伸ばされた手
暖かい午後の日差しの中を、あくび混じりにそぞろ歩く。 今日はいい昼寝日和と思っていたのに。 なんで、俺、歩いてんだ。 「定春の散歩くれー、おめーら2人で行ってこいよ。俺ァ色々忙しんだよ」 「何言ってんですか。ジャンプかぶって思っきり昼寝モードでしたよ」 隣を歩く新八が冷たい目で俺を見る。 「あれは寝てんじゃなくて、考えてんだよ。大人には色々考えなきゃなんねーことがあんの」 「たまにはいいじゃないですか。みんなで春のお散歩も。最近仕事無いし、運動不足は良くないですよ?」 「そうネ。銀ちゃん、中年太りで腹出てきたらキモイアル。そんな銀ちゃん、一緒に歩くのヤーヨ」 「いや、俺まだ中年じゃねーし。加齢臭とか出てねーし。つーか、出てないよね?」 そんな会話を交わしながら、ダラダラ歩いて『ヘドロの森』前。 鉢植えを並び替えているの姿が見えて、まっさきに神楽が駆け寄った。 「!銀ちゃんがやばいアル。オッさんになっちゃうヨ!」 「オッさん?」 急な話題に首を傾げる。 「そうヨ、どうする?銀ちゃんもうすぐ加齢臭してハゲてくるネ。見限るなら今のうちアル」。 「いや、俺、もうすぐオッさん化決定なわけ?」 「…大丈夫?銀時」 心配げなの目線はいつもよりやや上。 「おいコラ。何頭見てんだ、おめーはよ。どう見てもフサフサじゃん、俺。めっさあんじゃん、俺」 「そーゆー油断は危ないですよ、銀さん」 「お前もな、新八。ティーンだからって調子こいてっとある日突然毛根は裏切っぞ」 そんないつも通りのやり取りに、笑う。 いつもと変わらない笑顔。に、見える。 けれど。 …。 その時、店先に客がやって来た。 いらっしゃいませ、とはそちらへ。 「じゃーさん、仕事がんばってくださいねー」 「バイバーイ、ー」 新八と神楽が手を振り、俺たちは『ヘドロの森』を通り過ぎた。 少し歩いて、一度だけ振り返る。 そこには、客と会話を交わしながら店先を動き回る、の姿。 「…っとに、あの頑固ヤローはよォ」 「え?なんか言いました?銀さん」 「なんでもねーよ」 不思議そうな新八と神楽。 そりゃこいつらはだませるかもしんねーけどよ。 俺の目をごまかせると思ってんのかね、あいつは。 多少腹立たしい気持ちを残しながら、春の散歩は続く。 万事屋へ戻り、夕暮れ時。 窓の外の傾いた陽を確認し、ソファから立ち上がる。 そろそろ、か。 「銀さん、どこ行くんですか?」 「ああ?ちょっと引きずってくるわ」 誰を?何を?と不審がる新八はさておいて、玄関を出る。 階段を下りようと足を出しかけた時、今まさに階段を上ってこようとしている見慣れた姿が目に入った。 あれ? 「銀時。出かけるの?」 これから引きずってくるはずだった頑固ヤローは、ちょっと困ったような顔で俺を見上げていた。 「いや、出かけるっつーか。出かけなくて良くなった気ィするっつーか」 出鼻をくじかれた俺の答えも、なんだかハッキリしないものになる。 「どうした?」 気を取り直して聞きながら、階段を下りる。 は、ためらうように小さな間を置いてから口を開いた。 「今晩、万事屋にお世話になっても、いい?」 「…は?」 予想外の台詞に、階段途中で足が止まってしまった。 「ごめんなさい、急に。出かけるのなら、いいんだけれど」 俺が止まったのが、都合が悪いからだと勘違いしたのだろう。 いつもの『気にしないで』モードの笑顔になる。 それに気付いて、俺は即否定に入る。 「いや、ワリ。ちょいビックリしただけ。うち来んのは、構やしねぇよ。ハナからそのつもりだったんだからよ」 「え?」 「お前、今日、足痛ェんだろ」 今度はが止まる番だった。 「気付いていたの?」 「あたりめーだ。なめんじゃねーぞ、コラ」 さっき会った時、すぐに気付いた。 いつもより少しだけ、地面につきにくそうな左足。 いつもより少しだけ、硬い笑顔。 「お前の無理こいてるツラなんか見慣れてんの。俺ァ」 こんな風に左足が痛んだ日の夜は、こいつはよく熱を出す。 なのにまた、俺には何も言わず平気なフリして働いてやがるし。 夜も一人でどうにかしようと、黙って帰るに決まってる。 そう思って迎えに出てきたのだが。 どうやら、余計な心配だったらしい。 「今日は一人でいるの、少しだけ怖くて」 が俺を見上げる。 「いろよ。怖くなくなるまで、いくらでも」 俺の言葉に、は安心したように微笑んで。 握っていた杖を、右手に持ち替える。 そして、空いた左手を、俺に向かって差し出した。 やっと、自分から、手ェ伸ばしてきやがった。 の手を取り、階段を上る。一段一段、万事屋へと。 俺に向けて伸ばされたこの手を。 やっと俺に手を伸ばすことを自分に許したこいつを。 俺の側で、護るために。 |