冷たく張り詰めた冬の空気が少しずつ、緩みだして。
もうじきやってくる春を心待ちに、誰もが浮かれ立つ季節。



買い物を終えて万事屋へ戻ってくると、階段下の物陰に、黒装束の怪しい人物が一人。
しきりと何かを探すように通りを覗き込んでいる。
ていうか、見知った顔。

「山崎さん、何してんですか」
「うわ!新八君!驚かさないでよー」
「いえ、あなたの怪しさの方が驚きなんですけど」
ま、気にしないで、と言いながら山崎さんは僕に背を向け、再び同じ方向を見つめる。
「なんか事件ですか」
「ちょっと、ある人物を探っていてね」

真剣な表情の山崎さん。
山崎さんといえば真選組の監察。へぇ、意外とマジメに働いてるんだ。

「それにしても、うちの近所に事件に関わっている人が?」
興味をそそられて、山崎さんの隣に同じくコソコソとしゃがみこむ。
ふと彼の手元を見ると、しっかりと握られていたのは、カメラ。

え?なんでカメラ?

「そうだ、新八君。君、近所だから知らない?」
振り返り、山崎さんは僕の耳元に口を寄せた。
「最近この辺に、見かけない別ぴんさんがいるって話」
「はぁぁ?」
予想外の言葉に、つい声が大きくなってしまった。
「隊士の間でちょっとした噂になっててさ。そこで監察の俺が真相を知らしめるべく、こうして」
「全然事件じゃねーじゃん!つーか仕事してくださいよ!こんなの近藤さんや土方さんに見られたら殺されんじゃないですか?!」

呆れた。なんなんだ、この人は。
本当にただの怪しい人じゃんか。

「いや、それが局長命令なんだよ」
山崎さんの口から、さらに呆れた言葉が飛び出した。
「『別ぴんさんの存在一つが隊士達の士気を上げる!真選組のために行け!山崎!』とかって、カメラ渡されちゃって」
「いや、あの人、絶対自分が見てみたいだけだよ!下心見え見えだよ!」
まぁまぁ、と僕をなだめる山崎さん。
いいの?それで。江戸の平和を守る真選組。

「大体、コソコソ写真撮るなんて侍らしくない。直接会いに来たらいいじゃないですか、みんな」
僕が言うと、山崎さんはうーん、と渋い顔をした。
「それがそうもいかなくてさ」
「?」
「その人、あそこで働いてるんだけどね」と、山崎さんは、万事屋の隣の店を指差した。
「あそこの店長の恐ろしさときたら。花屋なんて仮の姿だよ。花と彼女をエサに、やって来る客を捕らえて食ってるんじゃないかと、もっぱらの噂なんだ。うかつに近寄れば命が危ない」

え?恐ろしい店長の花屋で働いてる人?え?それって。
一人しか、いないよね?

「あの〜、山崎さん」
「なんだい」

花屋『ヘドロの森』を見つめたまま、山崎さんは答える。
「悪いこと言わないんで、その任務、やめといた方いいと思うんですけど」
「え?なんで? あ!出てきた!あの人だ!」
山崎さんが慌ててカメラを構えた先には。

「…やっぱり」

さんだ。
店先に姿を現した彼女は、ジョウロで鉢植えに水をやっている。

「ね?この辺にはいない感じの人でしょ?なんていうか、儚げでさぁ。足が悪いみたいなんだよね」
ちょっと遠いなぁなどと言いながらファインダーを覗き、シャッターチャンスを狙う山崎さん。
「いや、あの、ヤバイですって。殺されますよ、見つかったら」
「何を言うんだ、新八君。真選組監察の僕が見つかるわけないだろ?」

山崎さんは得意げに胸をそらすけれど、そうじゃなくて。
見つかるって言うのは、さんにじゃなくて。

「なんか、男を追って江戸にやって来たらしいっていうのは調査済みなんだけどね」
いや、山崎さん。間違ってはいないけど当たってもいないような。
ていうか、こんなところで監察の能力発揮しなくていいよ。仕事で発揮しろよ。
「でも、あんな人を置いていくなんて、きっと遊び人のひどい男に違いないよ。人でなしで仕事もロクにしてないようなさぁ・・・」
勝手な推測をベラベラと山崎さんは語り続ける。

ああ。でも、割と当たってるかも。



「おーい、そこの怪しさ100%。なにしてんだ?コラ」

背後からかけられた声と仁王立ちの気配。と、いうか、殺気。
あーあ。だから言ったのに。
僕と山崎さんは、声の主を同時に振り返った。

「旦那」
「銀さん」

「遊び人の人でなしのプー太郎がどうしたって?ジミー」
言いながら銀さんは山崎さんの頭を掴んでガクガク揺らす。
どうやら聞かれていたらしい。
「ええっ?!違いますよ!旦那のことっポイですけど、旦那のこと言ってたわけじゃないですよ!」
いえ、実は旦那の事言ってたんですよ、山崎さん。

「新八ィ。何してんの、この人」
山崎さんを掴んだまま言う銀さんが見つめる先には、しっかりと握られたカメラ。
「なんか、隠し撮りしようとしてましたよ。そこの花屋の別ぴんさんとやらを」
「へー。山崎君、いい度胸してんじゃん。とりあえず死んどく?何回くらい死んどく?」
今度は山崎さんの首を締め上げる銀さん。
当の山崎さんはわけがわからないと言った様子で暴れている。



