花見の陣地争奪は戦
いっぱいに咲き誇る桜は、どうして人の心を強く揺さぶるのか。 どうしてあんなにも、色んな思いを与えるのか。 時にはあたたかな優しさを。 時には折れそうな切なさを。 そして、時には羽目を外す浮かれ心を。 「だーから、ここは真選組の花見場所だって去年も言っただろうがぁ!」 「知らねーなァ。花見の陣地争奪は古来から戦と決まってんだよ。花見ナメんじゃねーぞ、コラ」 「いや、偶然あいてただけですけどね、この場所」 ああ、またこの流れ。 僕ら万事屋メンバーと姉上。そして今年はさんが加わって、5人水いらず穏やかにと思ったんだけど。 静かな花見って、どうにも出来ない事になっているらしいね、僕ら。 「お妙さん!こんな風流の無い奴らは放っといて、あちらで2人で」 「消えなさい、ゴリラ」 「あの、あちらで団子でも」 「1人で宇宙へでも行って星になりなさい、ゴリラ」 姉上の氷の笑顔が、めげない近藤さんに降り注ぐ。 「てんめぇ!何勝手にうちの弁当食ってるアルかぁ!」 「なんでィ、いいだろィ」 あ、こっちでも始まっちゃった。 「すいません、隣いいっすか!?」 「え?」 そしてさんの隣にはいつの間にか山崎さんやら数人の隊士たちが。 すでに酒を片手に宴会スタイル。 「てめーら、何、奇遇だから合同にしちゃいましょう的な感じに持って行こうとしてんだ。たたっ殺すぞ」 銀さんがその山崎さんの襟首を後ろから掴む。 「いーじゃないですか〜旦那。ご一緒させてくださいよ。うち、ムサイ男ばかりで寂しいんですよー」 「山崎ぃ!何勝手なこと言ってやがる!こんなはじけた頭見ながら酒が飲めるか!」 「ああ?こっちだっててめーの瞳孔オープン見にきたんじゃねーんだよ、消えやがれ」 土方さんと銀さんの間に、いつも通りの火花が散る。 「まぁ、いい。これも何かの縁だ。今度こそ真剣勝負で決着つけようじゃねーか、万事屋ァ」 「あれ、銀さん。さんのおにぎり、どれがどれでしたっけ」 「だーから、これが梅でこれがおかかで」 「おいてめぇ!聞いてんのか!」 さっさとおにぎりに心を移してしまった僕と銀さんに土方さんが怒鳴る。 「うるせぇなぁ、無粋だよ?年に一度の花見の席でよう…って。あ?」 急に言葉を切った銀さんが、あぐらを掻いたまま首だけ振り返った。 そこには、銀さんの背中に頭をもたれてうつむいているさんが。 手には、透明な液体が少しだけ残ったコップ。 「お前、もしかして飲んだ?」 銀さんの問いにさんは、下を向いたまま首をぶんぶん横に振る。 そして顔を上げた。楽しそーな、幸せそーな、満開の笑顔。 「飲んでんじゃねーか!つーか、誰、勝手にこいつに飲ましてくれちゃってんの?」 「なんでィ、旦那。いいじゃねぇですか。未成年でもあるめーし一杯くらい」 一升瓶片手に沖田さんが言う。そうですよーと後ろで他の隊士も。 「おい、コラ、コップよこせ。もう飲まんでいい、お前は」 銀さんがさんの手からコップを奪った。 「まだ飲めるー」 バタバタ手を伸ばすさんの額を銀さんが押さえる。 なんかキャラ変わってるし。 子供みたい。ちょっとかわいい、さん。 「一杯しか飲んでないよ?」 「一杯しか飲んでねーのに、んな事になってっからダメだっつってんだろーが。言う事聞かねーと家に置いてくんぞ」 銀さんは冷たく言い放ち、さんのコップに残る酒を自分で飲み出す。 途端、さんが涙目になった。 「銀時のバカー。『俺は側にいてぇ奴の側にいる』って言ってくれたのにー」 うわーと泣き出すさんの隣で、銀さんが、口をつけていたコップからぶっと酒を吹き出した。 「しゃべんな、お前。黙っとけ。しめんぞ」 さんの口を後ろから回した腕で塞ぐ銀さん。ムガムガと暴れるさん。 「へー」 「へー」 「へぇぇー」 聞き逃さなかった周囲はニヤニヤ笑い。もちろん僕も。 「るせーな!つーか、なんでてめーらは当たり前のように座ってんだ!副長さんよぉ、部下連れてさっさと行っちゃってくれや。つーか、お前が逝っちゃってくれや」 「そーだ、さっさと逝くしかありやせんぜィ、土方」 「なんなんだ、てめーらのコンビネーションは!」 ドSコンビのドS攻撃。 