学校祭「カフェと店長」
なんだかんだで、3Zのクラス企画、『カフェ・ド・糖分』には客足が絶えない。 女子の健闘によるスイーツの味と、モノとしては地味なのになんとなく目立つ銀八仮装の賜物だろう。 ごくごくまれに、だが、訪れる女性客の中からは、銀八もどきはたくさんいるのに、銀八先生本人がいないことに対する不満の声も聞こえたりして。 クラスメイト一同、若干納得がいかなかったり。 シャキシャキ働いている僕らより、何故あのダルダルを求める?!…っていう。 ちなみにカフェのネーミングは、看板を作る時間がまるでなかったため、「『糖分』て名前の店にすれば、あの黒板の上の額そのまま看板にできんじゃね?」と、誰かが言い出したため。 一応本日は、『カフェ・ド』と書かれた画用紙が額の端っこに申し訳程度に貼られて(ついでに言うなら、「『ド』付けとけば、なんかオシャレな感じになんじゃん。シャンゼリゼな感じじゃん」と言って勝手に書き足したのは銀八先生だ)、教室の入口上に掲示されている。 …と、まぁ、こんな状態であるからして、結局僕らもセッティングからダルダルなわけだけど。 担任の悪影響、ということで、責任はなすりつけておこう。 午後1時。 他クラスの焼きソバやらお好み焼きやらで昼食を済ませたお客さんが、食後のデザートを求めてやって来る。 「結構イケてるんじゃない?うちのクラス。準備最悪だったワリには」 入れ替わりやって来るお客さんに喜ぶ僕に、 「ほんとだね。なんか、他のもっと凝ってるクラスに申し訳ないね」とちゃん。 うーん。たしかに。 今年は外部のお客さんも多いような気がする。 今も、小さな女の子を連れたお母さんがケーキを注文しているところ。 ほのぼのとした賑わいに満足していたのも束の間。 戸口から、別の…正直あまり感じの良くない賑わいが『カフェ・ド・糖分』に入り込んできた。 男性客、3人組。 制服姿だが、うちの高校の制服ではない。 遊びにやってきた他校生らしい。 彼らは大声で笑いながら入ってきたかと思うと、白衣姿の僕らを一瞥して 「んだよ、白衣カフェ?気持ちワリー」 と、さらに笑った。 メイドにしとけよ〜とか言いながら。 なんだ、コイツら。 僕は、朝の銀八先生の言葉を思い出していた。 『他校の不良とモメるとか、学祭的な面倒事がよォ』 いや、先生。たしかに感じは悪いですけど。 モメたりなんかしませんよ。 僕らだってそんな、相手にするほどガキじゃないんで。 漢字ドリルなんてしませんからね、僕ら。 ていうか不良っていうより、なんていうか…チャラ男? やっぱり今時、不良はないですって、先生。 なんてことを1人心で思うことで、自分を冷静に治めていると。 3人組はウザイくらいのテンションで笑いながら教室の真ん中の空いている席へ。 途中、さっきケーキを注文していた親子連れのテーブルに3人組の1人がぶつかり、女の子が飲んでいたジュースが倒れてこぼれた。 気付いていないとも思えないんだけど、謝る気配、まるで無し。 席に着いたら着いたで、別の1人が隣の席の女生徒2人組に、 「ちょ、この学校のカワイイコとかってどこ行けば会えんの?あ、『目の前にいるじゃん〜』とか言うの冷めるからナシね」 などと声をかけ、女子がそそくさと逃げ出す始末。 いや、銀八先生。モメたりなんかしませんけど。 しませんけどね。 とは言えコイツら。 「注文取りにこねーの?ココ」 すっかり引いてしまっていた僕らを、奴らが呼んだ。 こういう時に限って、風紀の乱れは許さないはずの風紀委員は校内見回り中で。 姉上や神楽ちゃんといった、ある意味男子より力強い女子は、交替で食事をしに行ってしまっている。 と、なれば。 ここは僕が! 「はい。ご注文は?」 努めて穏やかに尋ねた。 すると奴らは僕を見て、急に吹き出した。 「メガネ君は呼んでねーわ〜。チェンジでー」 僕のことは完全無視。 