「3回目…」 いかにも嫌そうに薄く開けられたドアの向こうで、白髪頭ががっくりとうなだれた。 そう言われてみれば3回目だったかもね。この、突撃お宅訪問。 ぼんやりと過去2回のことを思い出しながら、ウザったさを隠そうともしない彼の顔を見る。 またまた、そんな反応して。 意外とうれしいくせに。 どんなに面倒臭そうでつれない態度を見せられたところで、この担任のことはワリとわかっているつもりだ。僕ら。 「まーまー、いいじゃないですか。一年の締めくくりの日にそんな顔しなくても」 「どうせ暇してたんじゃねーですかィ?いい生徒持ちやしたねェ、先生」 僕と沖田君が閉められないようにドアをしっかり押さえながらそう言うと、 「るせーよ。俺ァこれからサブちゃんの熱唱を聴きながら1年を振り返るというシメの大仕事が残ってんだよ。大忙しなんだよ。とっとと帰れ」 冷たい答えが返ってくる。 「紅白もいいですけど、みんなで年越しもいいもんじゃないですか」 「つーかなんでおめーら誰一人として事前にアポとか取ろうとしねーの?そんなことじゃ社会で通用しねーよ?これだから今時の若いモンは」 「だってそんなんしたら先生『来るな』って言うじゃないですか」 「来るなと言われんのがわかってて何で来ちゃうかね。ホワーイ?」 「とりあえず寒ィから、とっとと入れるか出て来るかしてくんねーすか」 まるで先に進まないやり取りを続ける僕と銀八先生の間に、もどかしそうに土方君が割って入る。 「入れねーし出ねーよ。つーか何しに来たのよ」 「初詣行くんですよ、これから。先生も行きませんか」 「いや、寒いし。めんどくせーし。賽銭とかバカくせーし。休み中までおめーらの相手ウゼーし」 「…気持ちいいくらい本音マシンガンですね。もっとオブラートに包んで下さい」 一向にドアの開き幅を広げることなくウダウダ素っ気無い態度を取り続ける彼は、まぁ僕らにとっては予想の範囲内。 計画通り、ここで切り札だ。 「いいんですか?そんなこと言って」 「は?」 訝しげな先生。 にやつく僕ら。 「これを見てもまだそんなことが言えるアルか?!」 神楽ちゃんが腕を引っ張り、姉上が背中を押し。 先生の視界の前に連れ出したのは…そう、僕らの切り札、ちゃんだ。 「先生、初詣行かないの?」 「…」 遠慮がちなちゃんの問い掛けに、ドアの向こうで先生が黙った。 まぁ、姿が見えずとも来ていることくらいは予想済みだったんだろうけど。 今日はちょっと特別だから、そこんとこは予想外だったんだと思う。 黙ったということは、それなりに効果アリと見た。 「どう?先生。ちゃん、かわいいでしょう」 姉上がにっこりと満足げに笑う。 ちゃんは、心配そうに、様子を窺うように、銀八先生を見上げている。 今日のちょっと特別。 それは女性陣3人が、そろって着物姿であること。 年に一度の初詣くらい気張ってオシャレしよう!…と、提案したのは多分、姉上なのだろう。 どーだ!まいったか!と、口には出さずに顔に出して先生のリアクションを見守る僕らの前で。 ドアの隙間から伸びてきた手が、ちゃんの手首を掴んだ。 そうはさせるか! 突撃も3回目となれば慣れたもので。 もちろんその行動も予想していた僕らは、あわや部屋の中へ引きずり込まれるところだったちゃんを捕まえる。 「ちゃんだけ連れ込もうったってそーはいきませんよ」 「あれ、違うの。新春『よいではないか』ごっこをどーぞ、っつーお年玉的なアレじゃないの」 「やめてください。新年早々僕らのクラスメイト手ごめにしようとするの」 「人聞きワリーな。なんつーの?今年もよろしく、的なことじゃん。やましいことは何もねーじゃん」 「いや、やましいです。どう考えてもやましいです」 油断も隙もない我らが担任は、口惜しげに舌打ちを一つ。 僕らをぐるりと見渡して、もう一度ちゃんを見る。 そして結局は、諦め顔で溜息をつくのだった。 「つーかね、大晦日っつーのはコタツとミカンと紅白で過ごすというのが守り続けるべき日本の伝統だと思うんだよね」 ダラダラと夜道を歩く銀八先生のボヤきはなおも続いている。 …とかなんとか言いながら、ちゃんと一緒に来るくせにね。 「先生んちコタツあったっけ?」 その隣でちゃんがツッコむ。 「それはお前の心が冷え切っているから見えねーんだよ。先生は心にいつでもコタツ持ってるからね。遠赤外線発しちゃってるからね」 なんやかんや言いながら、慣れない草履で歩くちゃんに歩幅を合わせているらしい銀八先生は、ワリと満更でもなく見えて。 それを見ている僕らも、来て良かったとなんだか少しだけ満足気分。 今日の初詣に銀八先生を誘おうと言い出したのは僕だけれど。 それを反対する者はいなかったし、僕が言わなければ他の誰かが言っていたのでは、とも思う。 それはもちろんちゃんのためでもあるし。 それに。 終業式の日の帰り際。 賑やかに休み中の予定を話しながら帰り支度をするZ組で、誰かが軽い口調で銀八先生に問いかけた。 