夏休み「メール」
私と銀八先生は付き合っているけれど。 やっぱり先生と生徒だし。 いろいろ、制限はあって。 先生はクラスでは一切コソコソしなくて、みんなの前でも堂々と私の事を彼女扱いしてくれるけれど。 それは、口には出さないけれど先生がZ組のみんなを信用している証拠で。 私たちの事を他の先生やクラスに売るような奴はZ組にはいない、と先生が信じているからに他ならない。 でもZ組以外の生徒や先生や親なんかに知られてしまえば、良い結果を招かないだろう事はわかっている。 先生が何か言われたり、クビになったりするのは絶対イヤだし。 先生はそんなことで私が周りから何か言われないようにと考えてくれているし。 それに先生は、自分との時間より私の高校生活を優先しようとしてくれる。 親にも心配かけるな、って言ってくれる。 結果私たちは、学校で会うのが基本で、普通の彼氏彼女よりずっと狭い範囲でしか一緒にいないけれど。 でも、私は幸せだ。 いつでも私のことを大切に思ってくれる先生がいるから ― 先生、今何してるの? ― 蒸し暑い夏の夜、10時。 部屋のベッドに仰向けになりながら、先生にメールを打った。 普段は先生がメールめんどくさがるの知ってるから、意味の無いメールはあんまりしないんだけど。 夏休みだし。 講習が終わってから会えてないし。 いいよね? 意外と早く、携帯が返信を告げて震えた。 一人宅飲み 先生らしい。 一気に距離が縮まった気がして、つい口元が笑ってしまう。 起き上がって、さらに返信。しようとしたら。 また携帯が震えた。 どうした? 先生からの、続けてのメール。 急にメールが来たから、心配してくれたらしい。 そんなところもやっぱり先生らしくて、うれしくなる。 ― どうもしないよ。なんとなく ― どうせ寂しくでもなったんだろ …あっさり見抜かれてるし。 ― そんなことないよ ― 寂しいとか言って困らせちゃいけない。 メールをしたら結局余計に恋しくなってしまったけれど、そんなことは言えない。 そう思って、嘘の返信。 携帯が、また震えた。 手に取り画面を見る…あれ?電話?! 「もっ、もしもし?!」 慌てて出ると。 『何噛んでんだよ』 聞き馴染んだ、だるい声。 「だってメールだと思ったら電話で、びっくりで」 ていうか、先生と電話で話すの、初めてだ。 耳元で聞こえる先生の声になんだか緊張して、ついベッドの上で正座になってしまう。 『ま、寂しくねーって言われちゃったし?電話もうぜーとか言われそうだけどー』 意地悪な口調で先生が言う。 「ほんとは違うけど、だって」 『俺ァ、そろそろ会いてーんだけど?』 私が我慢したつもりの言葉を、先生があんまりあっさり言うから。 なんか、うれしいような、悔しいような。 いや、でもやっぱりうれしい。だから、 「私も」 素直に答えた。 「でもなんか、先生の声聞けたから、今すごく安心」 『声ねぇ。俺的には声だけじゃあね』 先生の声の後ろには、微かにテレビの音。 あのソファにもたれて、いつもどおりタバコをくわえているのかな。膝にジャンプなんか乗せて。 『お前、明日ヒマ?』 えっ。 「ヒマ!全然ヒマ!」 つい期待に満ちた声で返事してしまう自分が憎い。 『うん。俺は忙しいんだけど』 「ええ?!」 『…いや、嘘だけど。お前の声、期待度マックス感ダダ漏れでおもしれーんだもん』 「そうやって人のこと、もてあそんで」 『なんかその表現、違う感じに聞こえるからやめよーや。好感度下がんじゃん』 好感度なんて、たった今下がったよ。意地悪だから。 黙った私に先生は、 『どっか行くか』と、相変わらずのだるいトーンで言った。 「行く!」 もう期待度マックスダダ漏れでもいい。 うれしくて、思い切り返事せずにはいられない。でも。 「誰かに見られたりしないかな」 それが心配。 『青空授業中で〜す、とか言っとけばごまかせんじゃね?』 「無理だと思う」 だって、何?青空授業って。 『別に、ちょっと離れた人気のねぇ場所とか探せばどってことねーだろ』 あんま、おもしろくねぇかもしんねーけど。 先生がつけ加えた一言に、 「先生がいればどこでも楽しいから大丈夫」 私が返すと、受話器の向こうで、小さく笑う声。 『お前、ほんっと俺のこと好きな』 …今さら否定できないし。しないけど。 「先生は?」 悔しいから聞き返す。 『俺ェ?』 いつもと変わらない、のんきな声。 『んな焦んなくても、明日ちゃんと教えてやるって』 そう言う先生に、はぐらかされた思いよりも明日への楽しみ度がさらに上がってしまう私は、やっぱりバカなんだな。きっと。 私たちは、普通の彼氏彼女みたいには一緒にはいれないけれど。 でも、私は幸せだ。 きっと誰より。 いつもより会う時間が少ない夏休みには、不精なメールも電話も、ちゃんと付き合ってくれる先生がいるから、ね。 |