なんで?』 “やる気注入しに来い。来ねぇと帰る” 今度は2拍遅れて、返信。 『早く明日にならないかな』 まったく。 夏休みが終わるっつーのに、こんな浮かれた事言ってやがんのはコイツくらいのもんだろ。 返信のために画面を切り替えようとしたら、続けてもう1通がやってきた。 『でも夏休みも先生とたくさん会えたし楽しかったな』 結局コイツは、なんでも楽しんじまってんだよな。いつだって。 バカだろ、お前 バカは俺もか。 さっきまでマックスだったイラつきとめんどくせーモードが、いつの間にか落ち着いているのを感じながら。 ソファの上で、伸びを一つ。 ま、いつもどおりの日常が戻ってくんのも、悪かねぇか。 うちのクラスのバカどもは、バカ過ぎてとりあえず飽きねーし。 登校日を待ち侘びている、めでたい奴もいるし。 夏休み最終日、うだるような熱帯夜。 朝一で準備室に飛び込んでくるだろう、あいつのガキみてぇにうれしそうな顔を思い浮かべて。 今夜は早めに寝とくとするか。 あ。 その前に、もう一つ。 “つーか、なんで「贈る言葉」?” その返事だけ聞いたら、寝るとすっかね。 (『電話の方の着信音は「抱きしめてTONIGHT」にしてみたんだけど』) (…お前、絶対年ごまかしてんだろ=j |