1.再会






濁った空気や下品なざわめきすらも凍りつかせて。
初雪の空は江戸の街を包み込む。
柔らかな姿の中に、突き刺すような冷たさを隠して。
冬の欠片は誰しもの頭上に舞い降りる。

背中を丸めてそんな空から逃れようと、いつもより足早に通りを行き交う人々。
買い物袋を片手に店を出ると、自分の歩みもいつしか人波と同じ速度になっている。
ただ、この冷たさを溶かしてくれる、暖かな部屋を目指して。






「銀さーん」

万事屋の前で階段を上ろうともせず立ち尽くしている白い着物の後ろ姿が目に入り、僕は歩きながらその名を呼び掛けた。
雪がふわふわと舞い降りて、頭が真っ白。
いや、それはいつもか。

銀さんの背中は、動かない。
どうしたんだろ。
声を掛けるのを諦めてその横に並ぶと、銀さんの視線の先に人がいる事にようやく気付いた。
雪の街並に滲んで、消え入りそうな姿。
その左手で鈍く光りながら小さな体に寄り添っている銀色の細い杖が、持ち主以上にその存在を主張しているかのようで。
僕は2〜3度瞬きをして目を凝らした。

「あの。銀さん?」
「んだコラ、新八。驚かすんじゃねーよコノヤロー」

真横で呼んだ僕の声にようやく気付いた銀さんは、無意味に逆ギレしながら肩をすくめる。

「えっと…あの人、知り合いですか?」
「あ〜、まぁ、昔の」

…昔の、なに?

それ以上は語ろうとしない銀さんの横顔が見る先を、もう一度目で追う。
コツコツと杖の音が僕らの方へと近付いて来る。
立ち止まったその人は、まっすぐに銀さんを見て、それから僕を見ると、小さく頭を下げた。

どういうことすか銀さん。
別ぴんさんじゃないですか銀さん。

「…久しぶりね?銀時」

柔らかく微笑んで、彼女は銀さんを見上げた。

「お前、なんでここにいんの」

いつもどおりの動かない表情と死んだ目。
でも銀さんの声に多少の動揺を僕は聞き逃さない。


「銀ちゃーん、新八ぃ。何してるネ」
呼ばれた声のする方を見上げると、留守番をしていた神楽ちゃんが万事屋の窓から顔を出していた。
何してるのか、と聞かれると…何してるんだろうね、コレ。

「えーと。あの、なんか、立ち話もなんだし、上がってもらったらいいじゃないですか、銀さん」

僕が小突くと銀さんは、「あー?おー」とかなんとか、よくわからない返事。
何、その煮え切らない感じ。

「ごめんなさい、いいの。偶然通りかかっただけだから」
申し訳なさ気に僕に手を振った後、それじゃあ、と、踵を返そうとする彼女の笑顔は、何故だか寂しそうで。
「あの、ちょっ…」
口を閉ざしたままの銀さんの代わりに、つい訳も分からないまま呼び止めそうになる。


「二人とも何してるネ。誰アルか?もしかして客アルか?金ヅルアルか?」

そんな中、不思議そうに階段を下りて来た神楽ちゃんが、そんな事を言い出したので、つい、といった様子で彼女の足も止まる。
結局、玄関前に妙な空気を漂わせながらの大集合。

「あー、なんだ。ホラ」
それまで黙っていた銀さんが、少しバツが悪そうに頭を掻きながら、口を開いた。
「ま…久し振りだし。茶でも、すっか」

たったそれだけの台詞を、なんだか言い憎げに発した銀さんを、彼女は、遠くを見るような目で見つめていた。







ファミレスに並んで座る僕ら万事屋三人。
その向かいに、謎の女性。

銀さんは、僕たちに彼女を「昔のなじみ」とだけ紹介した。
名前は、
それ以上は聞いていいのか、よくわからない雰囲気。
と、いうより、聞きにくい。異常に。

「こいつらは今一緒に仕事やってる、ツッコミと酢昆布」

非常に投げやりに僕らを紹介する銀さん。
それに対し特に不思議がるでもなく、「はじめまして」と笑顔で返してくるあたり、この人も、さすが銀さんの知り合いといった感じ。

「いや、せめて名前くらいちゃんと紹介して下さいよ。僕らの存在感ってアンタにとって役割と食物?」
「そうネ。呼び捨てじゃなく酢昆布にはちゃんと様≠付けるアル」
「いや、そっち?ツッコミどころそっちなの?それでいいの?神楽ちゃん」

いつも通り銀さんと神楽ちゃんに僕はツッコむ。
が、普段これでもかと言うほどに返ってくる銀さんからの反撃は、来ない。
うん、あやしい。

ていうか、僕らは邪魔じゃないんだろうか。
さんが、「よかったら一緒に」と僕たちを誘うから。
いや僕らは…と空気を読んで断ろうとしたのも空しく、当たり前のように神楽ちゃんが2人にくっついて行ってしまったから。
結局それを追って、僕もノコノコ着いてきちゃったけれど。