「何してんでィ、山崎。それに旦那も」

聞き覚えのある声がかけられた。

「副長!沖田隊長!助けてくださーい!」
見回り中通りかかったらしい土方さんと沖田さんに山崎さんは助けを求める。
でも2人とも山崎さんを助ける気はさらさら無いらしい。
「なぁに遊んでやがる、山崎。見回りはどうした?」
鋭い目で睨み付ける土方さん。

ようやく銀さんの腕から逃れた山崎さんは、その土方さんに抗議する。
「何を言うんです、副長!僕は今局長命令の重要な任務中なんですよ!」
「近藤さんの?なんの任務だ」
不思議そうに聞き返した土方さんに、
「噂の美女を隠し撮りして隊士の士気を上げる任務だそうです」
山崎さんの代わりに僕が答えた。
「てめェ、山崎ィィ!ふざけてんのかぁ!」
いや、だって局長が!と言い訳する山崎さんを今度は土方さんが締め上げる。

「そういや、なんか隊士共が噂してやがったなぁ。どこでィ、山崎、その別ぴんは」
「あ、あの人です、沖田隊長」

チャンス、とばかりに沖田さんの方へ逃げる山崎さん。
2人して階段の陰にしゃがみ込み、『ヘドロの森』を覗き出す。
おい、てめぇら!と土方さんの怒号が飛ぶ。が、完全無視。

「へぇ。なかなかじゃねぇかィ」
「ですよね?」

「おいコラ、税金泥棒。働けっつーの。潰すぞ」
山崎さんの後ろ頭を銀さんの足が踏みつけた。
自然、山崎さんの下にいた沖田さんも一緒になって潰れることに。

「いたたた。旦那、さっきから何怒ってんですかぁ」
「もしかして、旦那、彼女狙いですかィ?」
「あの、狙ってるっていうか、あの人は銀さんの」
言いかけた僕の声は、後のやり取りにかき消される。
「副長さんよぉ、ボーっとしてねーでさっさとこいつら連れてけや。人んちの前で目障りなんだよ。マヨネーズの摂取しすぎで、頭ん中までまったりですか?コノヤロー」
「ああ?てめーに命令される覚えはねぇなぁ。てめーこそ糖分の摂取しすぎで、脳みそとろけてんじゃねーのか?」

なんだコラ、やんのかコラ、と睨み合う2人。
あーあー、めちゃくちゃだ。

「落ち着いてください、副長」
山崎さんが止めに入る。
「落ち着いてください、銀さん」
僕も止めに入る。
「旦那ァ、殺っちゃってくだせィ」
沖田さんが煽る。いや、止めろよ!
コソコソしていたはずの監察業務は、いつの間にか大騒ぎだ。



「どうしたの?新八君」

かけられた声に振り返ると、さんが立っていた。
左手にはいつもの杖。
右手には「ヘドロの森」でもらったらしい小さな花の鉢植えを抱えて。
どうやら僕らが騒いでいるうちに仕事が終わって、店を出てきたらしい。
噂の本人登場に、一瞬みんな動きが止まる。

「あの、すいません!」
最初に動いたのは山崎さん。
このチャンスを逃すまいとしたのか、さんの前に飛び出して来る。
「失礼ですが、写真を1枚撮らせて・・・うごぉっ!」
その脳天に、銀さんの踵がクリーンヒット。
その様子と僕らを見回してさんは微笑む。
「銀時のお友達?」

いや、普通、友達に踵落とす?
最近わかってきたけど、さんて、結構天然。

「見える?友達に。この状況」
このツッコミは、当然銀さん。

「なんでィ、旦那。知り合いですかィ?」
2人のやり取りに、沖田さんが口を挟んだ。
「はじめまして。といいます。銀時とは昔馴染みで」
そこまで言ったさんに、えっ?!と、倒れていた山崎さんが起き上がった。
「昔馴染みって。え?じゃあ、追ってきた男って、もしかして、ええ?!」

2人を見比べる山崎さんを一瞥し、銀さんはさんの首に腕を回した。

「昔も今も馴染みですが、何か?」

さんの肩に顎を乗せ、平然と言う銀さん。
その腕に埋もれた顔を、不思議そうにキョロキョロとさせるさん。

「さー、腹減ったし。新八も帰んぞ〜」
のん気な声で言いながら、さっさとさんを連れて銀さんは万事屋の階段を上がり出す。
僕も慌ててその後を追いかける。
が、銀さんは階段途中で急に立ち止まり、下を見下ろした。
そこでポカンとする真選組の面々に向けて一言。

「手ェ出したら殺しますよ、コノヤロー」

そう吐き捨て、万事屋の中へと入っていく。
何がなんだかわからない風なさんに続いて中に入り、戸を閉めると、外から
「なんで俺まであのヤローにあんな事言われなきゃならねーんだ!大体、山崎!てめーがなぁ!」
という土方さんの怒声と、山崎さんの叫び声が聞こえてきた。




もうすぐ、春。
冷たい風に、下を向いて歩いていた季節が終わり、色づく街を眺めながら気持ちもふわふわし出す頃。
春は恋の季節だとも言うし。
うかうかしていられませんね、銀さん。