春が、来た?






春の日差しがのどかな、万事屋の午後。

ベランダで洗濯物を取り込んでいると、勢いよく玄関が開く音がした。

「銀ちゃん!銀ちゃん!」
神楽ちゃんが、慌てた様子で駆け込んでくる。
「あー?」
「大変アル!」

銀さんは、いちご牛乳を直接パックから飲みながら、膝に乗せたジャンプに夢中。
神楽ちゃんの言う「大変」に、さして興味は無いらしい。
「どうしたの?神楽ちゃん」
代わりに僕が聞いてみる。

が、赤ちゃんできちゃったヨ!」

途端、銀さんが、ぶはーっと口のいちご牛乳を盛大に吹き出した。

「汚っ!」
「はぁ?!いやいやいや。って、え゙え゙ぇ゙?いや、はぁぁ?!」

立ち上がり、よくわからない平仮名を繰り返す銀さん。
動揺してる。
かなり、動揺してる。

「マジっすか!銀さん!つーか、知らなかったんですか?!」
「銀ちゃん!早く!こっちアル!」
ほうけた顔の銀さんの手を、神楽ちゃんが引っ張る。
引かれるままに玄関を出て、階段を下りる銀さん。
僕も慌ててそれに続く。


「ほら!あれ!赤ちゃんアル!」

神楽ちゃんが指さした先。
「え?あれって、アレ?」
僕も同じく指をさす。
ヘドロの森の店先に、さんがいるのが見えた。

その腕には、たしかに、赤ちゃん。
見知らぬ女の人と立ち話をしながら、楽しげにあやしている。

…なーんだ。

僕の隣で、銀さんが、はーっと大きな息をついて頭を抱えた。

「いや、神楽ちゃん。あれ、さんの赤ちゃんじゃないと思うよ」
「なんでヨ!銀ちゃんとの赤ちゃんアル!」
いや、なんで頑なにそう思うの?

「バカですか?!おめーは!んなわけねーだろ!」
「えー、なんで。違うアルか?」
「ちげーよ!お前しょっちゅうに会ってんだろーが!どんだけスピード出産だよ!」

だよね。
あんないつの間にか生まれてるわけないから。

僕らの大声に、さんが気付いてこちらを見た。

ー!それの赤ちゃんじゃないアルか?」
神楽ちゃんが駆け寄る。
「違う違う。こちらのお客さんの赤ちゃんよ。かわいいでしょう?
さんと話していた女の人がにこりと笑う。
ああ、この人がお母さんだったのか。

さんにも否定されては、もう引くしかない神楽ちゃん。
あからさまに、がっかりした顔になった。

期待しちゃったんだね、神楽ちゃん。
万事屋に、自分が大好きな2人の赤ちゃんが来るかも、って。
わかるよ、その気持ち。
だって、僕も、ちょっと期待しちゃったからさ。

「ったく。バカ言ってんじゃねーっつーの。つか、無いと思ってたけどね。知ってたけどね。だから言ったじゃん」
「いや、そんなこと言ってませんでしたよ。一言も」

すっかり調子を取り戻した様子で、だるそうに伸びをする銀さん。
でも、僕はちゃんと見てましたからね。
オチを知った瞬間、銀さんも少しだけ、がっかりしたような、気の抜けたような顔をしたこと。
神楽ちゃんみたいにあからさまじゃないけれど。
ほんの一瞬だったけれど。
神楽ちゃんの勘違いから真相を知るまでの短い間に、一気に未来の色んなことを想像しただろう銀さんを思うと、なんだかおかしいやら、微笑ましいやらで。

「何笑ってやがんだ、てめーは。コラ」
銀さんがついニヤニヤしてしまう僕を睨む。
「いや、銀さんも、意外とかわいいとこあるんですね」
「なんか腹立つんだけど。殴っていい?メガネごといっちゃっていい?」
額に青筋立てる銀さんとは裏腹に、
「銀ちゃん、新八ぃ!見て見て!ちっちゃいアルー」
と神楽ちゃんはもうすっかりさんの腕の赤ちゃんに夢中だ。

銀さんが面倒くさそうに、神楽ちゃんの後ろから赤ちゃんを覗き込む。
と、赤ちゃんはご機嫌で笑い声をあげた。
「気に入られたんじゃない?銀時」と、さん。
「オイオイ、どうしたィ。天然パーマが珍しいか?おめー、天パ笑うと将来天パに泣くぞ」
言いながら銀さんはさんの手から赤ちゃんを抱き上げる。

あ、結構いい感じかも。
そんな様子を見ながら僕は思う。


今日外れた期待は、いつか来る日に持ち越して。
僕ら、楽しみに待っていてもいいですかね?銀さん。