14.気まぐれ



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鐘の音を聞きながら、境内の端にあるベンチに腰を下ろした。
ほんの少し喧騒から離れた、静かな場所。
向こうでは、新ちゃんを巻き添えに神楽ちゃんがおみくじにネバーギブアップ。
銀さんたちもそれを眺めている。

その光景からそらした目線を、にぎやかな人波へ向けた。
無料でふるまわれる甘酒でほんのり顔を赤らめた人達が、楽しげに通り過ぎる。
と、不意に聞き慣れた声に名を呼ばれた。

「お妙さんじゃありませんか!」

また、来た。
うんざりと振り返る。
ゴツイ顔の男が嬉しそうに走り寄ってくるのが見える。
「近藤さん、警察の方はお暇なんですね。大晦日だというのに」
イヤミたっぷりに言うが、めげないのがこの男。
「いやぁ、やっぱり一年の幸せを参らなくては良い年を迎えられませんからね!」
笑いながら、誘いもしないのに人の隣に腰かける。
こんな無神経な人に付き合う気分ではないというのに。
無視を決め込もうとすると、近藤がこちらを覗きこんできた。
「お妙さん、大丈夫ですか」
意外な一言に、ついそちらを見た。
心配そうな顔。
「大丈夫って、何がですか」
「いや、元気が無いように見えたんで」
「別に大丈夫ですし、元気が無くてもあなたに相談する言われはありません」
相当冷たく言ったつもりだが、近藤は「ならいいんですが」と優しい口調。
おかしな人。

「さっき、向こうで万事屋の野郎を見かけたもんですから」
急な言葉に、驚いて近藤を見た。
銀さんを。
なら、当然隣で彼の腕をとる人も。

でも、2人を見かけたから何だと言うのだ。
だから私が元気が無いと思った、とでも言うの?
もしかしてこの人は、私の気持ちを、知って?

「お妙さんが元気なら、それでいいんですよ」
安心したように、彼は笑った。
そしてそれ以上の事は何も言わなかった。

誰より鈍感そうなクセに。
日頃私がどれだけ迷惑しているか考えもしないで突進してくるクセに。
そんなところだけ、敏感なのね。
腹ただしいが、少しだけ、救われたような気がした。

「お妙さん、よかったら飲みに行きませんか?二人の新年に乾杯しましょう!」
「結構です」
即答に傷付いた顔をする近藤。
ベンチから立ち上がり、振り返らずに言葉を加えた。
「そんなことより、寒いので甘酒1杯付き合って下さいな」
驚いたように押し黙ってしまった近藤に構わず、『甘酒』と書いたのぼりの方へ歩く。

背後で「喜んで!」と叫ぶ声が聞こえたのは、ややあってから。



今日は大晦日。
一年の最後くらい、こんな気まぐれも悪くないかもしれない。
そう、思った。
ただ、それだけのこと。