夏休み「もうすぐ」
じわじわと暑さを増す蝉の声を聞きながら、昼休みの非常階段。 校舎が作る日陰に心地よく風の抜けるこの場所が、最近のお気に入り。 「もうすぐ夏休みだねー」 「あー?そーねー」 踊り場の壁にもたれて目をつぶる銀八先生は、相変わらずやる気の無い返事。 「先生、夏休みの予定とかないの?」 「ねーよ、んなもん。つーか俺ァまだ休みじゃねーし」 あ、そっか。先生は、私たちと違って終業式が終わっても出勤しているんだもんね。 だから、やる気無いのか。 「お前はなんか色々予定あんだろ?妙とか神楽とかと」 「うん。海行ったりするの」 「ビキニ禁止な」 「着ないよ、そんな」 「あ、でも、俺んちではビキニ解禁な」 「…着ないってば、だから」 もうすぐ夏休み。 でも、気分はいまいち盛り上がらない。 その原因を、少しでも解決するために、私は先生に向き直る。 「あのね、先生」 「ああ?」 「休み中、寂しくなったら会いに行ってもいい?」 私の質問に、先生はようやく目を開いた。 なんだか少し不満そうにこちらを見る。 「何、お前。基本会わないつもりだったわけ?」 「え」 約束なんかしなくても、学校に来れば先生に会える。 そんな毎日に安心しきっていて。 いざ、長い休みを前にして、どうしたらいいかわからなくなっていた自分。 先生の言う通り。基本、会えないことを前提に考えていた。 「お前よぉ、前から思ってたけど、あんま自覚ない?もしかして」 「何の?」 「俺と付き合ってるっつー自覚」 先生に言われて、すぐ言葉が返せなかった。 無いのかな。そう言われると、そうなのかな。 「…まぁ、いーけど。徐々に思い知らせてくから」 先生はそう言うと、また目をつぶった。 「夏休みも最初の1週間は講習だろ?どーせ」 「うん」 一応受験生だから、夏休みも最初から素直に休ませてはもらえない。 午前中は学校に来て、受験対策の講習があるのだ。 とは言っても、銀八先生は講習受け持ってないみたいだし、休み期間だからホームルームとかも無いし。 同じ校内にいても、普段のようには会えない。 と、思っていたら。 「とりあえず講習期間中は、終わり次第、準備室直行っつーことで」 あっさり先生が言うから、なんだか一気にうれしくなる。 「講習、楽しみになっちゃった」 私の言葉に、先生はもう一度目を開けた。 「んな程度で、うれしそーな顔してんじゃねーよ」 安い奴。 そう言って、私の頭に手を乗せる。 そして、 「言っとくけど、それだけで休み中済ますつもりはねーからな」 と付け加えて、いつもより少しだけ優しい顔で、笑った。 非常階段の約束がくれた安心と期待を、両手に抱えて。 さぁもうすぐ、夏休みが始まる。 |