土方さんの怒声もますます大きくなる一方だ。 「ヒドイですよね、旦那。帰れなんて」 「そうっすよ、僕ら話聞くんで泣かないで下さい」 「飲みましょう。飲んで忘れましょ」 涙目のさんの周りには、酒瓶抱えた隊士が集まる。 それを蹴散らして、銀さんはさんの襟首を引っ張り、自分の隣に座らせた。 「いていいの?」 銀さんに尋ねるさんに、 「いていいから。わかったから大人しくここ座っとけ」 と、諦めたように銀さんが言うとさんはうれしそうに笑った。 いつもの穏やかな微笑みより、若干ほにゃっとした笑顔で。 「さん、酔うとキャラ変わるんですね」 逆隣に座っていた僕が銀さんに言うと、 「ったく。1杯でこれだし。おっかなくてこれ以上飲ませらんねーよ」 と、ため息交じりの答えが返ってきた。 「まぁ、でも、なんかかわいいし、いいじゃないですか。ほにゃっとしてて」 「だから嫌なんだっつーの。危なっかしくて見てらんねー」 ガリガリ頭を掻きながらボヤく銀さん。 なるほど。要するに心配なんですね。変な虫が付かないか。 当のさんは、自分の事を話されているとも気付かない様子で、とろんとした目のまま座っている。 隣の銀さんの肩に頭をもたれながら。 甘えているというよりは、単にまっすぐは座っていられないらしいね。もう。 「さっきから見ていれば、あなた、随分銀さんとイチャついているじゃない」 聞き覚えのある声が、頭上から降ってきた。 桜の木から、一つの影が僕らの前に降り立つ。 「さっちゃんさん。また、いつから後付けてたんですか?」 「人聞きが悪いわね。私は昼夜問わずいつでも銀さんを見守っているだけよ。天使的なモノなの。銀さんオンリーの」 「いや、それストーカーじゃないですか。ただの」 呆れる僕には目もくれず、さっちゃんさんは、まっすぐさんと銀さんの前へ。 「銀時のお友達?」 銀さんに尋ねるさん。 「あなた。銀さんの昔馴染みだか彼女だか知らないけど、私と銀さんの絆はあなたよりずっと深いの。SにはMが必要なのが、自然の摂理というもの。男と女には刺激が必要なのよ、わかる?」 さんはぼんやりとさっちゃんさんの話を一通り聞き、 「銀時のお友達?」 もう一度銀さんに尋ねた。 つーか、さっちゃんさんのセリフ、何気に無視したよ、さん。 その感じに、さっちゃんさんの目が殺し屋モードになる。 「あなた、私と勝負なさい。銀さんの隣は私のものよ。古来から花見の陣地争奪は戦と決まっているの。花見ナメんじゃないわよ」 びしっとさんを指差す。なんかさっきもどこかで聞いたな、そのセリフ。 「何言ってんですか、さっちゃんさん。忍者が一般人に勝負挑むなんてありえないでしょ」 そもそも酔っ払ってフワフワのさんに何を言ってるんだか、この人は。 そんな勝負、誰も乗るわけないじゃんか。と思ったその時。 「と、いうことで、第1回『銀さんの隣で花見をする権』争奪、叩いてかぶってじゃんけんポン大会ぃぃぃ!」 「え゙え゙え゙え゙え゙?!」 突然現れた沖田さんの一言で、周囲がわっと盛り上がった。 なんかおもしろがってるし、この人たち! 「望むところだわ。どうするの?あなた。逃げるの?」 勝ち誇った顔で笑うさっちゃんさんに、あろうことかさんは、 「お受けいたします」 とにっこり笑うのだった。 どうなるの?これ。 いいの?これ。 慌てる僕をよそに、あっという間に準備は完了(つーか、理由なんでもいいからやるつもりで用意してあったろ、これ!)。 さっちゃんさんとさんが、メットとハンマーを挟んで向かい合っている。 何、この、意外な組み合わせと光景。 僕的には当然、銀さんが止めるだろうと思って様子を見ていたんだけど。 意外にも銀さんは止めもせず。「頼んだぞー」と呑気に送り出した。 「いいんですか?銀さん。さんにあんな事させて。さっちゃんさん強いのに」 「いいも何も、あいつ頑固だから、どうせ言い出したら聞かねーって」 あっさり言いながら銀さんは、お酒を飲んで見学モード。 「大体、ピコピコハンマーで危ねーこともねーだろーが。座ってできるから足問題ねーしよ」 いや、そうだけどさ。 でも、相変わらずさん酔っててフワフワだし。 