いつもより






襖の向こうで声が聞こえる。

もう新八が来る時間か。
重たい瞼をわずかに開けば、明るい日差しが薄汚れた天井を照らしている。


おはよう、神楽ちゃん。
ウース、新八。
神楽ちゃん、今日は早いじゃない。もう定春の散歩行ってきたんだ。
当たり前ヨ。私はどっかのダメなオッさんと違うアル。

隣の部屋から耳に届く2人の会話。
…つーか俺のことか、ソレ。俺のことかコノヤロー。

たしかにあの神楽が早起きして定春の散歩に行くなんつーのは珍しい。
けれどそれ以外は、なんてことない、いつもどおりに始まる朝。

「銀さん、まだ寝てるんですか?たまには清々しく起きてくださいよ」
襖が勢い良く開けられた。
相変わらず呆れた顔で、布団に丸くなる俺を見下ろす新八。
「あ゙〜。頭上がんね〜」
「大人なんだから、少しは考えて飲んで下さいよ。毎回こうなんだから」
「バカヤロー。んな生ぬりィ考えじゃ旨い酒は飲めやしねーんだよ」


頭を押さえながら起き上がり、顔を洗い、髭を剃る。
着替えてテーブルに着くと、湯気の立つ朝食がすでに用意されていた。
ごはんに味噌汁、目玉焼きにウインナー。
3人そろって「いただきます」。

…って、そこで、違和感。

俺の皿だけ、ウインナー1本多くね?
新八が2本。
神楽も2本。
俺だけ3本。

なんだ、どういうことだ。
いつもなら残った1本を3等分にしてもなお、その大きさの違いで味噌汁が冷めるまで争いが続くところだろ。
なんでコイツら何も言わねーんだ。
つーか、朝っぱらからウインナーなんて、そんな豪華なオカズうちの食卓に上ってたか?
オイ、どうしたんだ。何があったんだ。
なんとなく食事に手を付ける事をためらう俺と、まるでいつもと変わらぬ様子で黙々と食事を続ける新八と神楽。

「オイ、なんか…変じゃね?」
「何がですか?」
「いや、なんつーか。何が、と言われるとアレだけどよ」
「変なのは銀ちゃんの頭ヨ。アルコールと糖が脳で予想外の反応を起こしたアルか?」
「んな反応起こしたら朝メシ食う前に学会で発表するからね。医学会を揺るがすからね」

俺の気のせいか?考えすぎ?
いやいや、ウラあんだろ。なんか。

「え?なんか実は俺の知らねートコで小金でも稼いだ?新八君」
「は?何言ってんですか。小金も大金もあるわけないでしょ。最近仕事無いのに」

まぁ、そーだわな。
…いいか、よくわかんねーし。
考えすぎっと頭に響くし。

なんだかよくわからないが、ウインナーは有難くいただくことにした。

3人そろって「ごちそうさま」。


台所に皿を下げて戻ってきた新八が、長椅子で伸びをする俺の前に何かを置いた。
プリン。
大江戸ストアでよく安売りしてる3個1パックのやつ。
…オイオイ、朝からデザート出てきちゃったよ。
さっき金無いって言われたばっかりなのに出てきちゃったよ。
いつもなら頼んでも出てこねーのに出てきちゃったよ。
やっぱおかしい。

「新八。何、コレ」
「何って。プリンですけど」
「いや、もちろんペペロンチーノには見えねーけどよ。プリンに間違いねーけどよ」
「安かったんですよ。食べないんなら冷蔵庫しまっといて下さい。僕お茶碗洗ってくるんで」
あっさりそう答えて、新八はさっさと台所に行ってしまった。
いや、食べますけどね。

プリン片手にデスクに移動する。
窓の外は晴れ晴れとした青空に、ふつふつと浮かぶうろこ雲。
まさに小春日和といったところか。
空を眺めながらスプーンで1すくいプリンを口に運んだ時、視界の端っこに映る見慣れないものに気付いた。
デスクの隅に、水の入った牛乳瓶。
そこに無造作にささった数輪の花。
白や山吹、薄紅の小さな小さな花。
それは、いわゆる花屋で売っているような華やかなものではなく。
道端や公園でよく見かけるような、そんな花だった。

