12.泣き疲れて眠るまで
3度目に冷やし直したタオルを額に乗せた時、その俺の手を、熱い左手が掴んだ。 やべ、起こしちまった。 「銀時?」 熱でとろんとした目を空にさまよわせ、が口を開く。 確かめるように、探すように。 夢うつつの眼差しのまま、俺の手を離さない。 「いるって、ここに」 俺はその手を握り返した。 やっとこっちを見たは、ホッとしたような顔で微笑んだ。 『おかえり』。包帯だらけでそう言った、あの日の表情が重なる。 「ほんとにいた」 「いんだろ、そりゃ」 「いつもは目が覚めたらいないんだもの」 「つーかそれを言うなら、いなくなったのお前だろーがよ」 じっとこっちを見るに一言。 それは、再会してから避けていた、過去の話。 「そっか。そうね」 ごめん、とつぶやく。 消え入りそうにか細い声で。 「ま、そうさせちまったのは俺だわな」 何か言おうとするを、俺は「具合どうよ」と遮った。 「だいぶいいみたい。薬効いたかな」 「痛みねぇのか?」 「うん。大丈夫。新八君と神楽ちゃんは?」 「あー。お前んちのドア直しに行ってる。ついでに薬も取ってこいって言ってあっから」 他に何かほしいものを聞いてみると「大丈夫、気にしないで」との返答。 「変わんねーな、お前」 「何が?」 「大丈夫。気にしないで。っつー口癖」 突然の俺の指摘に、は黙る。 困ったような、驚いたような顔で。 「もういいからよ」 「?」 「もう、大丈夫とか言うな。俺に」 「でも」 「でもじゃねーの」 続けようとした言葉の先を遮って。 戸惑うように俺を見つめる目を、睨み返した。 「惚れた女の心配して何がワリぃっつーんだよ」 が、目を丸くする。 つないだ手を離して、の着物の袖口へ。 指を這わせると、手首に覗く火傷跡。 記憶を辿るように、その傷をなぞる。 「あ゙ー。俺ァやっぱ、ごちゃごちゃ考えんの性に合わねぇわ」 空いている手で、吹っ切るように頭を掻いた。 こいつがどう思ってるか、とか。 どうするのが1番こいつのためになんのか、とか。 ごちゃごちゃもういい。 もう無理。 頭パーンてなるわ。 「つーか、俺の前にもう一回現れちまったお前がワリぃ。諦めろ。黙って心配されとけ」 その言葉に、見開いたままのの目から涙が浮かんだ。 透明に浮かぶ粒は次から次へと溢れて落ちる。 慌ててごしごしと目をこするが、漏れ出す嗚咽は止まらない。 まるで、叱られた子供のように。 あーあーあー。 やっぱ変わんね、こいつ。 普段は大人ヅラして、自分の中に溜め込んで、笑って。 だからこそ、一度タガが外れるとこうだ。 ガキみてぇに、泣き虫になる。 顔を覆う両腕を開かせ、を布団から抱き起こす。 まだ熱い体をあぐらの上に抱えて、涙でぐちゃぐちゃの顔を腕の中に閉じ込めた。 「バーカ」 我慢しすぎなんだよ、お前は。 いつだって。 しゃくり上げながら、途切れながら、は俺へと言葉を絞り出す。 傷付いてほしくなかった。 縛りたくなかった。 だから、離れた。 でも本当は、側にいたかった。 会いたかった。ずっと。 ごめん。勝手で。 ごめんなさい。 後はただ、俺の胸に顔を押し付けて、泣き続けた。 本当に。バカだろ、お前。 そして、俺も。 「謝る必要なんかねんだよ」 抱きしめる腕に力をこめた。 「お前のこと背負うとか、責任とるとか。んな大層な考えねーんだから、俺ァ」 誰かのために、なんて、そんなボランティア精神持ち合わせちゃいねぇ。 だだ、もう離れんのは御免。 それだけ。 「俺は今までもこれからも、側にいてぇ奴の側にいるし、護りてぇもん護る」 だから、もう、ここにいろ。 濡れた頬を両手ではさみ、自分の方を向かせる。 俺の最後の一言に、は泣き顔のまま小さくうなずいた。 「ひでー顔」 着物の袖で涙を拭う。 そして、熱で乾いた唇に少しだけ、唇で触れた。 後はただ、腕の中に閉じ込め続けた。 やっと戻ってきたこいつが、ここで泣き疲れて眠るまで。 「銀さーん、ドア直りましたよ。あとこれ、薬と冷えピタ…」 そっと襖を開けて顔だけ覗かせた新八が、俺と、俺の膝の上で寝息をたてるを見て、固まった。 「あんたら、僕たちが寒い思いして作業してたっつーのに、何イチャついてんすか」 若干の怒りオーラを漂わせる新八。 「えーと、アレだ。組体操?」 「いや、無理あるから」 「だってお前が、銀さんその方が似ー合ーうー、とか言うからよー」 「そこまでしろって言ってないし!つーかなんでギャル口調?!」 どうしたアルー?と玄関の方から近寄る神楽の声に、新八は襖を閉める。 少しだけ呆れたように、でも安心したように笑いながら。 新八、銀ちゃんとは? あー、いいのいいの放っといて。ていうか、もう、大丈夫だよ。 襖の向こうの声を聞きながら、俺は膝のに布団をかぶせた。 しっかりと俺の着物を掴んだままの手を握り、布団ごと抱きしめ直す。 腕の中の熱を、もう二度と逃さないように。 しっかりと。 |