「―!負けんなヨー!ぶっ潰すアルー!」 もちろんこーゆーの好きな神楽ちゃんも止める気ないし。 突然始まった女の戦いに、真選組の人たちまで思いっきり盛り上がっているわけで。 とにかく。 始まってしまった。 「それでは!いきますよ!」 審判の山崎さんの声が響いた。 周囲が静まりかえる。緊張感が春の景色を包む。 「ハイ!叩いて、かぶって!じゃーんけーん…」 ポン! 全員の注目の中、じゃんけんに勝ったのは。 さっちゃんさんだ! ヤバイ!さん! さっちゃんさんがハンマーを握る。 さんがメットに手を伸ばす・・・って、あれ!? メットが無い! 見ると、メットはすでにさっちゃんさんの頭の上に。メガネの奥の瞳がニヤリと笑う。 なんて早業!さすが忍!つーか、汚っ! 「もらったわ!」 振り下ろされるハンマー。もうダメだ。そう思った、その時。 ハンマーのピコン!と、金属のキン!が混ざったような音が、響いた。 え? 周囲がどよめく。 ハンマーは、さんに届く寸前で止められていた。 メットではなく、両手で掲げた、さん自身の杖によって。 えええ!? さすがのさっちゃんさんも、予想外の出来事に動きが止まった。 杖とハンマー越しに、目を合わせる2人。 はっと我に返ったさっちゃんさんは、空いている左手を懐へ。 もう、ルールなんて知るか、の動きだ。 それと同時にさんの右手が、ハンマーを止めたままの杖の柄を、引き抜いた。 杖から出てきたのは、針のように細い短刀。 さっちゃんさんが懐から取り出したクナイをさんに向ける、より先に。 さんの短刀が、さっちゃんさんの鼻先5cmに、突きつけられた。 両者、動きが止まる。一瞬の間。 「勝ち?」 さんはそう言うと、にっこりと笑った。 今度は、どよめきすら、起こらなかった。 全員、茫然。 ただ一人、いつもと変わらぬ気だるい表情で酒を飲んでいる銀さんを除いて。 「しょっ、勝負ありぃぃ!さんの勝ち!」 審判の山崎さんが、やっと声を上げた。 「、かっけーアル!!」 次に神楽ちゃんの興奮した声が。 それに伴い、周りも歓声。 すげー! 何それ!? かっこいー! 酔っ払いたちの喝采を浴びながら、さんは、相変わらずのフワフワした笑顔で 「銀時ー。勝てたー」 と銀さんに手を振るのだった。 ていうか、これ結局、叩いてもかぶってもいないよね? 「銀さん。さんて、強かったんですね」 僕の言葉に、銀さんは、あん?と振り返った。 当のさんは勝ち取った席で、というか、銀さんのあぐらの上に頭を乗せて、もうすっかり熟睡モード。 さっちゃんさんはと言えば、「今回は負けを認めるわ。でも、次会ったら覚えていなさい!」と言い捨て、帰るのかと思いきや、今は向こうで近藤さんとストーカー討論に熱く盛り上がっている。 「別に強かねーだろ。さっちゃんとかおめーの姉ちゃんのが断然強ぇーって」 あっさり言う銀さん。 「え。でも」 「攘夷志士なんつーのに関わってきた女共は、どいつも一般的な護身術くらいは身に着けてるもんなんだよ。あぶねーから」 「それはわかりますけど。でも、さっちゃんさんの方が強いならどうして」 「自分より強ェ相手から身ィ守るには、油断を誘って意表を付くしかねーだろ。こいつにはそのくらいの基本は教えてあんの、昔に」 「銀さんが教えたんですか?」。 「ま、仕込み杖とか、あーゆー小細工教えんのはヅラしかいねぇけど」 『駆け引きは最後の瞬間まで切り札を保存している奴が勝つ』 桂さんが言ってた気がする。そういえば。 なるほど。銀さんと桂さんコンビが教えたのなら、うなずけるのか。 すやすやと銀さんの膝で眠るさんは、子供みたいに無防備な寝顔。 さっきの勝負が嘘みたいだよ。 「せっかくの花見なのに、さんぐっすりですね」 「いんだよ。寝かしとけ」 「寝てたほうが独り占めできるからでしょう」 僕が笑うと銀さんは 「あたりめーだ」と言いながら、酒をあおる。 幸せそうに眠る、さんの髪を指で梳きながら。 こんなドタバタな花見も、待ち侘びていた春の大事な1日で。 この桜がすっかり散って、優しい季節が過ぎてしまっても。 また、こんな春が訪れることを願うのだろう。 僕ら、みんな。 |