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我がクラスの担任教師は朝が苦手。
今日も、清々しさの欠片も無い気だるい表情とくわえタバコの煙を道連れに、ゆっくりと教室にやって来る。
お決まりの朝の挨拶。教卓に放られる、いつも何のために持ち歩いているのかわからない出席簿。

「休んでる奴手ェ挙げろー。いねーなー。ハイ、撤収〜」

一続きにそれだけ述べて、さっさと教室を出て行こうとする銀八先生に、
「…銀八先生、たまには連絡事項とか、なんか無いんですか」
新八君が半ば諦めたようなトーンで確認する。
ウザったそうにそんな新八君を見た先生は、それでも、黒板に向き直りチョークを持った。

なぁんだ、あるんじゃないですか。
安心したようにつぶやいた新八君の前で綴られた白い文字は…『二日酔い』。

「連絡は以上。よろしく〜」

チョークを放ってダルそうに教室を出て行く銀八先生の背中に、新八君が
「わざわざ書かなくても大体わかりますよ!」
と、叫んで始まる、Z組の朝。








1時間目「体育」






昨日の小雨模様が嘘のように、よく晴れた今日のグラウンドは日当たり良好。
地面の窪みに僅かだけ残った水溜りで揺れる、小さな小さな太陽すら、キラキラ目に痛いほどの朝。
そんな日差しを手で避けながら、灰色の校舎を見上げてみる。もう目で追い慣れた、4階の小さな部屋の窓を。
それは国語科準備室の窓。
微かに開いた窓の隙間から覗く白いカーテンが、のどかに風に揺れている。
銀八先生がどこかのクラスで授業中なら当然あそこは空っぽだし、いたところで部屋の主が顔を出してくれるわけでもないのだけれど。
でも随分前に一度だけ、あの窓際に立って空を眺めている銀八先生の姿を、ここから見つけた事があるから。
それ以来なんとなく、グラウンドに立つと準備室を見上げてしまうのが、癖。


「何見てるアル、。セクハラ国語教師がコソコソ覗き見でもしてきてるアルか」
「ううん。いないんだけど、つい」
「違うわよ、神楽ちゃん。あの人は覗くならコソコソしないで堂々と見るわよ」
「なるほど、アネゴ。奴はオープンエロ教師アルな」
「あの部屋、グラウンド見るにはべスポジだもの。ちゃん?いくら彼氏でも、イヤらしい視線を感じたら怒った方がいいわよ?」
「…」


私の癖のせいで、もしかして銀八先生にあらぬ疑いをかけているのかも、と、ようやく気付いた本日の体育。








休み時間






今日の日付と出席番号が同じだから、という理由で体育用具の片付けを先生に命じられて。
ほかのZ組女子から遅れて、一人足早に教室へと戻る休み時間の廊下。
ちょうど授業を終えたらしい銀八先生が、隣のクラスから出てくるところに鉢合わせた。
こんな良すぎるタイミングがご褒美なら片付け係も悪くないなぁ、なんて。そんな事をぼんやり考えていると。

すれ違いざま。
廊下を行き交う生徒達の賑やかな声に紛れて、銀八先生はボソリと一言。

「狙ったろ」

つい慌てて、
「狙ってないよ!」
と、反論すると、「どうだか〜」と楽しげな声。


スリッパの音を響かせて歩いていくその背中に、「今日はね」と心の中で付け加えたことは、悔しいから秘密。








2時間目「数学」






数学の坂本先生が、今日も楽しげにZ組の教室へとやって来る。

みんなの意見がいつも一致するのは、ここの時間割、逆じゃない?ということ。
1時間目の運動で汗を掻き、ようやく一息ついたところで坂本先生のハイテンションに着いて行くのは、正直キツイのだ。いくら、私たちでも。



「え〜じゃあ、先週言うたよーに今日はテストばするきに〜」
「えええ?!坂本先生、先週そんな事言ってませんでしたよ?!」
「なんじゃー、志村君。若者が細かいこと気にしちゃあいかんぜよー!アッハッハッ!」

