めでたい






別に誕生日なんて今更、浮かれる程のビッグイベントだとは思っていない。

年齢を重ねた事を嘆くほどの歳でもないが、プレゼントやらパーティーやらを期待してワクワクするような歳でもない。彼女なんていないわけだし、胸ときめくような甘い記念日になるわけもない。
だから今日という日には、そもそも何の期待もしていないわけで。
カレンダーをめくって、ああそういえば今日だなぁと。ただそう思って、いつも通り淡々と1日を過ごせば良いわけで。
だけ、なんだけど。
だからと言って。
現在、8月12日夕方5時30分。
この時間まで、誰にも、何にも、一言も、それについて触れてもらえないっていうのは…どうなんだろう。そんな自分、どうなんだろう。

改めて今日という日を朝から辿ってみるならば。いつも通りの時間に起床。先に起きていた姉上が「新ちゃん、おはよう」といつも通りに笑って、卵焼きがメインの朝食を勧めてくる。そして、いつも通り万事屋へと向かう僕を笑顔で門まで見送る。
…って、あれ?姉上?なんか…なんか忘れてません?
いや、「いってらっしゃい」って。いや、そうなんですけど。いってきますけど。
姉上、今日も仕事で朝帰りですよね?日付が12日のうちに顔を合わせられるのって、朝だけですよね?
いつも通りって…え?あれ?忘れられてる?ひょっとして忘れられてる?
もやもや感を残したまま、いつも通りの時間に万事屋に到着。「おはようございます」。玄関を上がる頃には、もやもやは若干の期待へと変わる。
けれど、中にいたのは、やっぱりいつも通り二日酔いで布団に入ったまま起きてこない銀さんと、「ウース、今日も冴えないメガネアルな」と、いつも通り毒舌な神楽ちゃん。
その後、ようやく起きてきた銀さんはダルそうにソファでジャンプを眺めながら寝転がり。神楽ちゃんは定春を連れて公園に行ったり、帰ってきてワイドショーを見たりと、気ままにウロウロしている。僕はといえば、そんな2人に「少しは手伝って下さいよ」とブツブツ言いながら掃除をしたり洗濯したり。
そして、ふと気付けば、今。夕方5時30分なわけだ。
あまりにもいつも通り過ぎて、驚くんですけど。正直後半2〜3時間は、自分でも今日が何の日かとか忘れてたんですけど。



「…夕飯の買い物行ってきますー」
「酢昆布忘れんなヨ」
「俺ァ、アイスだな。コンビニで庶民的アイスとは別ポジに並んでるこってりパフェ系のやつ」
「何言ってんすか。そんな余計なお金あるわけないでしょ、2人とも」

ツッコミを入れて万事屋を出る。ふぅ。自然、溜息が漏れた。
いやいや別にね、いいんですけど。別に「おめでとう」とか言ってほしいわけじゃないですけど。
それにしても、誰一人思い出しもしないなんてどうよ。それって何?地味だから?僕が地味キャラだから?
…いや、だからって奴らに急に「新八ハッピーバースデー!」とか言われても怖い。そんなん、なんか裏がありそうな事山の如しだけど。
まぁ、所詮誕生日なんて、こんなものだよな。
普通の日だ。いや、期待がある分、普通の日よりタチが悪いかもしれない。
大体なんだって誕生日の僕が家事して買い物行って、おやつ買って来いみたいに言われて…。
そこまで考えて、ふと立ち止まった。
懐を探る。あちこち探る。あれ?
財布忘れた。
仕方無しに踵を返した。こういう日って何から何までこんな風に冴えないもんなんだな。
のろのろと万事屋の階段を上り、玄関へ。草履を脱いで廊下に上がろうとした時、襖の向こうから自分の名前が聞こえてつい動きが止まった。

「今日はいつも以上に新八がイラッとするアル。不快指数が高いアル」

神楽ちゃんの声に、額に青筋立つのがわかる。この上陰口かよ、チクショー。

「ああ〜?ま、メガネだからなァ」
「なんか腹立つアル。あの『祝ってくれ』ヅラが腹立つアル」

聞こえたぞコノヤロー、と乗り込んでやろうと思って出しかけた足は、再び止まった。
祝ってくれヅラ、って。

「ていうか、奴ごときの誕生日を覚えていた自分にイラッとするネ。なんか負けた気がするアル」
「ああ、そりゃ負けだね。なんか一声掛けてやらなきゃならねーような強迫観念にかられてる時点で負けだね」
「銀ちゃんだって負けアル」
「いや、俺ァ覚えてなんかねーから。全然忘れてたから。これっぽっちも負けてねーから。つーかお前、覚えてたんならとっととディア新八にハッピーなバースデーをトゥーユーしちまえばいーじゃねーか。なんか、その知ってるクセに言わない感じ、逆にイラッとすんだけど」
「いやアル。銀ちゃんがトゥーユーすればいいネ」
「俺のトゥーユーは新八ごときにくれてやれるトゥーユーじゃねーんだよ。そう簡単に俺のトゥーユーが拝めると思うなよ」

