何回でも
スナックお登勢のカウンター席。 常連客も去り、残るは飽きるほど見知った顔の内輪のみ。後ろのボックス席では、歌い疲れた新八と食べ過ぎた神楽がそれぞれソファで口を開けて寝息をたてている。 「あーして寝てんの見ると、まだガキくせェもんだなぁ」 右隣で冷酒に口を付ける長谷川さんが、ソファの2人を見ながらポツリと漏らした。 「黙って寝ててくれりゃあな。起きたら生意気でしゃーねーよ、クソガキ共」 同じく注いだ冷酒をあおり、そう吐き捨てると、長谷川さんが可笑しそうに吹き出した。 「何笑ってんだよ」 「いや、なんかよォ、お父さんみてーだなと思ってよ」 「はァァ?オイオイ、勘弁してくれっての。こんなでけェガキ共いらねーっつーの。俺まだ加齢臭とか無いからね?髪もまだブイブイ言わせてっからね?」 「いや、まぁ雰囲気が、だよ雰囲気が。おーおー、奥サンもすっかり眠っちまったみてーじゃねーの」 そう言いながら長谷川さんは、俺の左隣でカウンターに突っ伏す着物の背中を覗き込む。微かに上下する肩。猪口一杯の酒でここまで出来上がっちまえるんだから、安い奴。 「何が奥さんだィ。こんなやる気も甲斐性も無い旦那もらっちゃ、このコがかわいそうってもんだよ」 カウンターの向こうで煙草をくゆらすお登勢バーさんがそう言いながら顔をしかめる。余計なお世話この上ない。まぁ否定はしないが。 「しかし、かわいーもんだねぇ。酒に弱いたァ」 「ちょっと、あんま見ないでくんない?なんかアンタのグラサンやらしくて気持ち悪ィから。なんか見えねーモンを見ようとしてそうで不愉快だから」 「ちょっ、グラサンがやらしいってどーいう事!?このグラサン別にそんな未来的機能無いからね!?」 荒げた長谷川さんの声に、隣で沈んでいた頭が微かに持ち上がった。気付いたか。様子を眺めていると、ぼんやりと前を見つめていたその顔がこちらを向いた。寝惚けた目でしばし人の顔を見つめた後、ふにゃりと笑う。そして一言、「おめでとう」。 「…何回言うんだよ、おめーは」 こいつが酒を飲み始めて眠ってしまうまでの間に、既に4〜5回は聞いた気がする。人のツッコミを聞いているのかいないのか、酔っ払いから返答は無く。ただぼんやりと酔っ払いなりの表情で笑ったまま。 「ま、いーじゃねぇの、銀さん。うらやましい限りだよ?誕生日を祝ってくれる人がいるなんざ。俺なんか…俺なんかさァァ」 酒が入ってすっかり泣き上戸となった長谷川さんが目頭をグッと押さえ出した。「アンタもとっとと職見つけて甲斐性身につけるこったねェ」。向かいでぴしゃりと言い放ったババアの袖にすがりつき「俺やるよ!職見つけてハツを…ハツを迎えに行ってみせる!」と騒ぎ出す。 「んなもん、マダオに言われなくてもわかってるっつーの」 酒癖の悪くなり出した長谷川さんがババアに殴り飛ばされている様子を眺めながら、ほとんど独り言のつもりでつぶやくと、隣からクスリと笑い声が聞こえた。 「何笑ってやがんだ、酔っ払いコラ」 その頭を掴んで揺すると、「だって」と楽しげな声を上げる。だって何だ、と尋ねるものの返ってくるのは、 「おめでとう」 結局同じ言葉だけ。 「だから何回目だっつーの」と再度同じツッコミを入れれば「だって何回も言いたいんだもの」と、実に満足げに答える始末。 「ほかに何か言うことねーのか、おめーは」 「銀時?」 「ああ?」 「ありがとう」 「…なんだそりゃ」 訳わかんねェ、酔っ払いめ。 そうは思いながらも、散々飲んでいる自分も正直酔っ払っているのは間違い無いわけで。正直だいぶ前から頭の働きは鈍くなっているわけで。訳わかんねェけど、ま、いいか、と。最終的にはそう結論が出てしまう。 そして、カウンターの下で、小さな左手の細い指先に自分の指をからめた。いつもより強く握るこの力は、酒のせいか。それとも。 「…ま、よくわかんねーけど。悪かねェか、こーゆーのも」 「そうよね?」 その手は、意外な程に強く握り返してきた。上等だ。そう言わんばかりに更に握り返す。誰も気付く者など無いまま繰り返される、くだらない応酬。伝わるのは、たしかな温度。 「なぁオイ銀さんんん!俺まだやれるよなァ!?まだまだやれる男、略して『マダオ』だよなァァ!?」 今度は右の酔っ払いが、タチの悪い絡みと共に腕を掴んでくる。その手を払いのけて、熱い語りは適当に受け流す。耳に小指を突っ込みながら、あーハイハイ、と。 「うんうん。やれるやれる。すげーぞマダオ。頑張れマダオ。世界はアンタのためにある」 「何その超適当な感じ!?クソォォ!今日はまだまだ飲むぞ!お登勢さん、酒!」 「酒はいいけど、勘定払えんだろうね」 「えええ!?今日は誕生パーティーでオゴリなんじゃねぇの?」 「アタシはそんな事言った覚えは無いねぇ。アンタら全員、きっちり払ってもらうよ?」 「え、ちょっと待って。何、ソレもしかして俺も?お誕生日サマの俺も?」 「決まってんだろ。アンタの誕生日になんでアタシが奢らなきゃならないのさ」 「…サギじゃねーかァァ!ハッピーなバースデーにシケた事言ってんじゃねーよ!ババアコラァ!」 「あれぇ?私のコップどこ行っちゃったのかしら」 「おめーは何一升瓶握りしめちゃってんだ!もう飲まんでいーっつーの!」 「あ、おめでとうー銀時」 「だから何回言うんだァァ!ごまかしてんじゃねーよ!よこせ!誰の誕生日だと思ってんだ!」 大きくなる騒ぎに目を覚ました新八と神楽が加わって、更に大騒ぎとなるのはこの5分後。 カウンター下でまだ繋いだままの手を、離す気も互いに無いままに。 とっくに日付の変わった誕生日パーティーは、まだ続く。 |