二日酔いの朝。
一時間目から授業。
しかも1番うるせーうちのクラス。

やる気しねー。
つーか気持ちわりー。

無言で黒板に「自習」と書いたら、窓際に並んだ2つのイスへ。
片方に深く腰掛け、片方には足を投げ出す。


「先生、また二日酔いですか。一時間目に授業ある時くらい自粛して下さいよ、大人なんだから」
メガネの向こうで冷たい目をした新八が言う。

「新八ィ、男にはなぁ、明日なんて忘れて酒に呑まれてェ夜もあんだよ」
「あんた、呑まれっぱなしじゃないですか」
「これだからマダオはいやアル」
「酒臭ェ、なんか」
「そういう土方さんはマヨ臭いですぜィ。死ねばいいのに」
「うるせー、ドS王子。お前が死ね」

話はどんどんそれて、まるで違う方向へ。
いつもの流れだ。

自習にしたらしたでうるせーな、こいつら。
頭いてー。


「先生、飲む?」
いちご牛乳を差し出してきたのは

担任になったばかりの頃から、俺の二日酔いにまともな心配をしてくるのなんざZ組でコイツ一人くらいのもんで。
わざわざ調べたらしい『二日酔いに効くツボ』なんつーモンをグダってる俺にものすごく真剣にレクチャーしてきたり。
大発見のようなツラで何を報告してくるかと思えば、『二日酔いには大根おろしが効くんだって』とか言い出して、俺に『ばーちゃんの知恵袋か、おめーは』とツッコまれたり。
そんなバカは、校内中探したってコイツくらいのものなのだ。

最近ようやく『俺の二日酔いに一番効果的』と、コイツなりに学んだ結果らしい、いちご牛乳を「わかってんじゃん」と、受け取ると、実に嬉しそうな満足そうな笑顔。
そんなの後ろから、酢昆布をくちゃくちゃやりながら横槍を入れてくるタチの悪いクラスメイトが一人。

「甘やかしちゃ駄目アル、。甘い顔すると男は付け上がるネ。こういう遊び人は冷たく突き放さないと、そのうち赤ん坊のミルク代まで絞り取っていくようになるのヨ」
「え。そうなの?」

いつの時代の昼ドラだよ。
つーか、『そうなの』って何だ。『そうなの』って。反論しろ、ソコは。

「神楽ァ。俺ァんな昭和初期の荒くれ遊び人じゃねェ。平成のジェントルな遊び人だ。そこ間違えないよーに。そして、おめーはそれをマトモに聞くな」
「ほら、ご覧なさい。ああいうのを付け上がってるって言うのよ?ちゃん」
「ていうか、遊び人だって事は認めちゃうんですね」

さらにしゃしゃり出てきたのは志村姉弟。
あーもう。自習にした意味ねーっつーの。

「わーったから、うるせーよおめーら。寝れやしねーよ。寝れやしねーから今日の日直、。お前は担任を静かな場所へと案内すべきだ。そして添い寝すべきだ」
「だって黒板に『自習』って書いてあるから自習しなくちゃ」

大丈夫そうだし、と小さく付け加えて。どこか安心したように笑ったは、俺に背を向け、自分を呼ぶ声の方へ。
妙や九兵衛が向こうで手招きしている。

そこへ神楽が、
ー、聞いてヨ。この新八ほんと新八アル」
と走って行く。
その後を例の新八が、
「だから新八単位の否定はやめろォォ!だいたいねーちゃん、そもそも神楽ちゃんが…」
と追っていく。
その一つひとつに、楽しそうに応える

『ねぇ先生。私、きっとクラスで目立たないのに、どうして私?』
以前、俺におそるおそるそんな事を聞いてきたあいつは、多分まるで気付いちゃいねェ。
人の話を聞かねー奴しかいないうちのクラスで、自分が『聞き役』っつーエラく大事なポジションにいることに。


ちゃん、お妙さんはさぁ、どうしたら俺を見てくれるのかねぇ」
しつこ過ぎて、またも妙になぐられたゴリラが涙ながらに訴えている。
「近藤君、気持ちはわかるけどまっしぐらすぎなんだもん。なんかこう、方法変えてみたらどうかなぁ」
「無理だろ。この人ァ、良く言やバカ正直だから、こんなやり方しかできねーの」
、土方さんは自分の欲望にバカ正直だから、出会い系にハマってんだぜィ」
「そうなの?出会いあった?」
「そうなの、じゃねーよ!本気にすんな!」

決して話題の主役になっているわけじゃねーし。
ハイパーにアクの強いこのクラスで目立つことなんざ、そもそも並の人間にゃまず無理だし。
でも、みんななんとなく、に話しかける。会話に加えようとする。
理由は簡単。
聞いてくれるから、だ。
ちゃんと目を見て、笑い、驚き、時にはツッコみ、次の会話につながるよう応える。
それは当たり前のようでいて、やろうと思ってできる類のものでもない。
あれをもし狙ってやってるんだとしたら、あいつはたいした腹黒だ。
とんだ小悪魔野郎だ。

、出会い系はなぁ、総悟が勝手に俺の携帯からアクセスしやがったんだからな」
「ほんとにぃ?」
「んだよ!お前まで!」
「冗談だよ。だって土方君モテるしそんなの必要ないもんね」
「モテねーよ。肝心な奴には」
「肝心な奴って?」


「うーし、授業はじめんぞー」

煙草に火をつけて、黒板の自習の文字を消した。
当然教室には新しいざわめき。

「はぁ?自習って言ってたじゃねーか!」
「はい、土方くーん。私語は慎むように。それから」
明らかに不満そうな土方の横に立つ。
「俺の目ェ盗もうったって、そーはいかねーよ?」

聞いてやがった、という顔で舌打ちする土方。
当たり前だ、コノヤロー。
その隣で不思議そうに俺を見上げると目が合う。

お前は、ちっとは自覚しやがれ。


「なんでイキナリ授業なんすか。二日酔いどうしたんですか」
「いんだよ、新八君。男には古傷を忘れなきゃ前に進めない朝もあんだよ」

クラス中の不満の声を背中に受けながら黒板に向かう。
いつの間にやら、二日酔いの日には無意識に指が行くようになってしまった、例のツボを刺激しながら。

「じゃー今日は、二日酔いの成り立ちと苦しさについて勉強すんぞー」
「いや、全然傷忘れられてないじゃん!バリ二日酔いに苦しんでる真っ最中じゃん!」

新八のツッコミが頭にガンガン響くが無視。

しょーがねーだろ。
私語を阻止しねーとうるさくて寝れねーし。
あいつ自覚ねーし。



男は結局どいつもこいつも、聞き上手な女に弱いんだよ。
覚えとけ、コノヤロー。






聞き上手な女に
男は弱い