13.願うことは






冷たい夜の空気。
凛と張り詰める冬の空。
人々はみな白い息を手に吹きかけ、寒いとぼやきながらも、どこか幸せそうに道を行き交う。

今日で、今年も終わり。
誰もがみな、思い思いに1年を振り返って、新しい年の幸せを願う日。




「なんでこのクソ寒ィのに揃って出歩かなきゃならねーんだよ」

夜道をだらだらと歩きながら、銀さんがボヤいた。
万事屋メンバーとさんを招いた志村家の大晦日。
締めはもちろん初詣、と私が誘った時、銀さんは心底面倒臭そうに顔をしかめた。
新ちゃんと私にとっては毎年恒例の初詣。
神楽ちゃんは「神様に1年ガンバレと活を入れるネ」とノリノリだし(銀さんに「お前ががんばれよ」とツッコまれていたけれど)。
さんも、「初詣なんて久しぶり」と笑っているし、結局反対派は銀さんだけなわけで。
諦めた様子で「ハイハイ」と神社へと向かいながらも、その表情は、いかにもダルそう。

「いいじゃないですか。年に一度のお参りなんですから」
私が言うと、銀さんはやれやれとばかりにため息をついた。
「おめーら、こーいう時だけ神頼みってよォ、俺が神様なら、アレだね。キレんね。あんま舐めてんじゃねーぞコラ、って」
「パチンコ行く時だけ『頼む、神様!』って手合わせる人には言われたくないんですけど」
「わかってねーな、新八ィ。俺が手ぇ合わせんのはギャンブルの神様のみよ。俺ァ人生という名の賭場を生きてるからね。おめーらと信心深さの格が違うからね、コレ。神様だって微笑みかけてくれるに決まってんだよ」

「微笑まれたこと、あったかしら」
うーんと真顔で、銀さんの隣を歩くさんが悩む。
「あ、やっぱり、昔からなんすね」
呆れ顔の新ちゃん。
「オイオイ。何言ってくれちゃってんの?忘れてんだよ、お前。めっさあんだろーが、コラ」
不服げに銀さんはさんをにらむ。

『銀さんとさん、うまくいったみたいですよ』と、新ちゃんからは聞いていた。
でも2人を見ていると、うまくいったというより、あるべき場所にお互い戻ったのだと思えた。
最初の頃のような、不自然な距離感はもう無い。
当たり前のように、今までずっとそうだったかのように、並んで歩く姿。

やっと許し合ったのだ、2人は。
互いの隣を歩き続けることを、自分で自分に許し合ったのだ。





神社の境内は、人波であふれていた。
こんなに人が来るのは、夏祭りと今日くらいか。
銀さんの「俺が神様ならキレる」発言も、こう見るとわからなくはない。
新年を待つ時間を刻むように、除夜の鐘が冷たい空気を震わせる。

「これで銀ちゃんの煩悩だらけの頭も少しはマシになるネ」
「それを言うならおめーだろ。鐘の代わりに叩いてもらって来い。酸っぱい頭がマシになんぞ」

人の流れの中、肩をぶつからせながら歩いていると、コツンと後ろで金属音がした。
さんの杖が倒れた音。
すれ違う人とぶつかった時に手から取り落としたのだろう。
拾おうと手を伸ばしたさんよりも、私よりも早く、杖を取った手。
銀さんだ。
銀さんは拾い上げた杖をさんには渡さずに、左手に持ち返る。
そして、不思議そうなさんに、杖の代わりに「ん」と自分の右腕を差し出した。
「人ごみじゃ使いずれーだろ。こっちにしとけ」
返事の代わりにさんはにっこりと笑う。
もう、あの哀しい笑顔じゃない。
そうして銀さんの腕に手をかけたさんは、杖を持つよりもずっと歩きやすそうに見えた。

「姉上?どうかしました?」
ぼんやりと2人の背中を見ていると新ちゃんに肩を叩かれた。
「気分でも悪いんですか?」
「ううん。なんでもないわ。お参りしましょ」
心配げな新ちゃんに微笑む。

大丈夫、私は。
この、気付いてから日の浅い想いは、今ならまだ引き返せるから。
さんなら、あの2人なら。心から良かったと思えるから。
誰にも言わず、気付かれず、しまったままでいられる。
大丈夫。




「銀ちゃーん、おみくじ引こうヨ」
お参りが終わった途端、神楽ちゃんが言い出した。
「んなもん引いたってロクなことねーぞ。凶とか出りゃネタにもなるけどよ。大抵、末吉とか出てリアクション取りにくい、しょっぱーい感じで終わんだよ」
「何回でもチャレンジしたらいいネ。大吉出るまでネバーギブアップの精神ヨ」
「何、そのおみくじの基本ルール無視した精神。もはや何へのチャレンジかわかんねーよ」
銀さんに言ってもムダだと悟ったらしい神楽ちゃんは、新ちゃんを連れておみくじの方へ走って行く。
が、すぐに戻ってきて「も行こうヨ」と、その手を引いた。
銀さんがそうしたように、今度は神楽ちゃんがさんの杖代わり。
そして「アネゴも行くアル!」と私を呼ぶ。

「はしゃぎやがってよー。あいつら」
3人の背中を見ながらさんの杖をブラブラ揺らして歩く銀さんを、私は振り返った。

「銀さんは、さっき何をお参りしたんですか?」
なんとなく気になっていたことを聞いてみる。
「あー?俺ぁアレだよ。お前らと違って欲深くねーから、いたってシンプルなもんだよ」
「シンプルなんじゃなくて、適当、の間違いでしょう?」
一番強欲なくせに何を言っているんだか。この人は。
「うるせーな、いんだよ。年の瀬参りなんざ『みんな幸せでいい年になりますよーに』的なことで」
面倒くさそうに言う銀さんの言葉に、足を止めた。
不思議そうに銀さんも立ち止まる。

「みんな、って、私も入っていますか?」
「は?」
「銀さんが幸せを願う大切な人たちの中に、私も入っていますか?」

何を言っているんだろう、私は。
こんなこと、聞くつもりなんてなかったのに。
こんな質問、彼はきっと笑う。
それよりも、カン付かれてしまっただろうか。

少し黙った銀さんは、笑いはしなかった。
ただ、まっすぐこっちを見て、一言。

「あたりめーだろーが」

そう残して、また歩き出した。

当たり前、か。


ありがとう。
私は、それだけで十分。