LHR「学校祭について」






食後の猛烈な眠気と戦いながらの5時間目も終わり、ようやく少し目の覚めた6時間目。

朝と変わらぬやる気のなさで教室に入ってきた担任に礼をして。
さぁ、今日はどんなロングホームルームになることやら。





「今日の議題はぁー」

そこまで述べてから銀八先生は、一旦言葉を切り黒板に向かう。
チョークの音。ゆるい白線は『学校祭』と綴られた。

「に、ついてだー。ハイ、以上」

そう言うと先生は教卓の前からダラダラと窓際の椅子に移動し、当たり前のように深く腰掛けて居眠り体勢。

「…ていうか、え?何ですか、以上、って。学校祭について、なんですか先生」
僕が問うと、
「あー?まかせた」
語尾に、めんどくせー、が聞こえそうな勢いの、やっつけな答えが返ってくる。

「ええっ?いや、仕切って下さいよ。議題投げかけてあと放置、って、どんなホームルームですか!」
「現代教育に必要なのは自主性を育てることだよ、新八君。たとえ失敗したって、ソレを乗り越えた時おめーらは一回りデカくなっているはずなんだよ」
「何いい感じに言っちゃってるんですか」
「ワンパクでもいい。たくましく育ってくれれば」
「いや、古いよ!CMのチョイスが古い!」

「知ってるおめーも古ィだろ、志村」
声を荒立てた僕の後ろから土方君のツッコミ。

「いや、そーいう土方さんも結果的には古ィですぜィ」
さらにその後ろから沖田君のツッコミ。

ああ、またエンドレスになる流れ。
何一つ進まない流れ。

「…ようするに、アレですか。クラスの出し物とかを決めればいいんですか」

諦めて先生に尋ねる。
このままじゃ終わらない、どころか始まりもしないからね、また。

「あー、なんかそんな感じ。つーか、俺、学校祭嫌いだし。Z組の出し物はオシャレに『学祭ストライキ』でも構わねーぞ」
「いえ、カタカナ入ればオシャレになるわけじゃないんで」

まぁ、この人のこんな感じにはみんな慣れたもので。
特にそれ以上文句を言うでもなく、「どうする?」「何がいい?」とザワザワ議題について語り出す。

「やっぱり、ありがちなのはベタにメイド喫茶とかですかね?」
とりあえず僕から、思いつきで一つ提案。

「そうね。うちのクラスの女子がメイドになったら大人気よ?きっと」
姉上がその提案にノリ出す。

「そうヨ。ご主人様〜とか言っておけば男は喜ぶアル。ちょろいもんネ」
神楽ちゃんも。

ベタだけどアリかも?という雰囲気が徐々に漂い始めた時。

「メイドよりどっちかっつーとナースの方がいいんですけど」
企画の根本を引っくり返したのは、銀八先生だ。

「いや、ナース喫茶って、なんかソレ学祭にはいかがわしくないですか」
「じゃあナースパブで」
「もっとできるかぁぁ!アンタ、そんなにちゃんにナースで接客してほしいんですか?!」

急に名前を出されたちゃんが僕と先生を見る。

「バカヤロー。何が悲しくて他のヤローにてめぇの女のナース姿を見せにゃあならねーんだ。つーことでナース服は1着テイクアウトで」
「お持ち帰りで自宅ナース…って、何よりもいかがわしいわぁぁ!」

あーあ。ホラ、ちゃん真っ赤なの横目にもわかるし。
多分ちゃんの頭の中ではね、ナース服云々より先生の『てめぇの女』発言の方が胸キュンなんだと思う。
わかりやすいね、ホント。銀八先生の思うツボだよ、その顔。

「…なんとか言ってやってよ、ちゃん」
声を掛けてみると、
「でも先生、今の制服でもいい、って言ってくれたのに」
予想外の発言が。

「普段は普段として、たま〜にスペシャルがあんのがいいんだろーが。男の妄想に花を添えんだろーが。つーかお前、何気に言うようになったね」

ていうか、それに、さらりと答える先生も先生。
なんだその、教室内で自宅にいるようなカップル会話は。
なんかちゃん、先生に毒されてきちゃったな。

「…もういいです、メイド喫茶は。ほかなんかないですかね」
「なんか、『フィーリングカップル』的な企画はどうだ!」
ハイ、と手を挙げて発言したのは近藤君だ。

「あー。男女5人でカップル成立しないか色々やるアレですか?」
「そうだ!まずは手本として、俺とお妙さんの『フィーリングカップル1対1』で、本当にカップルが成立するんだというトコロを観客にアピール…うごぉっ!」
「こんなふうに、イヤな相手にはちょっと強めに断るのもアリよ☆ってところを見せてあげるのね?」

