7.おにぎり






穏やかな朝の光が、窓から差し込む。
ああ、いい天気だ。

すがすがしい気分は、壁の時計を見た瞬間掻き消えた。

やばい!寝坊した!
慌てて飛ぶように起き上がり、廊下を走り出す。
目指すは台所。
今日はさんというお客さんもいるし、姉上よりも早く起きて自分が朝食の支度をしなくてはと思っていたのに。
銀さんや神楽ちゃんはともかく、さんは姉上の卵焼きの破壊力に免疫が無いんだし。



廊下の向こう。
辿り着いた台所からは、楽しげな話し声。
あれ?いい匂い?

「あら、新ちゃん、おはよう」
「おはよう、新八君」
味噌汁の匂いがする鍋の前に立つさんと、後ろで食器を用意する姉上が振り返った。
「あれ?おはようございます」
「今日はさんが朝食作ってくれてるのよ」
ナイス!さん!助かった!
ていうか、助かったのはさんの方か。


食卓にはさん作の味噌汁に卵焼き、ふっくらとしたおにぎりがたくさん。
一通り並んだ頃に、神楽ちゃんが寝ぼけ顔で起きてきた。
相変わらず年頃の女の子とは思えない眠たげな渋顔で、大アクビ。
「おはよう、神楽ちゃん」
「うーす」
あれ。銀さんがいない。


「銀さーん。起きて下さい。朝食ですよー」
襖を開けると、銀さんは背中を向けて布団を被った。
あ、起きてる。
「バカ、おめー、爆睡中でバズーカ打ち込んでも起きなかったって事にしとけや!俺ァ、こんな爽やかな一日の始まりに毒物お見舞いされんのは御免なんだよ!」
「大丈夫ですよ。今日はさんが作ってくれましたから。心配いりません」
「…マジで?嘘ついてね?」
危機感を感じていたのは、どうやら僕だけではなかったらしい。
僕が、「本当ですって」と力強く答えると、銀さんはやっと安心顔で体を起こした。



「むおぉ!おにぎりアル!」
うれしそうに食卓に着く神楽ちゃん。
だるそうにアクビをしながら銀さんがその横に。
「中身違うから好きなの食べてね」
手を伸ばそうとした神楽ちゃんにさんが声をかける。
と、言ってもどれがどれだか。
「私、梅がいいアル」
「僕、鮭」
ええと梅と鮭は、と目で探すさんがその2つを示す前に、横から出てきた指が迷いなく1つをさした。

「梅、これ」
当たり前のようにそう言ったのは銀さんだった。
「こっちが鮭」
そんな銀さんを、さんが目を丸くして見つめる。
「えー。なんでわかるんすか、銀さん」

「海苔」
僕の疑問に答えたのは、銀さんではなくさん。
「海苔の巻き方が、違うの」
よく見ると、たしかに。
普通に全体を巻いたもの。
ふちだけをくるりと巻いたもの。
折り紙のお雛様の着物みたいに、かわいらしく巻かれたもの。
そうか、これで区別してるんだ。
銀さん、食べたことあるんだな。
しかも1度や2度じゃなく。

「へぇー、よく覚えてますねぇ、銀さん」
「バーカ」
ニヤリと笑う僕に銀さんは言い捨て、自分もおにぎりを一つ手にとる。
そして。
「忘れるわけねーだろ」
いつもと変わらぬダルい口調でそう言って、おにぎりにかじりついた。

その言葉にさんは、一瞬驚いた表情で銀さんの横顔を見つめた。
そしてすぐに、とてもうれしそうに笑う。
子供みたいな笑顔。
泣き顔のようにも、見えた。


視界の片隅では姉上が、そんな二人を見て微笑んでいた。

姉上のその微笑みが、少しだけ寂しげに見えたのは、僕の気のせいだっただろうか。