桜の花に罪はない






優しい水色が静かに広がる春空に、似合わない無骨な足音。

「お妙さーん!」

また、来た。

うんざりと振り返ると、目の前に薄紅色が飛び込んできた。

「これ、受け取って下さい!お妙さんの好きな桜です。綺麗でしょう?」
まぁ、お妙さんほどではありませんが。
そう言って笑いながら、いかつい顔の男は桜の枝を差し出す。
ほころぶように、まだ開き始めたばかりの春の花がこちらを見る。
どうして桜が好きなんて、この人が知っているんだか。

「よかったら近くに桜の綺麗な場所があるので、ご一緒に」
「なぁ〜にが、ご一緒に、だぁ?!人んちの敷地に勝手に入るんじゃねーよ、ゴリラぁぁ!」

低い構えから突き上げた拳は、彼をあっという間に塀の外へ見えなくする。
こんな程度の罰じゃ、ストーカーには足りないくらい。



静かになった恒道館。
私は、冷たい水を花瓶に注ぐ。
そして、彼が残していった桜の枝をそこに差し、テーブルに置いた。
その横には、お茶と茶菓子。

人気の無い古い道場を春色に彩ってくれた、この花に。
懲りずにもうじき戻ってくるだろう、この花の贈り主に。
ささやかなお礼をするのは、好意ではなく常識というもの。

いや。例え常識であっても、こんなことを思ってしまうのは、桜があんまり綺麗なせいね。きっと。


例え罪だらけのストーカーから贈られたものであろうと。

桜の花に、罪はないのだから。





おまけ