坂本先生は、いつでもこう。
本当に忘れているのか、わざとなのか(銀八先生曰く、「わざと」)。
唐突にテストという名の奇襲を生徒たちにしかけてくる。
各々、遠慮無しに文句の言葉を教卓に向かって投げ掛けながらも、配られたテスト用紙を後ろの席へ回していると。
突如、前の戸がガラリと開いて、当たり前のように銀八先生が入ってきた。

「おお、金時ィ!おんしもテストば受けにきたがか?おんしゃー学生の頃から数学ガッタガタじゃったきに、学び直すなら大歓迎じゃー」
「金時じゃねーっつってんだろ。まだ頭イテーんだからデカイ声出すなや。おめーは数学の前に、もっと人として大切な何かを学べ」

頭を抑えてうるさそうに顔をしかめながら、銀八先生は坂本先生を押し退けて黒板前へ。
そして、腰を屈めて教卓の中を覗き込む。

「…ていうか銀八先生。今数学なんですけど。何してんですか。当たり前のように」

特に気にしない様子の坂本先生を見かねて、普通の教師なら有り得ない行動の理由を尋ねるのはやっぱり新八君。

「ああ、あったあった」

そう声を上げた銀八先生が教卓の奥から引っ張り出したのは…ジャンプ。昨日発売の今週号。

「準備室でジャンプ読み返そうとしたら無くてよォ。そういや昨日ココ入れたんじゃねーかなーと思って」
「いや、そんな理由で授業中に乗り込んで来ちゃうんですか?!一昔前のルール無用のヤンキー?!アンタ」

呆れ声で眉間にシワを寄せる新八君と、その様子に笑い声を上げる坂本先生。

「まっこと金時はガキくさかとこあるの〜。困ったもんじゃきー。のう??」

授業の邪魔をされているというのに、細かいことも割と大きいことも気にしない派の坂本先生は、呑気な声で言いながら私の肩に手を置く。

「俺の断りなく、うちの生徒に触んなっつってんだろーが。このセクハラグラサン」

その坂本先生の頭に勢いよくジャンプの角を打ち下ろす銀八先生。
普通、その反応は授業妨害されている坂本先生がすべき反応だと思うんだけど。



「坂本先生、セクハラなんですかィ。そいつァ大変だ。テストどころじゃねェや」
不意に沖田君が、何も大変とは思っていないだろう冷めた口調で言い出した。

「たしかにな。校内風紀を正すためにも徹底検証が必要だな」
土方君まで。

「女の敵アル!泣き寝入りするばかりだと思うなヨ!テストどころじゃないネ!」
「ほんとだわ。セクハラしたりストーカーしたり生徒に手出したり。最近の男はどうしてこう、か弱い女子に対して最低な行為に出るのかしらね?」
「え?ちょっと待って?ストーカーはともかく、今何気に俺入った?その最後のやつって俺のこと?」

女性軍の参戦に、他人事顔だった銀八先生が反応して口元を引きつらせる。

「お妙さん!俺はストーカーですが最低じゃありません!あなたへの想いはいつだって最高に燃えていますよ!」
「そうですね。その調子でガソリンでもかぶって燃え尽きて下さいな」


こんな話題をきっかけに、教室は荒れに荒れて。
配りかけだった数学のテスト用紙は宙を舞い出す。
みんなの思惑通り、本日のテストは中止の余儀なし。
とは言え坂本先生は「Z組は元気でいいぜよ〜」などといつも通りのご機嫌ぶりで笑っているだけ。


そんな中、ジャンプ片手に教室を出て行こうとする銀八先生は、ふと振り返って戸口近くの席にいる私にだけ聞こえる声で、
「アレだよ、ホラ。俺、手は出したけど同意はとったからね?」
と、先ほどの妙ちゃん発言がまだ引っ掛かっている事をうかがわせる台詞を、やけに真顔で投げ掛けてきたから、つい笑ってしまった。








3時間目「国語」






「ハイ、『酔』という字は〜、旨い酒も水分(さんずい)が抜けると残るは苦(九)しみばかりだから、おめーら自由にトー(十)キング…と」
「…いえ、もう、素直に『自習』でいいですよ。そんな強引な理由付けいりませんから。ていうか、いつまで具合悪いんですか」

