昔の記憶というものは、通り雨のように体を容赦なく打ち付けては、いつしか気まぐれに引いてゆく。

例えば。音楽とか、匂いとか、空の色とか。
そこら中に転がるきっかけは不意を突くように心の深みへと潜り込み。
そして眩暈がするほど、押し寄せる過去の幻となって今ここにいる自分を打ちのめす。
それはもう、日常的に。

記憶とは、なんてやっかいなものだろう。


今日で言うと、この雪。
今年初めての雪。
風の無い空を、ただまっすぐに落ちる雪。

あの日もこんな景色だったことを、意識ではなく体が覚えている。
そして勝手に心の深くを疼かせる。

本当に、やっかいなもの。

歳をとる度、見ないふりをすることでしか、やり過ごせない瞬間が増えていく。


だから今日も、待つのだ。
この発作的な眩暈が過ぎ去るのを。
ただ、じっと。




足を止めて見上げた白い空は、この街に似合わず、やけに静かだった。
空も地面も。今も昔も。全てがあやふやになりそうに。
雪影に霞む道の先に見える姿は、幻。

いつもの、幻だ。


「銀時?」

幻に、名前を呼ばれた。
微かに首を傾げ、少し笑う。
あの頃と同じ、哀しい笑顔。

「覚えて、ない?」

二言目は、より鮮明に耳に届いた。
記憶の中とは少しだけ変わった姿も。


?」

もう呼ぶことはなかったはずの名前。
幻じゃ、ない。
目の前にいる。


もう、見ないふりなど、できなかった。