なんの会話なんだよ、一体。
押し付けあわなくていいから、さらっと言えよ。トゥーユーしろよ。
てういか、なんなんだよ。
覚えてるんじゃないか。2人とも。ちゃんと。

「銀ちゃん」
「あー?」
「誕生日って、なんで『おめでとう』言うアルか?」
「めでてェからだろ」
「なんでめでたいアルか?歳とるだけネ。どっちかっていうと悪いことアル」
「バカヤロー。世の中にはなァ、熟年しなきゃ見えてこねー事もあるんだよ。青二才にはわからねェ人生の深みを知っていくめでたさもあんだよ」
「熟年して銀ちゃんみたいに薄汚れた大人にはなりたくないネ」

俺の深みをわかってねーなァ、おめーは。やれやれと言わんばかりの口調で答える銀さん。
そして、一瞬途切れた会話を「まぁ、いーんじゃねーの」と繋げた。

「いつ、どこに生まれてくんのかなんざ、蓋開けてみねーとわからねェ博打みてーなモンだけどよ。博打の結果をめでてェと感じるかどーかは、てめぇ次第だろ。歳は一つとっちまったけどその分今年はここまで辿り着いた、とでも思えりゃ、それはそれで悪くねーんじゃねェの」

生まれて、歳を重ねて、そして今いる場所。
自分の足元を見た。玄関先に並んだブーツとチャイナ靴と、立ち尽くしたままの自分の草履。
今、自分のいる場所。
口元が、自然と緩んだ。
そして、さも今戻ってきたばかりのように、一度玄関を開けて閉めて。どたどたと大げさな音で廊下に上がる。「いやーうっかりしちゃいましたよー」。わざとらしくならないように自然を装って笑いながら襖を開ける、と。

「おかえりヨー」
「早ェな、オイ。そんな慌てねぇでもうちは逃げやしねーぞ」

坂田家の面々からそんな言葉。そしてふと頭をよぎった、姉上の『いってらっしゃい』という笑顔。
それは、いたって普通で、祝いでもなければトゥーユーでもなんでもなくて。
でも、そっか。
『てめぇ次第』、ね。

「違いますよ。財布忘れたから一度帰ってきたんです」
「買い物行くのに財布持たないとかマジありえないアル。新八にもほどがあるダロ」
「違うぞ神楽。そういう無駄な時間の積み重ねあっての新八だ。人生そのものだよ」
「それ僕の人生無駄だって言ってんの?!ていうか財布忘れたくらいお茶目な失敗としてスルーして下さいよ」
「お茶目とかキモイアル。ダメガネのクセにキモイアル」
「なんだとォォ!だからメガネだけどダメじゃねーって言ってるだろーがァァ!」

まったく。こんな奴らに、祝ってもらおうと思った自分がバカだった。こいつら、人を持ち上げるとかもてなすとか、そういう精神持ち合わせちゃいないんだから、そもそも。
だからもう、人には頼りませんよ。だって僕の誕生日なんだから。

「あーあ。たまにはおいしいモノでも食べたいですよねー。鍋の材料でも買ってこようかな、夏だけど」
「むおお!新八!たまにはいいこと言うアル!」
「何寝惚けたこと言ってやがんだ、クソガキども。坂田家の鍋は年1って家訓で決まってんだよ。逆らう奴ァ晩飯抜きにすんぞ」
「いいじゃないですか、今日くらい」

気だるい顔に、軽くそう返した。
返事を待つガキ2人を面倒臭そうに眺めながら、銀さんの眉間にシワが寄る。

「…ったく。おめーら、明日からは毎日のりたまご飯だからな。覚悟しとけよ」

神楽ちゃんの顔が輝いた。多分、隣の僕の顔も。


結局のところ、こいつら今日が何の日かについては、最後まで触れるつもりはないんだろうけど。でも。
今日がめでたい日って考え方も悪くないなって。自分で、そう思うから。
まぁ、いいか。















なんていうかこの3人て、わかっているのに伝わっているのに、意地でも口には出さない、みたいな。そういうイメージです。
でも万事屋に新八がいて良かった!って、心の中でみんな思っているはず!
おめでとう!ぱっつぁん!