黒板に大きく『酔』と書きながら、適当な成り立ちを説明し出した銀八先生に、新八君が溜息。
銀八先生は、それには答えず教室隅のパイプ椅子にだらりと腰掛ける。
二日酔いの銀八先生の国語の授業は、大概、こんな感じ。
そして教室は、いつも以上に止める者のいない無法地帯と化す。



「坂田先生!Z組がうるさくて授業にならねーよ!たまには静かにできねーのかよ!」

隣のクラスで授業中だったらしい服部先生が、教室へと乗り込んできた。
銀八先生は「あ〜?」と、いかにも邪魔臭そうに、閉じていた目を薄く開ける。

「るせーな。頭に響くから大声出すなや」
「俺の声より、おめーの生徒共の声のがうるせーだろーが!」
「つーかお前も辰馬も何でそんなに元気なんだよ。おめーらも散々飲んでただろーが」
「フン、俺ァこんなこともあろうかと、事前にウコンドリンクを飲んでから飲み会に参戦したからなァ」
「え、マジで?アレそんなに効くの?つーかウコンてマズイんじゃねーの?」
「何も知らねェな、お前は。最近のウコンはなァ、前よりずっと飲みやすくなってんだよ。それどころか、ちょっと旨いんじゃね?くらいになってんだよ」
「へ〜。そうなんだ。ワリィな、わざわざ耳より情報持ってきてくれて」
「おう。お大事にな…って、そうじゃねーだろーがァァ!」

意図的な話題転換にすっかり乗せられて笑顔で教室を出ようとしていた服部先生だったが、さすがに途中で気付いたらしく、声を荒げて銀八先生に詰め寄る。

「んだよ。しつけーな。いいだろーが、今の感じで。円満な感じだったろーが」
「円満なのてめーだけだろーが!グダグダしてねーでちゃんと生徒共に言えっての!」
「わーったよ」

銀八先生は、やれやれと言わんばかりに息を一つ吐き、「オーイ、おめーら」と、Z組生徒たちに呼びかけた。
やる気の欠片も無ければ大きく張る気も無さそうなのに不思議と通る声に、騒いでいたみんなが注目する。

「服部先生がなァ、Z組の日本史のテスト平均、歴代ワーストだったってこの前職員室で笑いモンにしてたぞ〜。『あいつらハンパねェバカだ』って高笑いしてやがったぞ〜。どーするよ?」
「はァァ?!いや、お前、違うだろ!そーいう事を言えっていうんじゃなくて…え?いや…君達も、何?その血走った目。いや、たしかに歴代ワーストだったけど、俺別に高笑いはしてないよ?おバカさんだな〜くらいしか…ギャアアアア!」


こうして、Z組の国語の授業は、担当教師の仕切りは無くとも今日も賑やかに進行していく。








4時間目「家庭科」






本日の家庭科は調理実習。
献立はふわふわのシフォンケーキ。

この、調理室から廊下へ、そして校内の隅々へと漂っていく甘い香りに、あの人が食い付かないはずがなく。

「助かるわ〜。給料日前と二日酔いの午前中は、糖分の不足っぷりがやんごとねーんだよ、マジで」
と、授業が終わる頃の家庭科室にやって来て、ここで糖分補給できると疑わない言いっぷり。
そして私を見ると、当然のように手を出してくる…のだけど。

「あの…ごめんね、先生。あげたいんだけどね」
「けど何だよ」
「私、今日、土方君と同じ班だったんだよね」

それでも、食べる?と確認してみると、予想通り、銀八先生の顔が一気に曇った。
いや、みんなわかってはいたから。土方君を止める準備はしていたのだ、もちろん。
多分、懐に隠し持った赤いキャップの調味料を、生クリーム代わりにデコレーションしようとしたりするに違いない。
そう思っていたのだけれど。まさか。
まさか、生地の段階から練り込んでくるとは、誰にとっても予測の範囲外だったのだ。
他の班は既に試食も終えているというのに、誰一人味見すらせずに手元に残ったケーキを持て余しているのは、うちの班だけ。

