幸せな食卓






春の夕暮れ時は、淡い空色に薄紅が溶けて、優しい光。
道行く人もみな穏やかに幸せそうに見えて、この時間に出かけるのは嫌いじゃない。

今日の夕飯、何にしよう。
ていうか、あんまりお金無いんだよな。
でも、しけたオカズじゃ、あの人たち文句言うしな。
ん?でもなんで、僕が文句言われなきゃならないんだ??

お母さんのような悩みに頭をめぐらせながら通りを歩いていると、突然後ろから肩をたたかれた。

「偶然だな新八君。今日は銀時とリーダーは一緒ではないのか」
振り返ると、見知った顔の一人と一匹。いや、一人と一人?
「桂さん。エリザベスも。どこ行くんですか・・・って、夕飯の買い物ですね」
「何?!何故わかるのだ?」
「だってその手に持ってるの、エコバッグですよね」
「世の中を変えるには一人ひとりが出来ることをしていかねばな。我々攘夷志士も常々それを念頭に・・・」
「いや、攘夷志士関係ないですから。エコバッグ持って夕方お買い物って、ただの主婦ですから。ソレ」
「ムダを削減し、汚れた環境をきれいにせねばならん。ただし世の中のな。攘夷だけに」
「うまくねーよ!」

とどのつまりは、僕もこの攘夷主婦も行く先は一緒らしい。
並んで夕暮れの街を歩くことになる。


「ところで、は元気か?」

ふと思い出したように桂さんが尋ねてきた。
そういえば桂さんも昔からさんを知っているんだもんな。

「あー、元気ですよ。万事屋の隣の花屋で働いてますよ」
「そうか。銀時とはよろしくやっているのか?」
「『よろしく』って。なんか微妙に表現古いんですけど。まぁ、うまくいってるみたいですよ。ただ…」
「ただ、なんだ」
「なんていうか。銀さん万年金欠だから、デートとかしてる感じもないし。さんも週に1〜2回万事屋に遊びに来るかな、程度で。来ても、銀さんいつも通りジャンプ読んでたりで、会話も少ないし。なんか、アレでいいのかなーとか思うんですよね」

そう、それは、なんか最近気になっていたこと。
そりゃあ、僕や神楽ちゃんがいる前でイチャイチャはできないだろうし、されても困るし。
銀さんがさんの家にどの位の頻度で行ってるのか、なんてわからないし(銀さんの朝帰りなんて前からだから、どっちだかわからないし)、なんとも言えないんだけど。

それにしても。
付き合う2人のイベント的な事とか。
甘いトーク的なものとか。
毎日会いたいの的な感じとか。
あの2人、そういう雰囲気あんま無くね?って気付いたのは最近。
特に何を話すでもなく。一緒に何をするでもなく。
さんは、今までと変わらず気だるい銀さんの隣に、ただそっと寄り添っている。そんな感じ。

銀さんに一度それとなく聞いてみたら、何を今さら、という顔をされた。
付き合う2人のイベントって、何よ?みたいな顔を。

『だって普通、付き合って間もないカップルって若干イタイくらいラブラブでしょう』
と言ってみたら、
『つーかモトサヤだしね』
と、やけにリアルな答えが返ってきたから、それ以上は何も言えなくなってしまった。
はい。そういやそうでした。


「何も問題はあるまい。奴らは昔からそうだぞ」
あっさりと桂さんが言った。
「そうなんですか?」

昔から、って。じゃあモトサヤだからっていうのは結局理由になってないじゃんか、銀さん。

「いや、いいならいいんですけど。そのうちさん、愛想尽かすんじゃないかと思って」
「奴らはあれでいいのだろう」
桂さんはそう言うけれど、もう一つ、もっと気になっていること。
「僕と神楽ちゃんが居座ってて、邪魔してるせいだったりするんですかね」
おそるおそる聞いてみると桂さんは、
「それはないな」と、やけにきっぱり言った。

「お前たちは、銀時がようやく見つけたものだからな」

…どういう意味?

スーパーの自動ドアをくぐりながら尋ねようと口を開きかけた時、買い物カゴを下げて野菜コーナーをのぞく人と目が合った。

「あれ。さん」
噂をすれば何とやら。
どうやら仕事帰りだったらしい彼女は、僕と桂さんに気付いておっとりと微笑む。
「新八君。ヅラ君も」
「ヅラ君じゃない、桂だ。元気そうだな、
「ヅラ君も元気そう。良かった、会えて。ヅラ君、どうしたら連絡とれるかわからないんだもの」
さんがうれしそうに微笑む。
「追われる身ゆえ、仕方あるまい。常に潜んで生活しているのでな」
「いや、思っきり混雑時間帯のスーパー来てるじゃないですか」

とりあえず、なんだか妙な3人組で始まった夕食の買い物。
さんは夕飯、なんにするんですか?」
「どうしようかな。万事屋は?」
「うーん。どうしよう。決めてないです。桂さんは?」
「俺は、エリザベスがカレーを食べたいと言うのでな」
『そう、カレーが食べたい』
後ろでエリザベスのボードも主張している。

「カレー」
「カレー」

僕とさんが同時につぶやく。
ちょっと魅力的だな、カレー。
そうだよな、困ったときのカレーだよな。
「私もカレーにしようかな」
さんもじゃがいもを手に取りながら言い出した。
3世帯それぞれ、カレー?

