朝夕には肌寒さすら覚える、まだ冬の去りきらない季節だと言うのに。

こいつが突然、「かぶき町にもたくさん桜は咲くの?」なんて待ち遠しそうに聞いてきやがるから、俺はまだ咲く気配すらない枝ばかりの桜を案内する羽目になる。

原チャリを走らせて、町をぐるぐる。

1丁目の寺には町1番の樹齢を誇るエゾヤマザクラ。
水の流れを桃色に染める川沿いの桜並木。
近所の公園で子ども達を見守るのは、しだれ桜。
俺が知る限りの、桜咲く場所。

「こんなハゲた木ばっかでおもしれーの?」
俺が聞くと、
「うん」とうれしそうに笑うから、結局、まぁいんだけど、と思わされてしまう。

そして、ふと気付く。
どちらからも「咲いたらまた来よう」とは言わない事に。

こいつは知っている。
だから臆病になっている。
誰にだって、いつ何が起きるかなんざ、わからねぇ事。
今日と明日が、同じように続いていくとは限らねぇ事。
再会してから俺達は、一度も先の事を話しちゃいない。
約束めいたモンを、何一つ交わしちゃいない。
要は、逃げてるっつーわけだ。
無意識に。
カタチの見えねぇ、触れられもしねぇモンから。

そういや、それは今に始まった事じゃない。
昔からそうだった。
戦の頃は、実際、いつどうなっても不思議じゃなかった。
一度出かければ、必ず帰れるという保証なんぞなかった。
あの頃から俺達は、先の約束をしない。
あるのは、ただ、今だけ。
だから今日も、「咲いてから見に行きゃいんじゃね」と、こいつを突っぱねる事ができなかった。
俺も結局こいつと同じ。

2人揃って相も変わらず、くだらねークセ。






最後にやって来たのは、町を見下ろす丘の上の一本桜。

「大きな桜。それに、静かなのね」
「ま、ここらじゃ一番穴場だわな」

空に向かって、目一杯に伸ばされた枝は、まだ来ぬ春を呼んでいるようだった。
花を付ければ、この空に近い場所で、もっと誇らしげに枝を揺らす。
薄紅色に景色を染めて。

見せてーな、こいつにも。

まだ葉も無い桜を見上げ続けるを、俺は背中から抱きしめた。

「銀時?」
「咲いたら新八と神楽連れて見に来てみっか」

それは初めての、約束。
は驚いたように俺を見上げた。

いーじゃねぇか、もう。
これまで何があったにしたって、結局、お前はここにいんだし。
とりあえず明日も、やっと掴んだ手ェ離すつもりなんざ、さらさらねーし。
つーか、もう、どこにも行かせねーし。

「じゃあ、私、お弁当作ろう」
の手が、確かめるようにそっと俺の手に重なった。

「夜桜で花見酒も良くね?」
「未成年のコ連れて?」
「ガキ共には、はえーよ。昼間の花見とは別枠。夜は2人で来んだっつの」

「早く、咲かないかな」
俺の腕の中で、待ち遠しそうに微笑む
雫がにじんだ目元に、俺は唇を寄せる。


先の事を話すと鬼が笑うだとかなんだとか。
よく聞く話だが、笑わしとけ、そんなもん。
俺が倍にして笑い返してやらァ。

冬は、もうじき終わるから。
バカみてーに先の話をしながら、やがて来る季節を、待ち侘びるのだ。




春待ち人