カウンターの方に立つ数人の女子に向かって声をかける。 「いや、あなたたちね…」 さすがに僕も、体が一歩前へ出た。 銀八先生の言葉が、漢字ドリル100ページが、一瞬頭の中から消えた。 その時。 「ご注文どうぞ」 横から僕を遮り入ってきたのは。 倒れたジュースの代わりに、新しいジュースを女の子に渡していたちゃんだった。 お、チェンジ成功〜。 奴らがニヤニヤ笑いになる。 「ご注文お伺いしますので、ほかのお客様の迷惑にならないようお願いします」 ちゃんは、まっすぐに奴らを見て、驚くほどきっぱりと、そう言った。 普段ワリとぼぉっとした感じで、銀八先生曰く「危なっかしい」のに。 怖いもの知らずというか、なんというか。 でも実はちゃんが、こんな風に納得のいかない事に対してまっしぐらなコなのはクラスメイトなら誰もが知っている。 まだ3年生になったばかりの頃。 学年が変わり、クラスも変わり、担当教師も変わったりするその時期は、とかく色んな噂が大げさに流れたりするもので。 その時も、銀八先生の授業を始めて受けた生徒たち発信と思われる噂が校内に出回っていた。 なんだっけ。 たしか、銀八は理事長とウラで繋がりがあって、だから辞めさせられない、とか。いや理事長の愛人だ、とか。 とにかくなんかウラで手を回して学校で好き放題してるんだっていう噂だった。 まぁ言われても仕方ない部分もあるんだけど…あのナリであの態度じゃ。 けれどウラで手を回すとか、そういうことだけは、銀八先生には絶対無い。 Z組生徒は誰もがそう思っていた。 そんなある日、廊下で数人の女子がその噂について立ち話していた。 『ほんとなのかな?』『ほんとなら卑怯だよね、銀八』などと。 そこに突然割って入ったのがちゃんだった。 『銀八先生、そんなことしないよ?先生は好き放題するけど、自分の責任は自分でちゃんと取るもの』と。 あれから、ちゃんの印象は、ただのぼーっとしたコじゃない。 銀八先生は知らないんだろうけれど。 「こえー。ご迷惑、だってぇ」 ちゃんの言葉をまるで意に介さない様子の3人組。 何が楽しいのか相変わらずテンション高く笑ったまま、 「コーヒー」 と、とりあえず注文を出してきた。 はい、と踵を返そうとしたちゃんの腕を、1人が掴む。 「コーヒー、そこのメガネ君持ってきてくれっからさぁ、座れば?接待してよ、セッタイ」 「そういうサービスはしてません」 「お客様は丁重におもてなししないと。いーじゃん。オハナシするくらい」 ちゃんは手を振り払おうとするも、彼はしつこく離さない。 「いい加減にしてください!嫌がってるじゃないですか!」 その手に掴みかかろうとした僕の襟首が、後ろから「まーまーメガネ君」と他の1人に引っ張られた。 もう、我慢できない。 僕の限界が頂点に達した時。 バーンとものすごい音と共に、コーヒーを3つ乗せたステンレスのお盆が、テーブルに置かれた。と、いうより叩きつけられた。 波立ったコーヒーがカップから派手にあふれる。 あ。 「どーも〜、店長の坂田でーす。コーヒーお持ちしました〜」 いつでも変わらない気だるいトーンに気の抜けた台詞。 他のZ組生徒とまったく同じ服装なのに、何故か1人浮いた、やる気ゼロですが何か?的な雰囲気。 硬かったちゃんの表情が、わかりやすい程に安心とうれしさで緩んだ。 我らが担任、銀ぱっつぁんの登場に。 「んだテメー…」 立ち上がりかけた1人には構わず、 「はい、どうぞー」 と、銀八先生はコーヒーを1つ、ちゃんの腕を掴んでいる男の前へ。 が、しかし。 その手は、明らかに、誰がどう見てもわかるようなレベルのわざとらしさで、コーヒーのカップを倒した。 こぼれたコーヒーが、男のズボンの上に流れ落ちる。 あっつぅぅぅ!!と大声を上げて立ち上がり、奴はちゃんの手を離した。 その隙に先生は、ちゃんを自分の後ろへ引き寄せる。 