隙間の風






穏やかなはずの春空を淀ませる黒い煙。
風に乗って微かに、焼けた木と灰の匂いが届く。


万事屋のベランダから神楽ちゃんと2人、通り向こうの煙を眺めていると、玄関が荒っぽく開く音がした。
居間に入ってきたのは銀さん、と、その腕にはさん。

「どうしたんですか?!さん!」
「気分悪いアルか?
銀さんがソファに下ろしたさんに、僕も神楽ちゃんも駆け寄る。

「ごめんね、驚かせて。大丈夫」
青ざめて、微かに手を震わせて。
まるで大丈夫な様子ではないのに、さんは言う。

「新八、窓閉めてくんね?焦げくせーわ」
さんの隣に腰掛けながら銀さんが顎で和室の窓を示す。
そして銀さんはそのまま、右手でさんの手を握り、左手でその頭を自分の胸に抱き寄せた。
泣いた子どもを、なだめて落ち着かせるような、優しい手つきで。
僕は言われた通り、ベランダへと開け放していた窓を閉める。
窓の外には、走っていく数人の野次馬と、煙。

もしかして。

さん、もしかして、火事が?」
僕が言うと、さんは弱々しく口元に笑みを浮かべた。
「もう何年も経つのに治らなくて、おかしいわね。怖がったりして」

おかしくなんてない。
だって実際に炎の中で体を焼かれて。
今だに消えない傷を負って。
それだけじゃない。
大切な人を傷つけて。
大切な人の側を離れて一人になって。
そんな恐怖も、炎はさんに思い出させるのかもしれない。

「バカですかー?おめーは」
いつも通りのゆるい口調で銀さんが言い放った。
「人間誰でもこえーもんの一つや二つあんのが普通だろーが。お前らだってあんだろ?こえーもんくらいよぉ」
急に僕らに振ってくる銀さん。

「そうネ、!このめっさ強くてかわいい私だって、ゴキブリは油ギッシュでピップエレキバン!ヨ!」
「ヘルプミーな。おめーもそうだろ?新八ぃ」
「そうですよ!僕なんて怖いもんだらけです!お通ちゃんの熱愛スクープと姉上の卵焼きなんて最強に怖いです!銀さんだって、ありますよね?!」
「ま、俺は無いけどね」
「いや、あんた、そこで裏切んのかいィィ!」
「いや、無いもんはしゃーねーし。つーか、『怖い』の意味がわかんねーし。辞書持ってきてくれる?」
「あんだけスタンド怖がっといて、どのツラ下げてそんなこと言ってんだよ!」

僕らの騒がしいやり取りに、さんが少し笑った。さっきよりも自然な表情で。
そんなこんなな間もずっとさんを離さない銀さんの腕の中で。
安心したように。

「だぁから、俺が言いてェのは、おかしいとか治すとか、病気じゃねんだからよ」
銀さんが、話をさんに向けて戻した。
「んなことより、まず、こえー時どうすりゃいいかを考えろや」
「どう、って?」
不思議そうに見上げるさんに、銀さんはきっぱりと。
「おめーは、いいからまず俺んとこ来い。来れねー時は俺が行く。後のこたァそれからだ」
さんは、黙ってそんな銀さんの横顔を見つめていた。

「そうネ、。銀ちゃん来させて、酢昆布とお茶漬けおごらせて、後のことはそれからヨ」
「そうですね。コロッケパン買ってきてもらって、後のことはそれからですね」
「パシリ?俺。つーか今、確実にいいこと言ってたよね?俺」
「そこで決まらないのが銀ちゃんヨ。だからもてないアル」
「いや、決まらせなかったのおめーらだろ。モテコースぶっちぎってたろ、俺、今」

さっきより幾分血色の戻った顔で、さんが微笑む。
そんな彼女に、
「一人でどーにかしようとか。んな必要ねぇって、そろそろわかれや。てめーはよ」
と銀さんはぶっきらぼうに言った。
銀さんを見上げ、小さくうなずくさん。
そして、僕と神楽ちゃんを見ると「ありがとう」と笑った。



そうですよ、さん。
江戸に来ちゃったからには。
万事屋と関わっちゃったからには。
もう、一人になろうったって無理ですからね。
怖がってる暇なんか無いくらい、いつも落ち着かないのが万事屋なんですから。
それにね。
うちの大将は、あなたを一人に隔てる隙間なんか、絶対作らせやしませんから。
さっきから離さない、その手みたいに。

覚悟しといた方がいいですよ、さん。