近藤君の後頭部に広辞苑を投げつけた体勢のまま姉上が僕たちに笑いかける。
いや、☆とか付けてみても怖いことには変わりないです。姉上。

「でもそんな企画、ヤローはともかく、女子が集まりますかねェ」

沖田君がもっともなことを言う。

「あ、じゃあうちのクラスの女子にサクラとして交代で参加してもらえばいいんじゃないですか?それなら他クラスの男子が集まって…」
「却下」

僕の言葉を遮って、きっぱりと企画を投げ捨てたのは。

「銀八先生…。却下って。まだ企画案、途中なんですけど」
「よし、わかった。却下」
「わかってねーだろ!」

いや、もう、却下の理由は聞かなくともわかるけど。
サクラであっても参加させたくないわけね。自分の女は。

「てめーら高校生のクセに、んないかがわしーモンを学校行事でやっていいと思ってんのか、コノヤロー」
「ナースパブの方がよっぽどいかがわしいでしょーが」
「先生も参加して、とフィーリングカップルすればいいアル」

神楽ちゃんが当然といった面持ちで口を挟む。

「神楽ー、なかなかの案だ。だが、先生とはもうフィーリングーがフィッティングーだから、そんな必要ナッスィングーだ」
「なるほど。じゃあ別の案をシンキングー、アルな」
「…いや、グーの駆け合いとか、いいですから。ここ赤いカーペットひいてませんから。ていうか何も話進みませんよ。どーすんですか」
「まいっちんグー」
「もういいっつーの!そして今日2回目の古いわぁぁ!」

「もう、なんか適当に食いモンの店とかでいいだろ。俺が簡単で旨い学祭向けスペシャルメニューを…」
「却下」

土方君の提案に答えたのは、今度は銀八先生だけじゃない。
クラス一同。
理由は…言わずもがな。

「じゃあ、私が卵焼き…」
「賛成!」
「却下」

姉上の提案には、クラスの意見が割れた。
もちろん、近藤君対クラス一同に。
公正なる多数決の結果ということで、却下決定。

「オバケ屋敷あたりがベタでいいんじゃないですかィ?俺がプロデュースしますぜィ」
「却下」

沖田君のオバケ屋敷、って。
色々ギリギリなものが仕込まれていそうだから。
ていうか、入ったら2度と出てこれなさそうだから。


「…ちゃん、何がいいと思う?」
「私?」

僕はもう、この埒の明かない不毛な議論に終止符を打つべく、ちゃんに意見を求めた。
ちゃんの提案なら、先生だって黙るだろ。きっと。

「うーん。私は…」
「私、銀八先生と一緒にいられれば何でもい〜。だからぁ出し物なんてストライキしちゃお〜、みんな」

…。

いや、後者のカギカッコ、当然だけどちゃんのセリフじゃない。
この低い、ダル〜い口調は。

「何ですか、先生。そのアテレコ」

僕は相変わらず教卓に立つでもなく、だらしなく座ったままの先生に呆れた目を向けてみる。

「て、言おうとしてんじゃねーかなーと思って。が」
「…言おうとしてないよ、先生」

平然と言う銀八先生に、ちゃんがツッコむ。

「あ、違った。言ってくれねーかなー、の間違いだった」
「どんな間違い?!つーか、アンタ結局、思っきし口挟みまくってんじゃん!全然自主性尊重してねーじゃん!」

もう、僕もツッコまずにはいられない。

「バカ言うな、新八。自主性なんてなァ、責任逃れしようとする大人たちの都合のいい言い訳に過ぎねぇよ。規則という名の檻があってこそ、てめーらは自由の大切さを知るんだよ。創造力を養っていくんだよ」
「さっきと言ってること違い過ぎるだろぉぉ!!」



教室に響く鐘の音。
結局、6時間目は終了。時間切れ。

「と、いうことでー、今日のロングホームルームは、檻の中にこそ見出される真の自由について学んだ。テストに出るからよーく覚えとくように」
「きりーつ、礼、着席―」

「…いや、だから。学校祭は…?」

ワイワイと帰り支度を始める教室の中、そんな小さなことを気にしているのは、どうやら僕だけのようだった。