先生、お正月は実家で過ごすんですか?って。 『正月ねェ。実家ってねーしな。AVでもレンタルしまくっとくかな〜』 いつもと変わらぬ調子で、アクビ混じりに先生はそう答えた。 みんな何も言わないけれど、多分、先生のその言葉を覚えている。 別に、深い意味は無い。 ただ、覚えていたというだけなんだけど。 いつも通り騒がしく迎える新年も、銀八先生は嫌いじゃないだろうとか思ってみただけなんだけど。 「キャッホゥゥ!初詣で餅食べ放題ネ!」 「餅は家で食べるものでしょ、神楽ちゃん。なんで初詣で食べ放題だよ」 「だって前にテレビで見たアル。餅、ごっさバラまいてたネ」 「…ああ、餅まきね。でもあそこの神社、そんな気の利いたことやってたかな」 「大丈夫ヨ。私今年一年ちゃんといいコにしてたアル」 いや、それって、どっちかって言うとサンタさんが来る原理じゃなかったっけ。 首をひねる僕の横から沖田君が 「オイ、チャイナァ。餅まきで俺に勝てると思うんじゃねーぜィ」 と、参戦してくる。 いや、だからまだ餅まちあるって決まってないんだけど。 「お前に餅は一つも渡さないネ。すべて私がゲットして磯辺巻きにするアル」 「何言ってやがんでィ。餅と言やァずんだ≠ノ決まってらァ」 「…マニアックだね、沖田君」 なんだかよくわからない戦いに、後方からさらに参戦者が。 「バカヤロー。餅の最も輝く食い方はしるこだろーが。そして粒あん以外は認めねェ」 「先生、粒あんの場合はおしるこ≠カゃなくてぜんざい≠ナす」 「うん。おめーのツッコミのがよっぽどマニアックだよね、ソレ」 自分の間違いは棚に上げてツッコミ返してくる銀八先生。 「てめーらわかってねぇな。餅にはマヨネー…」 「いや、土方君。もうソレ、チョイスがマニアックなんじゃなくて、味覚がマニアック」 教室にいる時となんら変わらないエンドレスな会話に、姉上が微笑む。 先生の隣を歩くちゃんも笑う。 うっすらと氷の張る水溜りに反射した月の光で、冷たい色に染まる冬の夜。 それでもこうしてみんなで歩けば、なんとなく暖かいような気がする冬の夜。 ふと振り返れば銀八先生が、ちゃんに何事か耳打ちしている。 途端、顔を赤くして先生を見上げるちゃん。 …ま、大体どんな感じのことを言ったのかは、あのちゃんの顔を見ればわかる。 僕らの前ではちゃんの着物姿について特にコメントしなかった銀八先生だけれど。 押さえるとこは押さえてるらしいね。彼女に対しては。 さっき銀八先生の家に向かっている途中のちゃんの様子を思い出す。 変じゃない?変じゃない? 髪型、似合わないかなぁ。 お化粧濃くなってないかな? 何度も何度も、姉上や神楽ちゃんに確認していたちゃん。 それは、たった一人の人に褒めてもらいたいがために。 彼氏冥利に尽きるというものだよね。まったく。 だから、そんなちゃんに免じて。 最後尾でやる気なさそうに歩きながらも、ちゃっかりコートのポケットにちゃんの手を引っ張り込んでること。 僕ら全員、気付いてるけど気付かないフリしてあげますよ。 今日くらいはね。 「あれ、もうこんな時間?!神社着く前に年越しちゃうじゃないですか」 「ったく、これだから計画性の無い奴ァ困るよ。一年の計は元旦にあり、っつーだろーが」 「いや、銀八先生がココア飲みたいとか言ってコンビニ寄ったりするからでしょ」 腕時計は11時57分を指している。 あと3分で新しい年がやって来る。 「神社じゃなくても新年の挨拶はできるから大丈夫だよ」 まるで慌てる様子も見せずに、ちゃんは、のほほんと笑った。 「そうね。カンパイもできるしね」 コンビニで買ったココアの缶を振りながら姉上も。 どんな一年になるのかなんて、まるでわからないけれど。 こうして見慣れた顔ぶれと、いつもどおりに始まる一年なら、例え何があっても最後には笑えるのだろう。 そんなことを思う。 足の向く先から聞こえてくる、鐘の音。 もうすぐ、もうすぐ、と僕らを呼ぶように。 一歩一歩、時間を刻むように。 「じゃあ、もうここで!」 僕はみんなを振り返った。 よく冷えた12月31日の夜道。 見上げれば、外灯が一つと月灯りが一つ。 それぞれ、手の中でぬるくなったココアを構える。 10秒前。9、8、7… 「私もう全部飲んじゃったアル。新八、よこせよ」 「なんでだよ!」 唐突に横から伸びてきた神楽ちゃんの手が僕の缶を掴んで、5秒前なのに奪い合い。 あーあー、もう。カウントダウンすらマトモにならないよ。 「ほんっと、グダグダだな。おめーら」 銀八先生の呆れ声は、時計の針が0時を回るのと同時だった。 コタツとミカンでまったりもいいけれど。 サブちゃんで渋くシメるのもいいけれど。 なんかこういうのも、悪くない年越しだと思いませんか? 新年も、まぁ相変わらずにこんな感じで。 一つ、よろしくお願いしますよ。 ね、銀八先生? もうすぐ |