3.同じ釜のごはん



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陽も落ちてぼんやりとした月明かりが見え始めた頃。
僕らは揃って恒道館の門をくぐった。
玄関では、ちょうど仕事が休みだった姉上が、僕たちを笑顔で出迎えてくれた。
そして、一番最後に入ってきた綾さんを見て不思議そうな顔になる。

今日銀さんと神楽ちゃん連れて行きますね、とは昼間連絡しておいたのだが、そういえば綾さんのこと、話していなかったな。

「あら、新ちゃん。こちらの方は?」
「あ。えーと、銀さんの昔なじみの方で」
綾といいます。突然お邪魔して申し訳ありません」

僕が綾さんの事や職探しの事を簡単に説明すると、姉上にもすぐに笑顔が戻った。
「そういうことなら、遠慮しないで、ゆっくりくつろいで下さいな。普段は2人だから、にぎやかだと楽しいわ」
ありがとうございます、と丁寧に頭を下げて玄関から廊下へと上がる綾さん。
銀さんは姉上に「ワリーな」と、小さく片手を上げ、その後に続く。
さらに続こうとした僕の袖口を、姉上が引っ張った。

「新ちゃん。綾さんて、もしかして銀さんの昔の彼女?」

さすが姉上。察しが早い。

「いえ、僕もよくはわからないです。2人とも何も言わないし」
「いいえ、あの感じは怪しいわ。女のカンに間違いは無いわ」

いや、男のカンでも、そう思うんですけどね。






夕食は、みんなで鍋を囲んだ。
お世話になるから、と綾さんが材料を買って持ち込んでくれたのだ。
これから新生活を始めようとしている人におごってもらうのは気が引けたんだけど。
どうしてもと言ってくれたので、心からありがたくその好意を頂くことにした僕ら。

「銀ちゃん!その鶏団子は私のモノヨ!大人しく返すアル!」
「知りません~。名前なんか書いてませんでしたァ~」
「やめてくださいよ、2人とも。鶏団子くらいで情けない」
「新八ィ。俺の目をごまかせると思ってんのか?おめーが白菜の下に隠して鶏団子2つキープしてんの俺ァ知ってんぞ」
「見抜いていたとは…さすが銀さん。でも、コイツは渡しませんよ」
「新八!汚いネ!お母さんお前をそんな子に育てた覚えないヨ!」
「うん、育てられてないからね」

「あなたたち。いい加減にしないと、団子にして鍋につっこみますよ?」
姉上の笑顔の最後通告に、全員「すんませんでした」と大人しく鍋をつつき出す。

その様子を見ていた綾さんがクスクスと笑った。
「4人ともなんだか、家族のように仲が良いのね?」
「いえ、別に仲良しとかそんなんじゃないですけど…ねぇ?銀さん」
なんだか『家族』という言葉に照れ臭さを感じて。
うまく答えられないまま隣の銀さんに視線を送ってみたが、彼は黙って首筋を掻きながら鍋を見ているだけ。

「同じ釜のメシを食べたら、みんな家族みたいなもんアル」

銀さんの器から奪った鶏団子をモグモグする神楽ちゃんが、ぶっきらぼうな口調で、けれど当然のように言い放った。
今まさに、同じ釜のメシを食べている僕ら。
そう、それは今日初めて会った綾さんも。

神楽ちゃん、綾さんの事、気に入ったのかな。

「ありがとう」
綾さんは、とてもうれしそうに、神楽ちゃんに微笑んだ。

そんな綾さんを見る銀さんの目は、いつもより少しだけ優しくて。
でも、いつもより少しだけ哀しい。
ように、見えた。

もしかして、銀さんは、まだ。
いや、銀さんも、かな?




「神楽ちゃん、綾さんの事気に入ったみたいだね」

夕食後。
コタツでテレビを見ている神楽ちゃんに、小声で尋ねてみた。
「出稼ぎ仲間アルからな。後輩の面倒は先輩が見るものヨ」
「頼りがいあるじゃない、先輩」
笑った僕とは目を合わせずテレビに視線を向けたまま、神楽ちゃんは「それに」と付け足した。
「なんか、綾、いい匂いするアル。マミーみたいな」
なんとなく、神楽ちゃんの言葉の意味は伝わった。

そうだね。
なんだか、柔らかい空気を持った人だよね。