2.歩幅とマフラー






並んで歩くと、さんの杖は軽く引きずる左足を支えているらしいことがわかった。

僕の視線に気付いたのか、さんと目が合う。
やばい、失礼だよな。

「本当は大げさなの、杖なんて。無くても歩けるのよ?でも長く歩くと疲れてしまうから」
僕の失礼なんて気にしていない風に、さらりと言うさん。
職探しだから、杖、隠しておいたほうがいいかしらね?
なんて、冗談めかしたりして。

感じのいい人だな。
この人が、本当に銀さんと?

当の銀さんは、先に立ち、いつものようにダラダラと空を見上げながら歩いている。
後ろの僕たちの事なんて。
素知らぬような顔で。
でも、その歩幅はいつもよりもゆっくりで。
すぐにわかる。
そう。さんに合わせているんだってことが。
まるで、そうして一緒に歩いた事が、過去にもあったかのように。
まるで、後に着いて来る杖の音に、じっと耳を澄ませているかのように。
決して付かず離れず。
振り返ることもなく。




甘味屋。ファミレス。コンビニに呉服屋。
銀さんの顔のきく店を何軒か回ってみたけれど、一向に仕事は見つからなかった。
どこもかしこも不景気で、職を欲しがっている人はたくさんいる。
店側も余分に人を増やす余裕は無いし、さんを紹介する以前に断られてしまうのだ。

「世の中そう甘くないネ。出稼ぎはビターでデンジャラスなこといっぱいヨ。私のようにアクティブに職を求める姿勢が足りないからこうなるアル」
ふふん、と胸を反らす神楽ちゃん。
アクティブに職を求めた、って、相当強引に万事屋に転がりこんで来ただけなのに、何を勝ち誇っているんだか。

「神楽ちゃん出稼ぎなの?若いのに大変」
「そうネ、私は出稼ぎの先輩アル。主任とよぶヨロシ」
「いや、なんで主任?もっとエライ人たくさんいるでしょ」

僕のツッコミに神楽ちゃんから「一番ツライ現場を取り仕切るのは主任くらいの感じネ」とよくわからない根拠が返ってくる。

「主任、大丈夫?銀時の所でちゃんと稼げている?」

あ。おっとりした感じで意外とハッキリ言うんですね、さん。

「どーいう意味だ、コラ。しばき回しますよ?」
さんの台詞に、それまで言葉少なだった銀さんが振り返った。

「ごめんなさい。つい、イメージが」
「いや、だから俺のイメージどんなイメージ?」
「銀ちゃん、酢昆布以外の給料くれたことないヨ。それどころか、私があまりに魅力的な美人秘書だからって、上司と部下という一線を越えようとしてくるネ。日々セクシュアルハラスメントアル」
「そうなの?困った人ね」

神楽ちゃんのあること無いこと話に、真顔で答えるさん。
当然銀さんは顔をしかめる。

「そうなの?じゃねーんだよ、おめーはよォ」
「お縄もらうより侍なら潔く切腹かしら。ねぇ?」

穏やかな口調と表情で。
神楽ちゃんのノリに振り落とされる事無く、ごく自然に着いて来るのだから、さん、恐るべし。
銀さんは、「いや、お前どこまで本気かわかんなくてこえーんだけど」と、そんな彼女に引きつり笑い。
冗談よ?と笑い返すさんは、なんだか少し楽しげで。
当然だろ、と前を向き直す銀さんも、なんだか少し満更でも無さそうで。
さっきまで不機嫌だった神楽ちゃんも、「、なかなか話わかるアル」とちょっぴり心を許し始めている様子。

なんか最初の気まずい空気、ちょっとだけ無くなってきただろうか。




そうこうしているうちに、一度やんでいた雪がまた降り始めた。
冬の風が4人の間を通り抜けて、粉と散る雪に景色が白く染まり出す。

「寒っ。陽も落ちてきたし、冷えてきましたね」
「今日はもう無理だろ。明日また出直そすとしようや」

この天候の中、一番寒そうなのはさん。
僕らはマフラーとか冬っぽい装備しているけれど、彼女は何も無い。
田舎の方は暖かい所だったらしいから、今日来て江戸の冷え込みに驚いたんだとか。

さん、今日はどうするんですか?泊まる所とか」
そういえば何も考えていなかったことに気付いて尋ねてみる。
「駅の方に宿があったから、これから行ってみるつもり」
「それなら、うちの道場泊まってくださいよ。部屋あるんで。ていうか、銀さんも神楽ちゃんも、今日はうち泊まりましょ」
「ああ?なんでだよ。なんでお前んち?なんかサプライズなもてなしでもしてくれんの?」

訝しがる銀さん。
知らない顔の神楽ちゃん。

「いや、万事屋でもいいんですけど。神楽ちゃんが蛇口壊しちゃったから、今晩、風呂使えないですよ」
「はァァ?!お前、まーたやってくれちゃったの?!この前直したばっかだろーが!優しく扱えって言ったろーが、優しく!」
「奴が弱すぎるネ。ちょっと強く言ったくらいで折れちまう軟弱な現代っ子に会社は付き合ってらんねーんだヨ」
ふーっとため息をつきながら首を振る神楽ちゃん。
また、どこで覚えてきたセリフだか。つーか反省してないね、全然。

「おめーみてーな横暴上司のパワハラにあえば、どんな屈強な奴でも折れんだよ。法廷で泣きを見るのはお前だよ」
銀さんもふーっとため息。

「だから、今夜はみんなでうち来ていいですから。体冷えてるのに温まらないと風邪ひいちゃいますよ」
「でも私まで。ご家族に迷惑がかかってしまうから」
「いいんですよ、さん。うちは姉上だけだし、気使う必要ないですから」

でも、と言うさんの肩をポンとたたく手。銀さんだ。

「オラ、いーからさっさと行くぞ。こんなとこで立ち話してたら余計冷えちまわァ」
そう言って、さっさと踵を返して歩き出す。が、急に立ち止まって。
「つーか、お前寒くね?」
そう言うなり、自分のしていた赤いマフラーをさんの首にぐるりと無造作に巻きつけた。
そして、何事も無かったかのように再び歩き出す。


「ありがとう」

先を行く銀さんの背中に、ポツリと言うさん。
その、ためらうように小さな声が、冷たい風に邪魔されず彼に届いているのか。僕にもわからないけれど。
でも、ぐるぐるマフラーに埋もれたさんの顔が、少しだけマフラーと同じ色に染まっているのは、わかった。
それは、寒さのせいだったのだろうか。


やっぱりゆっくりめの歩幅と、マフラーの無い首元。
それが、いつもと少しだけ違う、銀さんの証。