「オイ、土方。てめー、俺のケーキに何ご無体な事してくれてんだ。責任取れ、コノヤロー」
「マヨシフォンのどこが無体なんスか。文句があんなら食ってから言ってくださいよ」
「バカヤロー、こんなモン食ってみるっつー選択肢がチャレンジコースと捉えてもあるわけねーだろーが。まさか生地からやっちまうとは新世代のパティシエでも考えが及ばねーよ。つーか、よく膨らんだな、そのケーキ」
「はァ?!大体、アンタが食う理由なんてねーだろーが!調理実習の試食は生徒がするもんだろ!」
「ああん?!ふざけた事ぬかしてんじゃねーぞコラ!『調理実習で頑張ったけどちょっと失敗しちゃったのケーキ』を貰ってこそ男子の学園生活最大の醍醐味ってモンだろーがァァ!」
「何『男子』の枠に入ろうとしてんだァァ!アンタ、いいトシこいた教師だろーが!」



調理室を満たす甘い甘い香りだけを胸いっぱいに吸い込んで。
銀八先生は糖分不足で二日酔いの体のまま、溜息混じりに去って行った。








昼休み






チャイムと同時に教室を飛び出して、目的のものを確実に調達するために、大急ぎで1階の購買部へ。
買い物は無事成功させたら、次はまた、急ぎ足で4階まで駆け上がる。
到着した場所。
通い慣れた国語科準備室の戸を、いつもより小さくノック。
そして建て付け悪い戸が大きな音を立てないように、いつもよりもそうっと引いてみる。
中を覗けば、ソファの上で広げたジャンプを顔に載せ、銀八先生がお昼寝中。

やっぱり。
今日は1日調子が悪そうだから、こうなっていると思った。

微かな寝息。
起こさないように、足音を忍ばせて。
ソファの向かいの小さなテーブル。外して放られたままのメガネの横に、買ってきたばかりのチョコドーナツといちご牛乳を置いた。
期待外れの調理実習の、代わり。
壁のハンガーに掛かった替えの白衣を、せめて毛布代わりにと、その体に掛けた。


一眠りしたら、午後には元気になってるといいね。

心の中だけでそう話し掛けて。
また、そうっと準備室を出る。








5時間目「移動教室」






教科書とノートとペンケースを抱えたクラスメイト達が、慣れた教室を出て廊下をぞろぞろと流れて行く。
移動教室は、なんとなく気分が変わるから、眠くなりがちな5時間目の授業的にも嫌いじゃない。

ふと廊下の先を見ると、向かいから銀八先生が歩いてくるのが見えた。
本日2度目の偶然のタイミング。

すれ違いざま。
隣の妙ちゃんと少しだけ歩幅をずらして、先生にだけ聞こえるように、
「狙った?」
と言ってみたら、
「狙いましたが、何か?」
と、想定外の答えが返ってきてしまった。


仕返しは見事失敗。
目の合ったほんの一瞬、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた先生に、何も言えないまま背中を見送るだけになってしまった私の、負け。








6時間目「LHR」






「つーか、おめーらよォ。たまには何かおもしれーネタの1つや2つふってこいよ。俺だって、そう毎度毎度ロングなホームをルームしきれねーよ。ネタもいい加減かぶってくんだろーが。やり尽くした感じになっちまうだろーが」
「…別に笑いとる必要無いんで、ごく普通に学校生活に必要な課題を進めて下さいよ。ホームルームに何を求めてるんですか」

黒板の前に立ち、チョークを持つ気すらしない様子で。あろうことか生徒にホームルームの課題を求め出した銀八先生。

「ハイ、つーことで今日のロングホームルームは、今日のロングホームルームで議論する課題について議論してもらう」
「ややこしいわ!」

めげない新八君のツッコミの中、こうして始まる本日最後の授業。
もちろん教室はいつも通りのノリとなる。


「先生!僕は何故お妙さんがあんなにも美しく儚くも強く、そしてエロかっこいいかについて議論したいです!」
いち早く手を挙げたのは近藤君。
「うん、近藤。ソレ意見出すのお前しかいないと思うけどな。つーか、逃げた方が身のためだぞ」
後方でカッターの刃をチキチキと伸ばし出した妙ちゃんを見ながら銀八先生が警告。

