除夜の鐘が、もうすぐ108つ。 きっと誰もが少しばかり感傷的になる時間。 そんな気持ちを増すように、柔らかな雪が空を舞い始める。 「街が全部見える」 がうれしそうに、神社を囲む低い柵に手をかけた。 この神社は高台にあるので、街全体がよく見える。 俺には見慣れたネオンでも、まだ住んで間もないには、飽きない光景らしい。 「万事屋どの辺かしらね?」なんて、楽しそうに俺を振り返りながら眺め続ける。 新八と神楽は団子やら豚汁やら、食べ物の屋台に夢中。 その一方では何故か、お妙がストーカーゴリラと甘酒を飲んでいるという、信じられない光景が繰り広げられている。 「銀時、今年はどんな年だったの?」 から、突然、そんな質問。 「何そのベタなインタビュー」 「だって、冬の間の事以外は何も知らないんだもの」 「…どんなって別に。相変わらず金ねーし、ロクな仕事来ねーし、糖分足りねーし」 でも、一つだけ、相変わらずじゃねェこと。 「ま、雪も悪くねーとか思えるようになったのが、今年の成果ってとこかね」 いつも雪は、置き去りにしたままの心を疼かせるだけのものだった。 でも、今こうして見上げる雪空は、素直に綺麗だと思えるから。 10、9、8、7 どこからともなく、カウントダウンが聞こえ始めた。 幸せを願い、口々に叫ぶ人々。 新八に神楽。お妙や近藤もそれに混じっている。 3、2、1 『ゼロ』と同時に空から大きな破裂音が響いた。 新しい年を祝う、花火。 隣のの肩が、ビクリと跳びはねた。 江戸の空に次々咲く花に歓声を上げる人々とは裏腹に、は下を向く。 柵にかけられた手は、小さく震えていた。 昔と変わらず、こんな音は苦手らしい。 あの日の爆発音を、耳が忘れていないのだろう。 そして体が勝手に反応するのだ。 俺は震えるの背後に立つ。 その頭の上で手を組み、顎を乗せると、の耳は俺の両腕の間にすっぽり隠れた。 傷は消えない。 体からも、心からも。 だから、俺は、こいつの耳を塞ぐ。 記憶を揺さぶる音が少しでも遠ざかるように。 雪と光が舞う冬空だけが、こいつに届くように。 俺の腕の間で、がゆっくり顔を上げた。 空を見上げる。 「冬の花火もオツじゃね?」 塞いだ腕の隙間から囁くと、の頭が小さく頷く。 その震えはもう、止まっていた。 「綺麗」 そう言ったの頬に、俺の額に。 雪は次々と落ちて、溶けた。 雪の頃、思い出すのが、例えばこんな空の花や、みんなで過ごす大晦日や、再会の日の初雪であるように。 ただ、願い続ける。 消せない記憶の上に降り積もる雪のように、こんな毎日が続いていくことを。 冷たい冬の空に、願い続ける。 そして、やがて来る、春を待つのだ。 雪の頃、思い出す END |