桜の花に罪はない






華やかに彩られた店先。
目移りを誘う花たちの鮮やかさが、暖かな季節を喜ぶように揺れている。


あの人に一番似合うのは、どの花か。
やっぱり華やかにバラだろうか。
それとも可憐にユリだろうか。
他は…名前は知らないが、どれもこれもよく似合うように思えて、迷うばかり。

一人悩みに暮れていると、いらっしゃいませ、と店の中から声がかかった。
顔を上げると、見覚えのある女性の姿。
最近だと、花見の時にも顔を合わせている。
万事屋の隣にいた、彼女だ。

「こちらで働いてらしたんですか」
俺の言葉に彼女は微笑み、
「近藤さん、でしたよね?」と、いつの間にか覚えられていたらしい名を口にする。

そういえば退士が噂していたか。花屋で働く別ぴんさん。
なるほど。彼女のことだったか。
それにしても万事屋の野郎。
自分だけいつの間にやらモテない組脱出しやがって。しかも、こんな人と。
何か、こずるい手でも使ったに違いない。
あいつのことだから。

「今日は何をお探しですか?」。
尋ねられ、ここに来た目的を思い出す。
「花束をね、プレゼントしたいんですが。どの花も似合うので迷ってしまってねぇ」
「こんなに悩んでもらえて、贈られる方は幸せですね」

そうは言ってくれるものの、現実には受け取ってもらえるかすらわからない。
諦める気はさらさら無いが、もうとにかくフラれ通し。連敗中。
さすがにどうしたら良いのかわからなくもなる。
だが、立ち止まってもいられない。
グダグダ考えているうちに、あの人に悪い虫でも付いたらどうする。
花束を持っていこうなどと思ったのは、そんな焦りの現れでもあった。
どうにか喜ぶ顔が見たくて。

「例えばあなたなら、どんな花をもらえばうれしいです?」
「私?」

すがる思いで意見を求めた。
突然自分に振られて、少し驚いたように彼女が目を丸くする。

「万事屋の野郎からもらうとしたら、どんな花ならうれしいですかね?」
尋ね直すと、彼女はクスクスと笑った。
「花束なんてもらったら、うれしいより心配してしまいます、きっと」

…まぁたしかに、そういうキャラじゃないかもしれんが。あいつは。

「でも、私なら」
彼女は一旦言葉を切り、店先の花たちを眺めた。
「似合う花より私の好きな花を知っていて下さる方のほうが、うれしいです」

似合う花より、好きな花?
言葉の意味を探ろうと、見つめた俺を見返して、彼女は続ける。

「花束を贈って下さる方よりも、一緒に花を見に行こうと言って下さる方のほうが、好きです」

俺は、あの人の好きな花を知っているか?
一緒に見に行くなんて、考えてもいなかった。
まったく、俺はこれだからダメなのかもしれない。

そんなことを思い、少しばかり落ち込んでいると。
彼女が、奥に飾られていた桜の切り枝を1本手に取りこちらに差し出した。

「お妙さん、桜の花が好きだって以前言っていましたよ?」
桃色の蕾をたくさん付けたその枝が、なんとも頼もしいものに見えて。
それを力強く手に取った。

「この花、受け取ってもらえますかね?」
「大丈夫です、きっと。桜の花に、罪はありませんから」

でもストーカーは罪だから、ほどほどにして下さいね?

きっちりそう付け加えて微笑む彼女に、なんだか返す言葉も無く。
ありがとう、とだけ告げて、その場を去る。が、その前に一つ。

「あの〜、ところで」
「はい?」
「万事屋の野郎は、さっきあなたが言っていたような事、言う奴なんですか?」

花を見に行こう、とか。
言うのか?奴が?あの死んだ魚みたいな目ェして?
彼女は一言、「秘密です」とだけ答えて、笑った。




桜の枝を手に走り出すと、ちょうど向かいからダラダラ歩いてくる白髪頭が見えた。

「オイオイ。んな慌ててたら、バナナの皮にすべって転ぶぞ」
目が合うなり、余計なことを言う減らず口。
やる気など一切感じられない、だるい表情。
こいつが?そんな、俺より気の利いた、男前なことが言えるって?
そんなわけあるかぁ!

「いや、もうお前、絶対なんか卑怯な手使ったろ!なんか弱味とか握ってんだろ!ありえねーよ!お前ばっかり!」
なんだか無性に腹が立って言い捨てると、奴は、はぁ?という顔。
「何言ってんの。とうとう頭も原始に返っちゃいましたか?」
「いや、もういい。お前に構っているヒマなどない!」

そして再び走り出す。


手にした細い枝が折れないよう、少しだけ速度を緩めて。

大切な人のもとへと。