夏休み「氷いちご」
よく効いた冷房に冷たくなった体の表面が、肌寒さを覚え出す公立図書館の午後2時。 妙ちゃんと九ちゃんと神楽ちゃんと頭を寄せて、残り少ない日数を巻き返すべく夏休みの課題中。 「勉強に励みすぎてお腹空いたアル。、酢昆布食べていいアルか?」 「ダメだよ、神楽ちゃん。ここ飲食禁止だから追い出されちゃうよー」 酢昆布の箱を取り出した神楽ちゃんを止める。 「もうちょっとで終わるから、我慢しましょ。神楽ちゃん」 「帰りに何か食べて帰ればいいだろう」 妙ちゃんと九ちゃんも、いいペースで進んだ課題にご機嫌ぎみ。 「九ちゃん、家厳しいのに、買い食いとか大丈夫?」 「いいんだ。うるさいのは東城くらいだからな」 そんな会話を小声で交わしていると、マナーモードにしていた携帯が、バッグの中、光だけで着信を告げた。 メール受信中。 …銀八先生?! 向こうからメールが来ることってまず無いから、かなり動揺。かなり緊張。それでいて、かなり期待。 何?何? 画面を開くと、 『今日って図書館だっけ?』と、いう短いメッセージが。 ああ、そっか。 昨夜私からメールをした時に、明日はみんなと図書館、って教えたんだっけ。 そうだよ、と返信すると、さらに返信。 『帰りうち寄らね?』 えっ。 「どうしたアル?。でかい口開けて。酢昆布ほしいアルか?」 「なぁに?変なメールでも来たの?」 画面を見て固まったままの私にみんなが注目。 「あの、あのね、ごめん!私今日、帰り、一緒に行けなくなっちゃったんだけど…」 申し訳ない思いで言ってみると、みんな、ははーん、という顔で笑った。 「先生から?」 鋭く妙ちゃんが私をつつく。 「…うん」 「それなら仕方ないだろう」 「やっぱり少女は夏に大人になるネ。、怖がらずに飛び立つ時アル」 「違う。違うから、神楽ちゃん」 なんだか、自分の事のようにうれしそうに私を見る皆に感謝して。 もうすっかり勉強なんて上の空な、図書館の午後2時半。 図書館は学校のすぐ近くで。 銀八先生のアパートもやっぱり学校のすぐ近くで。 あの後、みんなと図書館前で別れた私は、あっという間に先生の家の玄関前。 午後3時半の傾きかけた太陽は短い距離でも容赦なく照りつけて、さっきまで冷えていた体が一気にうだりぎみ。 そういえば、一人で来るのって、なんやかんやであの雨やどりした時以来? インターホンを押しながら、なんだか緊張が増す。 ドアノブがガチャガチャ回った。 「おう」 先生が顔を出す。いつもと変わらないやる気の無い表情で。それだけで、緊張が少しだけ安心感に変わる。 入れや、という先生の後に付いて部屋の中へ。 蒸し暑い部屋の中には、一本調子な扇風機の音と、開いた窓越しに微かな街の生活音。 「お邪魔しまーす…」 そう言ってソファの端っこに腰掛けると、 「何かしこまってんの」と、台所に行っていた先生が隣に腰掛けた。 その両手に抱えたものを、ガシャガシャと荒っぽい音と共にテーブルに広げる。 ガラスの器、赤い液体入りのガラス瓶、製氷皿ごと氷がいっぱい。 そして何やら、ペンギンの形をしたかわいらしいもの。 「これって、かき氷作るやつ?」 そう、それはどう見ても家庭用のかき氷機。 「どうしたの?これ。先生、買ったの?」 「なんか昼間、スーパーの福引で当たっちまってよォ。俺的には1等の現金つかみ取り≠ノすべてを賭けてたんだけどな〜」 先生は不満げに言いながらペンギンの頭部分を開き、中に氷を投げ込んでいく。 もしかして。 「それで呼んでくれたの?」 かき氷、一緒に食べるために。 「一人でこんなんガリガリすんのも、なんだろ。付き合えや」 先生がハンドルを回すと、透明なガラスの器にサラサラと氷が舞い落ちる。 「すごーい。本物だー」 「いや、当たり前だろ。つーか、かき氷のニセモノって何よ」 「あれ、先生。出てこなくなったよ?」 「あ、氷足りね。ちょ、、冷凍庫から持ってきて」 どんどん積もる氷は、2つの器を山盛りにして。 先生はガラス瓶から、甘い香りのいちごシロップをその山に注ぐ。 そして、自分の器にこれでもかという程チューブの練乳を搾り出し、当然のように私にも差し出した。 「やっぱこれだろ」 「かけた方がおいしい?」 「バカヤロー。練乳のねぇ氷いちごなんざ、パー子のいねぇ林家ペーみてーなモンだ。練乳なめんなよ、コラ」 と、先生がよくわからない理論を熱く語るから。 私も自分の器に練乳を搾り出す。 え?足りなくね?という先生の言葉には、さすがに従わなかったけれど。 スプーンで一すくい口の中に放り込むと、ひんやり甘ったるい。 汗ばんでいた体が、急に内側から涼しくなった。 「かき氷って、こんなにおいしかったっけ」 この夏初めてのかき氷なわけじゃない。 近所の露店でも買って食べたし、先週コンビニでもカチカチに冷えた氷いちごを買って食べた。 なのに、違うんだよね。 なんか違うんだよね、コレ。 練乳のおかげ? それとも。 氷を頬張る私に先生は、 「幸せそーだな、お前。さっき俺の顔見たときより幸せそーじゃね?」と若干納得のいかない顔で言う。 「だって先生が作ってくれたかき氷、先生と食べれるなんて。すごい贅沢。幸せ」 本当に幸せだから、素直に伝えたくて私は即答した。 「…なんか、かわいらしーこと言ってんなァ、おい。狙ってんの?ソレ」 そう言って、近付いてきた先生の唇が私の唇に触れる。 2人とも、同じくらい冷たくて、いちごミルクの香りの唇。 離れて少し見つめあった後。 先生は手元のかき氷に視線を戻す。そして、 「送るから食ったら帰っとけよ」と、スプーンをくわえながら言った。 「なんで急に冷たい口調?」 「いや、かき氷だけに」 「…うまくないよ」 「別に冷たかねーけど。…なんかマズイじゃん。雰囲気的に。つーか俺的に」 「ええ?」 「いーから、食え。食わねーと食っちまうぞ」 そりゃ、食べるけど。 「また、一緒に食べれる?」 聞いて見ると先生は、やっとこっちを見て少し笑った。 「じゃ、この機械はお前と食う時専用にしとくか」 「本当?」 「ただし食いたきゃ俺にサービス必要な」 「サービスって何?!」 「チューとか?なんかその他もろもろ?」 …もろもろって。 「じゃあ、さっきのは今日食べた分?」 「そー。つーか、さっきのはとりあえず氷分」 そう言って空になった器をテーブルに置き、先生は私の頭に手を添える。 そしてもう一度唇を重ねると、私の目を見て 「これ、練乳分ね」と、笑った。 口の中は冷たくて。手にした器も冷たくて。先生の唇も冷たいのに。 なのに頬は熱い。心臓も熱い。触れられた唇も熱い。 甘いいちごとミルクの味が、いつまでも残る、夏の夕方。午後4時半。 (あ、つーことはもう一回いちごシロップの分が残ってんな) (…なんでそんな材料ごと?) (うるせーな、俺がしてーからに決まってんだろーが) |