「仕事って、『万事屋銀ちゃん』?看板見てもしかしたらと思ったけれど、本当に銀時の銀ちゃんだったのね」
何故だか嬉しそうに僕と神楽ちゃんを見ながら、さんが言う。

は銀ちゃんの昔の女アルか?しっぽりいった仲か?」

…おおおおおいィィ!!ソレいきなり核心つきすぎだろォォォ!
案の定神楽ちゃんは、隣の銀さんに思い切り平手で頭を殴られた。

「ちょっと『デリカシー』つー言葉を辞書で調べてこい、お前は」

とんだ無礼にもさんは、クスクスと笑っているだけ。

「何ヨ。銀ちゃんだって、いつもお昼のスクープショー見ながら、ズバリ誰とデキてんのかもっと核心を引き出すインタビューしろってボヤいてるアル」
「おめーはいつから芸能リポーターになったんだ。つーか、んなストレート通り越した質問誰もしねーよ。梨●リポーターでもしねーよ」

銀さんに、「いいから黙ってろ」と言われた神楽ちゃんは、ものすごく不満そうに口をとがらせた。

「そんな風に怒らないでもいいのに」
銀さんを嗜めた後、「ねぇ?」と神楽ちゃんに笑いかけるさん。
けれど神楽ちゃんは、
「同情じゃ家族は養えないネ。スクープの一つも撮れなくなったらリポーター生命終わりヨ」
と、言葉の内容はともかく、不機嫌であることだけは非常にわかりやすい態度でそっぽを向いた。
…どうやらよくわからないが、さんの事が、あまりお気に召さないらしい。

いや、違うかな。
気に入らないのは、さんじゃなくて。
僕らには立ち入れない訳ありの匂いがする、この2人の間の空気が気に入らないんだろうな、きっと。


あまり彼女の方を見ようとしない銀さんが、ようやく顔を上げ、何か言おうと口を開きかけた、その時。
「なんだお前達。偶然だな」
聞き覚えのある声がした。

「桂さん」

例のごとくエリザベスを引き連れて、僕らの席の前に立つ彼を見上げる。
…昼間っからファミレスに堂々とやってくる指名手配犯ってどうよ?

「ヅラ君?」
唐突にさんが、驚いた様子で桂さんを呼んだから、僕も驚いた。

「ヅラ君じゃない、桂だ。 って、ではないか!」
そして桂さんも。
いつに無く大きな声を上げて、彼女を見る。

「…桂さんもさんと知り合いなんですか?」
「ああ、昔な」

いや、だから、昔なに?
僕が尋ねるよりも早く、桂さんが先を続けた。

「攘夷戦争の頃、男ばかりの俺たち志士を何かと支えてもらってな。戦場には行かんが、も共に戦った俺たちの仲間だ」
「へー。そうだったんですか。だから銀さんとも知り合いなんだ」

やっと見えてきたつながり。
僕や神楽ちゃんが知る由も無い、過去のつながり。

「しかし何故江戸に?田舎の叔母上のところに行ったのではなかったのか?」
桂さんが、不思議そうに尋ねた。
「その叔母が亡くなったから、田舎を出てきたの。江戸で仕事を探そうと思って」
「…そうか、それは大変だったな」
「江戸も最近失業者であふれてっからなァ。仕事なんざ、そう簡単にゃ見つかるもんじゃねーぞ」
黙っていた銀さんが、そんな2人に口を挟む。

「銀時、お前が一緒に探してやれば良かろう」
当たり前のようにあっさりと、桂さんが銀さんに提案した。

「簡単に言うんじゃねーよ。んな、いい仕事ホイホイ転がってんなら長谷川さんにも紹介してるっつーの」
まぁ…たしかにね。

「それに」
銀さんがちら、と向かいのさんを見る。
探るような一拍の間。

「体、大丈夫なの?お前」
「大丈夫。もう何年たつと思っているの?」
さんは首を傾げて小さく笑った。

体?そういえば、杖使っているもんな。
昔何か、あったんだろうか。

「しばらく歩いて探してみるから大丈夫よ、ヅラ君。田舎に戻るよりはまだ、江戸の方が仕事あると思うの」
「…しかし」

しばし無言でパフェを食べていた銀さんが手を止め、ふぅと短く息を吐いた。
「相変わらず呑気な事言ってやがんなァ。おめーは」
「そう?」
「んな事じゃ、何日かかるかわかりゃしねーぞ」
「そうねぇ。そうかもね」

慌てる様子も無く、微笑む彼女を見て。
銀さんは眉間にシワを寄せながらバリバリと頭を掻く。
そして、
「しゃーねー。探すだけ探してみっか」
と、スプーンを置いた。

「大丈夫だから気にしないで?本当に。銀時だってお仕事があるんだから」
「バーカ。田舎もんが一人でウロウロしてたら、さらわれちまわァ。いーから初任給でなんかおごれよ、コノヤロー」

ぶっきらぼうだけれど、とても銀さんらしい台詞に、さんは、口をつぐんだ。
そして、ふっと、それまでのどこかしら硬かった表情を緩めるかのように、笑った。
それまでの寂しげな笑顔じゃなくて、心からうれしそうに。

この人、笑うと幼くなるんだな。



ファミレスからの帰り際、僕は気になっていた事を聞くべく、桂さんに耳打ちした。

「桂さん、あの二人ってもしかして昔…」
何が聞きたいのか、すぐに察したのだろう。
桂さんはちょっと黙り、
「俺から言うことでもあるまい」とだけ言って去って行った。

まぁでもその返答って、何かあるって事だよね。


と、いうわけで、本日の万事屋の仕事は、職探し。
さぁ、どうなる事やら。