階段
一段一段、上へ上へ。 踊り場まで来て、顔を上げる。 見上げた先、制服の中で目立つ白衣が、一段一段気だるげに下りてくる。 いつもより高い場所と低い場所から目と目が合う。 「あのさ」 すれ違う直前、かけられた声に足を止めた。 「お前、なんで階段で会うとめっさ見てくんの?」 「そんなに見てる?いつも」 「見てる」 俺に見とれてコケんなよ。 言い置いて下りていく後姿を見送る。 本当は、こんなふうに背中を見つめる階段で、すでに3回くらいコケそうになってること、先生は知らない。 たまには先生の方がコケてみてよ。 そんな事を願ってみたりする、休み時間の階段。 ゆっくりあなたとすれ違える階段が好きって言ったら、あなたは笑うかな。 (だからやっぱり、秘密) |
屋上
放課後。 沈み始めた太陽が、無機質な校舎を淡い紅色に染める。 学校が、1番優しい色になる時間。 屋上のドアをそっと開けると、探していた背中を見つけた。 白衣も白い髪も、校舎と同じ色に染まっている。 まるで空の一部みたいな、優しい色。 声をかけるのを忘れて立ち尽くしていると、手摺りにもたれて空を見る背中が振り返った。 風の無い空に、煙草の煙がゆるく上がっては消える。 「どうした?」 問い掛けには答えずに、隣に並んだ。 先生がしていたように、淡い色に染まりながら帰る生徒たちと、その上に広がる空を眺める。 「シカト?シカトなの?教師イビリ?学級崩壊?」 どうもしないよ。 夕焼け色の先生に会いに来ただけ。 今だけは、2人きりの屋上で、私も先生と同じ色。 (「どうした?」って聞く時の、いつもより少しだけ優しい声が、好き) |
教室
Z組の教室の窓際には、向かい合わせに置かれたイスが二つ。 これは二日酔いの銀八先生用。 片方に座って、片方に足を乗せて、授業はさておき寝てしまう先生用。 Z組の教室のカレンダーには、月曜日のとこだけ赤い○印。 銀八先生が付けたジャンプ発売日印。 俺は忘れねーけど、おめーらが忘れねーように書いてやってんだろ。 カレンダーをめくる度に言いながら、先生は今月も月曜日に○を付ける。 Z組の教室の掲示板には、クラスのみんなで撮った集合写真。 銀八先生を真ん中に、みんなで撮った写真。 無造作に画鋲で留められたそれは、朝来たらいつのまにか貼ってあった。 誰貼ったの?ってみんな不思議顔。 でも私は知ってるよ。 みんなが帰った後、一人になった教室で先生が貼ってたこと。 ここからは、先生は知らないこと。 先生が貼った掲示板の写真のこと。 実は裏側に、Z組みんなの寄せ書きがあるの、知らないでしょう? 私たちが卒業したら、一人になった教室で先生が剥がすだろうあの写真に、一言ずつメッセージ。 題して「先生を泣かせちゃおう大作戦」。 卒業なんてまだ実感無いから、誰も感動的なことなんて書けなかったんだけど。 糖尿注意とか、 ツッコミいなくて大丈夫?とか、 マヨネーズフォーエバーとか。 結局作戦名みんな無視。 その中の、無記名の小さなメッセージ。 『まだまだ一緒にいてください』 さぁ、誰からでしょう? (気付いてくれると、いいな) |
非常階段(side銀八)
廊下の突き当たりにドアが一つ。 開けるとすぐに吹き込む外の空気。 非常階段に続く、重いドア。 内側から簡単に開くドアなのに、わざわざ開けてみようという奴もいないらしいここは、貴重な昼寝場所の一つ。 階段に腰掛けると、景色も悪くない。 校舎裏の緑は広く、春には桜も咲く。 本来の目的以外でここを利用するのは、俺のほかにもう一人。 初めて鉢合わせた時。 階段に座ってぼんやりしているあいつに、 「何してんの?」と背中から声を掛けたら、驚いたように口をポカンと開けて。それから、 「桜がすごくきれいだったから」と、呑気に笑いやがったっけ。 その後、俺が寝ているところに来てしまうと、そっと引き返そうとするあいつに、何度 「逃げんなや」と声を掛けたことか。 今では、うれしそうに俺の隣に腰掛けるあいつがいる。 「起こした?」 「なんだよ。寝込み襲いに来たの?」 「天気いいから、いるかなぁって思って」 俺も、天気いいからお前来んのかなって思って来てみたわけなんだけど。 (喜ぶから、言ってやんね) |