「てめぇぇぇ!!何しやがる!今ぜってーわざとだろ!」 男が銀八先生に怒鳴りかかった。 その通り。わざとだね。 「あ。すいませ〜ん。新人なもんでぇ、よくわかんなくてぇ」 「てめー、さっき店長、っつったろーがよ!」 「社長も工場長も総理大臣も始まりはみんな新人スよ。みんな青い頃はあるもんスよ」 「知るかぁ!どーしてくれんだ、コレ!責任とれや!」 大声ですごむも、コーヒーのこぼれた位置的に思いっきり、お漏らししたような状態が情けない。 「オイ、何してんだ、新八ぃ。お客様の大事なトコロが大火傷だ。早くドライアイス持ってこい」 「凍傷おこすわぁぁ!バカにしてんのか!てめぇぇ!」 完全にぶちギレた男が襟元に伸ばしてきた手を、銀八先生は軽く掴んで捻り上げた。 「まぁまぁ、お客さん」とか言いながら。 「離せ、コラァ!」 一瞬立ちすくんでいた他の2人が怒鳴る、と、先生は素直にその手を離した。 そして、 「お詫びに店長自らVIP級にもてなしますんで、まぁどーぞお掛けくださいや」 と、言うなり、席の1つに腰掛ける。 「ふざけんな!」と、飛び掛かろうとする奴らを遮るように、床が軋むくらいの大きな音をたてて、先生は両足をテーブルの上に投げ出した。 「いーから座れって」 今、一瞬だけ、先生の目が死んでいなかった気がする。 まるでいつも通りに、のらりくらりと話しているだけのように見えても。 怒っているのだ。銀八先生は。 教室が、シン、となった。 奴らもさすがに、気圧された。 「…やってらんねー。コイツわけわかんねーし。帰るぞ」 数秒の間の後、奴らはそれだけ言い捨てて、さっさと教室を出て行った。 あとに残された僕たちは、互いに顔を見合わせる。 「んだよ。俺のナンバーワンホスト級のトークでもてなしてやろうと思ったのによォ」 さっきの3人なんかより、よっぽどデカイ態度でテーブルの上に足を組んだまま、銀八先生は置いてきぼりのコーヒーを自分ですすった。 やべ、砂糖足りね、とか言いながら。 「先生、ありがとう」 ちゃんがうれしそうに、そんな先生の横顔に言う。 ああ、もう、まんまと惚れ直しちゃったでしょ、ちゃん。 今のこの、有り得ない程にありがちな展開にやられちゃったでしょ。 わかりやすいってば、だから。 「新八みてぇなタイプはぶちギレっとこえーからよォ。問題起こされちゃ面倒だろ。だーから学校祭なんて余計な手間しかかかんねー行事やめちまえばいーのによォ」 グダグダと、相も変わらず愚痴をこぼす先生。 でも今日ばかりは。素直に。 「ありがとうございます、先生」 僕も、お礼を言った。 「んだよ、気持ちワリーな」 「だって、なんかあったら、台無しになるトコでしたもん。学校祭」 僕が笑うと先生は、 「あー、台無しって手もあったかもな」 と宙を見ながら言った。 「で?来たらお手製スイーツ食わしてくれんじゃなかったの?」 先生の言葉にちゃんが「はい!ただいま!」と、慌てて飛んで行く。 「…先生、あのタイミング、狙ったんじゃないですか?惚れ直させちゃおうとか思って」 その背中を見送りながら僕が、ニヤリと先生を見ると。 先生は、バーカ、と不機嫌そうに返した。 「んな余裕あるかよ。あんなクソどもに指1本でも触らせたかねーっつーの」 校内じゃなきゃ心置きなく4分の3殺しにできたのによォ。 先生はおもしろくなさそうにつぶやいた。 ちゃんが聞いたらさらに喜びそうな台詞を、ためらいもなく吐くよね、この人は。 チラリと教室の前の方に目をやると、大切な人のために真剣な顔で、めいっぱいクリームやチョコレートを積んだパフェを用意しているちゃんがいた。 サービスしすぎでしょ、ソレ。 他のお客さんと差ありすぎるでしょ、ソレ。 まぁ、今日は、サービスも仕方ないかもね。 Z組と学校祭と、そしてちゃんは。 結局、このアンチ学祭派の教師に救われちゃったんだから、さ。 |