えーと…昨日はなかったよな?コレ。

「神楽ァ、コレ…」
側にいた神楽に尋ねようとする…が、神楽は大きなアクビを1つして。
「定春にトイレさせて来るアルー」と立ち上がった。
おいでー、定春。
そう呼びながら玄関へ。
またも俺の疑問は取り残される。


悶々とプリンを食べる俺に、居間に戻ってきた新八が怪訝そうな顔を向ける。
そして、「あ」と思い出したように声を上げた。
「そういえば銀さん。お登勢さんが今晩、店休みだから飲みに来いって言ってましたよ」
「は?バーさんが?」
何、その薄気味ワリーお誘いは。
「どういう風の吹き回しだ、ババア。家賃なら一昨日取り上げられたばっかなんだけど」
「さぁ、知りませんけど。いっつも家賃待ってやってるんだから、たまには年寄りの愚痴聞きに来い、とか言ってましたけどね」
新八はそれだけ言うと、洗濯カゴを持って忙しく動き回り始める。
「銀さん、洗いモノあったら出して下さいよ」
「…おー」
今日ってバーさんとこ定休日だったか?
つーか、今日金曜じゃね?書き入れ時だろ、普通。
思いながら壁のカレンダーに目をやる。

あ。

今日の日付を確認して、やっと気付いた。
自分ですら、忘れていたこと。

まったく、コイツらは。
なんで素直に「おめでとう」って言えないのかね。

つーか、俺、コイツらに教えたことあったっけ?
いや、ねーな。
だとすれば、今日が何の日かなんて知ってて、コイツらに教えそーな奴ァただ1人。


ピンポーン。
インターホンが鳴った。
はーい、と新八が戸を開ける。
「おはよう、新八君」
「あ、さん。おはようございます」

来たよ、犯人。

居間に入って来たが、俺を見て「おはよう」と微笑む。
「お前さァ、今日、仕事休みだったっけ?」
本当ならば、もう出勤している時間。
探るように目を細めてを見る。
少しの間の後、
「…そうなの。臨時休業」
そう答えて、はクスリと笑った。

「ただいまヨー」
定春のトイレから戻った神楽が居間に入ってくる。
洗濯機の音の響く水場から新八も戻ってくる。
いつもどおりの、騒がしい万事屋。
けれど、いつもとちょっとだけ違う、今日の万事屋。
「神楽ちゃーん。今日、天気いいのに公園行かねんだなァ?」
わざとらしい俺の質問に神楽は
「そんな毎日ガキとばっかりツルんでいられないアル。大人は忙しいネ」と目をそらす。
「銀さんこそ。今日はパチンコ行かないんですか?」
新八が俺を横目で見ながら聞いてくる。
「あー?金ねーし」
デスクに足を放り出して、空を見上げる。
「ま、家にいんのも悪くねーしな」



ささやかで、言葉もなくて、わかりにくくて。
それでもこうして、側にいる。
それだけで伝わる。
それだけで、いい。

そんな、10月10日。















銀さん、Happy Birthday!!
お誕生日おめでとうー!

我らが銀さんの生まれた日を心からお祝いしたい!
相変わらずの拙い文ですが、思いだけは爆走で、祝短編upです。

やっぱり私の中で銀さんは、万事屋ありきで考えているものですから、お誕生日もこんな感じで。
万事屋の皆さんは、あまり言葉で表現し合わないイメージなんですよね。
なんていうか「今さら口に出すの恥ずかしいじゃん」的な。家族的な照れというか。
そんな万事屋が好きです!
今回のコレも、照れ臭いので互いの行動には気付かないフリしながら、それぞれさり気なく銀さんを祝っているんでしょうね。

あ。神楽ちゃんが早起きした理由。わかっていただけましたでしょうか?