「あの〜。なんか、それって、不経済だと思いません?」
僕の言葉に、桂さんとさんが同時に振り返った。






「で?なんで、こいつらがいんの?」

銀さんがテーブルを囲むメンバーを見て、冷たく言い放った。
こいつら、とは、桂さんとエリザベスのこと。
みんなでカレー作って食べよう!という僕の提案で、ぞろぞろ万事屋に帰ってきたら、案の定の反応。

「いや、なんか不経済じゃないですか。みんなバラバラにカレーって。それに、結局材料は桂さんが買ってくれたんで」
そう、割り振りとしては、万事屋が場所、桂さんが材料費、さんが調理、という事になんとなくなったのだ。
これでうち的には厳しい家計も助かるしね。

「せっかくのカレーパーティーだ。遠慮しないではしゃぐがいいぞ、銀時」
「うるせーよ。なんでカレーごときではしゃがなきゃなんねーんだよ。ここは普通に坂田家の食卓であって、パーティーでもなんでもねーよ」
「パーティー?キャホゥゥゥ!立食ネ!シャンパンタワーネ!」
「どこで立食する気だよ。和室だろ、ここ。つーか、カレーにシャンパン?」
人数が多いので和室にテーブルを出して、食卓の準備はすでに完了。
さんは台所でカレーの準備中。
僕も手伝おうとしたんだけど、さんが
「あの2人、顔合わせたら暴走するだろうから。新八君いないと困るでしょう?」
と、言うので、結局こっちに留まった。
いや、僕じゃ止められませんけどね。この2人。



「銀時、とよろしくやっているそうだな」
「なんだよ、『よろしく』って。最近聞かねーよ、その表現」。
さっきの僕と同じツッコミを銀さんから受ける桂さん。
「体の方も大丈夫そうだな」
「あー、まぁ、とりあえずはな」

無言で銀さんの横顔をやや見つめた後、桂さんは再び口を開いた。
「銀時。今だから言うがな。実は、戦が終わった後、俺は一度だけと会っているのだ」
「は?」
唐突な話題に、銀さんが少し驚いた顔で桂さんを見た。
に口止めされていたのだが。今となっては隠す必要もなかろう」

怪我をした後、銀さんの前から姿を消したというさん。
彼女が江戸に来るまで、一度も会っていなかった銀さんが驚くのも無理はない。

「戦が終わってお前も姿を消した後だ。終戦の噂を聞いたのだろう。がふらりと現れてな。一番に、お前の無事を尋ねられた」

銀さんは黙っている。
いつもと変わらぬ表情で。頬杖をつき、どこへともない空中に視線を向けたまま。

「俺はすぐにでもお前を探し、共に剣を取るつもりだったのでな。一緒に追うぞとを誘ったが、止められた」
「止めたって、桂さんが銀さんを探すのを?」
僕が尋ねると、桂さんは肯定するように微かに口元に笑みを浮かべた。
「今はそっとしておいてやってくれ、とな。戦を引きずるより、前を見させてやれ。今は何もなくても、銀時は必ずもう一度、護るべきものを見つけるはずだ、と」
桂さんの淡々とした口調に、さっき意味がわからなかった言葉をふと思い出した。

『お前たちは、銀時がようやく見つけたものだからな』

僕の思いに気付いたのか、桂さんもこちらを見る。
「今思えば、の言うとおりになったな。どうりで、がうれしそうなわけだ」

ああ、そういえばさんはいつだって、僕たち万事屋3人の騒がしくてくだらないやり取りを、うれしそうに笑って見ていたっけ。

なんとなく、暖かい気持ちになって、神楽ちゃんと目を合わせる。そして2人で銀さんを見た。
銀さんはテーブルの向こうで、興味なさげに他所を見ながら、ガリガリと首筋を掻いていた。






「満腹アルー」
「やっぱカレーはみんなで食べた方おいしーっすね」

カレーパーティーも無事終了し、僕たちはふーっと満足な息を吐いた。

、またカレー作りに来てヨ。銀ちゃんのカレーよりおいしいネ」
「またカレーでいいの?」
「じゃあ、おにぎり!めっさでかいの!」
「僕、ハンバーグ!」
「オイオイ、おめーら。リクエストは家計と相談しろよー。そしてリクエスト1号は俺だぞー」
盛り上がる僕と神楽ちゃんに、銀さんが口を挟む。
「じゃあ俺はソバを頼もう」
ハイ、と手を挙げる桂さん。
「じゃあ、じゃねーよ。当たり前のように加わってんじゃねーよ。てめーは勝手に脳内でソバ粉こねてろ」

そんな僕らに、さんが楽しそうに笑う。

くされ縁でも、モトサヤでも、なんでも。
ギャアギャアぼやいたり、ツッコんだり、ボケたりしながら、おなかを膨らませる食卓。
さんが、銀さんに見つけてほしかったのは、きっとこんな場所。


「あー。カレー食ったら暑くなったな」
立ち上がり、銀さんが和室の窓を開けた。
優しい春夜の空気が流れ込む。
そのままベランダに出て、夜空を見上げる銀さん。


桂さんが、そんな銀さんの背中を見つめるさんに声をかける。
「奴の見つけたものは、お前にとっても大切なものになったようだな」
返事の代わりにさんはにっこりと笑った。
そして、そのまま立ち上がり、ベランダへと出る。銀さんの隣へ。

やっぱり黙ったまま、手すりにもたれて、並ぶ背中。
ただ、2人、空を見上げて。
でも、僕は、あれでいいんだ、と思えた。
銀さんが見つけたものは、僕らだけじゃない。隣に戻ってきたさんだってきっとそうで。
さんにとってもきっと、銀さんと、今いる場所が、やっと見つけた大切なもので。
ただ隣り合って、それを感じてさえいれば、余計なことなんて何もいらないのかもしれない。
そんな風に思った。



特別じゃなくても。
言葉で確かめ合わなくても。
ただ、なんとなく、感じる幸福。
それはきっと、あの、騒がしい食卓のように。

そこにあるだけでいい、幸福。