「先生!私は、今夜のおいしい献立100選か、人は罪を重ねながらも何故生きるのかについて議論したいアル!」
「小せェよ。そしてでけェよ」

「先生ー、俺ァこれを機に校内風紀について議論したいです」
「マトモじゃねーか、沖田。で?どう正してーんだ?」
「まず校内のマヨネーズ持ち込みは取り締まるべきだと思うんでさァ。あれァ何より風紀を乱してますぜィ」
「そうだな。調理実習のケーキにマヨを練り込むなんざ、ワル以外の何者でもねーよ。男の夢を喰い尽くす悪魔の仕業だよ。ゆくゆくは学級崩壊を招くよ」
「なんなんだ!てめーらのコンビネーションは!それなら先生!今日はマヨネーズの魅力について俺に意見を述べる時間をくれよ!」
「いや、いいわ。せっかくいちご牛乳とチョコドーナツで酒抜けたのに、また具合悪くなりそう」

終わらない議論。
次々と出る意見に素早く、けれど更に混乱を招く方向へとさばいていく銀八先生。
ああ、これがZ組だなぁ、って。
このクラスに来たばかりの頃は驚いたこの事態が、今は、当たり前で。そして何より居心地の良い私の、クラスで。


「ハーイ。じゃあ、俺ァ先生との仲について詳しく聞きたいでーす」

ぼんやりと皆の様子を眺めていたら、急に沖田君の口から自分の名前が出たので驚いた。

「よーしわかった、沖田。口で説明してもわかりにくいだろうから、実際に見せんぞー。おめーらちゃんとメモとっとけよー」
と、銀八先生が私の腕を掴むから、
「…って、何見せる気だァァァ!」
と、新八君が、事態を飲み込み切れずポカンとしてしまった私よりも先にツッコんだ。

「るせーなー。反対意見を言うからには、おめーはどうなんだよ。なんかいい案あんだろーな」
「ええっ、僕ですか?…そうですね、え〜と…」

急に振られて口ごもる新八君は、顎に手を当てて数秒。そして。

「じゃあ…もう僕らも3年生ですし、今後の進路についてでも…」

「…」
「…」

教室が、静まった。
深く深く溜息をつく、銀八先生。

「いや〜、無いわ、新八。ボケろよ。つーかお前がオトスとこだろ、今。空気読めねェにも程があるわ」
「ちょっ!なんでマトモな意見出した僕がスベったみたいな感じになってんの?!何?!みんなまで、その冷たい視線!この、かつてないアウェー感、何?!」

教室中を見渡す新八君から、首を振りつつ視線を反らすZ組の面々。
そんな彼を置いてきぼりのまま、6時間目終了を告げる鐘が鳴る。








SHR






起立、礼、着席。

お決まりの挨拶が終わる。
席を立つ床の軋み。帰りの寄り道計画を交わす声。部活へと向かう足音。
1日の終わりを告げる音。

今日も1日、おつかれさま。
また明日。この教室で。
うるさくて、乱暴で、互いの話なんてまるで聞かなくて。
でも、大好きな顔ぶれと、また明日。


カバンを肩に掛けると、出席簿を小脇に抱えた銀八先生と目が合った。

「礼がほしけりゃ準備室っつーことで」

先生はそれだけ言うと、スリッパの音を響かせて教室を出て行った。
礼。
それはきっと、見た目よりずっと律儀な先生からの、いちご牛乳とチョコドーナツのお礼。

前言撤回。
1日は、まだ終わらない。




教室の壁で、日に焼けて微かに黄色い時間割。
掠れた印刷の文字が教科名だけを淡々と刻むこの1週間に、本当はこんなにもぎっしりと「何か」が詰まっているなんて。
そんな事、きっと誰も知らない。
知っているのはきっと、私たちだけ。
銀八先生率いる、Z組生徒一同だけ。











1日を追ってみてわかった事は、うちの新八の苦労。