10.ただ、それだけ






窓の外には、今日もはらはら雪が舞う。
冷たく染まる景色とは反対に、体は、不快な熱に苛まれる。


痛い。
左半身が痛い。

震える手で薬を口に流し込み、寝床に倒れ込んだ。
苦しい。
体を鈍い痛みが這う。
なんて、嫌な感触。

こんな事は初めてではない。
時々こうして、とっくに塞がったはずの古傷は疼いて暴れ出す。
ただ単に新しい生活の疲れが出ての事なのか。
あの時の痛みの記憶を体が不意に思い出すのか。
自分でもよくはわからない。
ただわかるのは、この痛みも熱も、じっと過ぎ去るのを待つしかないという事。
そうしてこれまで、やり過ごしてきた。
だから今日も同じ。
一人でじっと、待つのだ。
雪が溶けるように、消えてなくなるのを。
ただ、じっと。



少しだけまどろんで、また目が覚める。その繰り返し。
浅い眠りの狭間で、昔の夢を見る。
眠りに落ちることすら、怖いと思う。そんな夢。

喉、渇いたな。

体を起こして、ゆっくりと台所へ向かった。
いつも以上に言うことをきかない左足をどうにか前に進めながら。
壁づたいにノロノロと熱い体を引きずる。
ようやく冷蔵庫の前まで来た時、不意に眩暈に襲われた。
視界がぼやけてその場に座り込む。
そのまま冷蔵庫にもたれると、ひんやりとした感触が背中に伝わった。
立ち上がる気力もわかず、そのまま再びまどろみかける。

眠りたくはない。
眠るのは、イヤ。

おぼろげな感覚の中に入り込むように、何か、遠くで音が聞こえた気がした。
…インターホン?
誰?

激しくドアを叩く音が続いて、落ちかけていた意識が覚まされた。
誰?
立ち上がろうとしたが、うまく体を動かせない。

!オイ!いんだろ?!」

声の主が誰なのか、すぐにわかった。
どうしてここに。
呼ぶ声に答えなくてはと口を開きかけた時、ドアを叩く音が止まった。
そして、一際激しい音と共に、どかどかと大きな足音が響いた。
部屋の中に顔を出した彼は、冷蔵庫にもたれた私を見つけるなり、いつにない慌て顔で駆け寄ってくる。

「大丈夫か?!オイ!」
「銀時?どうして?」
答えた私に、とりあえず安堵の色を浮かべて。
「どうして、じゃねーだろーが。具合ワリぃんなら呼べや、すぐに。気ィ使い過ぎなんだよ、おめーは。昔っから」
怒ったように顔をしかめ、私のおでこに触れた銀時は、「熱っ」と小さく漏らす。
「体、痛ェの?」
「少し。でも、大丈夫。薬飲んだから、もう効いてくる、はずだから」
途切れる言葉に、「大丈夫じゃねェだろ、全然」と彼は溜息をついた。


本当はこんな姿、彼には見せたくなかった。
私が傷を負ったあの日の、怒りに染まった彼の目を、今も忘れない。
あの時あなたは天人に対してだけじゃなく、自分に対しても怒っていたでしょう?
あんなにも激しく自分を責めていたでしょう?
私以上に傷付いたのは、あなた。
もう、傷付けたくなかった。
自分が側にいることで、いつまでも消えない傷跡を見せつけることで、あなたを縛りたくなかった。
だから、離れた。
それなのに。
結局自分から、もう一度側に来てしまった。
仕事を探すという理由のつもりで、でも本当は、いつか会えることを望んでいた。
再会を喜んでほしいと、心のどこかで願っていた。
本当に彼を想うのなら、あのまま会わずに、忘れたままでいてくれる事を願うべきだったのに。
すべては、私の勝手。
結局こんな姿を見せて、心配をかけて、彼を無言で責めている。
本当なら、もう別に好きな人がいるのかもしれない。いて当然。
なのに、私が近くにいれば、彼はこうして手を出さずにはいられない。そんな人。
わかっていたはずなのに。

ずるい、私は。

「ごめん、ね」

涙が一筋こぼれてしまった。
会ってから、我慢していたはずだったのに。
熱のせいだと、そう思ってくれることを願った。

銀時は、黙ったまま私の涙を親指で拭うと、自分の着ていた半纏を私の肩にかけた。
ふらつく体は彼の両腕に抱き上げられる。
雪の中を来てくれた銀時の冷えた体が、熱から自分を護ってくれているように心地よかった。

「どこ行くの?」
そのまま寝床ではなく玄関に向かおうとすする彼に尋ねる。
「ドア蹴り壊しちまったからよー。とりあえずアレだ。うち行くぞ」

え?ドア?

確かに玄関のドアは外れて倒れ、冷たい風と雪が吹き込んでいる。
さっきのすごい音はこの音だったらしい。
後で新八でも直しに来させっからよ、と言いながらそのまま外へ。
さりげなく風向きに背を向けて、私をかばいながら。

「捕まっとけよ。すぐだから」
バイクの後ろに座らせた私の手を自分の腰にしっかりと回らせて、銀時は走り出す。

私は彼の広い背中に頬をつけた。
銀時の匂いがする。
変わらない匂い。
回した腕に力をこめた。
私にもう一度、この手を離す勇気があるんだろうか。
本当はあの時も、今も、同じ。

離したくない。
離れたくない。
ただ、それだけ。

それだけだったはずなのに。


銀時の片手が、私の手に重ねられた。
回した腕が離れないよう、しっかりと。