唐突に、いつまでもここにはいられないのだ、という決まり切った現実が身近なものとなる高校3年生。 ここにはいられないなら、どこへ行くのか。 行きたいと思う場所へ行けるのか。 けれどそこは本当に、行きたい場所なのか。 漠然とした不安と、焦り。 見えない距離感と、掴めない力加減。 考えれば考えるほど、何かを見逃しそうになる。 もうすでに、何かを見失っている気もする。 だからまずは、歩くことに専念する。 周囲におだてられ、急かされ、時には厳しい言葉を投げ掛けられたりしながら。 自分と周りの歩幅を、常に見比べながら。 彼が僕たちの前に現れたのは、まさに、そんな道の途中でのこと。 「えー、今日から3週間、このA組に教育実習生が所属することとなった」 ある朝の、いつも通りに始まるショートホームルームにて。 挨拶の後、教卓に立つ担任の小笠原先生が僕らにそう告げた。 そういえば去年もこの時期、教育実習の先生が来ていたのを思い出す。 特に珍しいことでもないが、短期間とは言え新しく加わる顔にやはり興味はそそられる。 下を向いていた生徒たちも顔を上げた。 「じゃ、先生、入って」 教室の入口に向かって声を掛ける小笠原先生。 ゆっくりと引き戸をすべらし、その教育実習生は3年A組に足を踏み入れた。 だらりと身に着けたスーツ。 ゆるめのネクタイ。 無造作に飛び跳ねる白髪頭を掻き、気だるげに傾いた立ち姿。 なんとなく、生徒全員が、ポカンと口を開けた。 見た目で判断してはいけないのかもしれないけれど…理屈ではわかっていても、それは、不可抗力というもので。 「自己紹介を」 小笠原先生に促された彼は、死んだように活力の無い目で僕らを見渡した。 「どうも〜。教生の坂田で〜す」 やる気の無い低いトーンの第一声に、教室中、さらにポカン。 「趣味はジャンプ反復読みと糖分過剰摂取。彼女は募集中で〜す」 なんだろう、コレ。この違和感。 これまで見てきた教育実習生にあった、緊張感とか覇気とか若さとか初々しさとか。 そんなもの、まるで皆無。 あまりにも、「教育実習生のお兄さん☆」という爽やかなイメージから、かけ離れ過ぎている。 「みんな大人しぃっスねぇ」 そう話しかけられた小笠原先生が、「アンタもっとしゃきっとしなさい」と小声で彼をいさめている。 「…ま、3週間お手柔らかによろしく。あ、俺、親しみを込めて『銀八先生』って呼んでもらって構わねーんで、そこんとこもよろしく」 そう付け加えた坂田先生と一瞬目が合って、僕は慌てて視線をそらした。 「あ、彼、学級委員の宇都だから。クラスのことでわかんない事があったら、彼に聞いて」 それに気付いてか気付かずしてか、小笠原先生が突然僕を指差した。 えええ?!僕? このわけわからなそうな教生、僕に押し付けるんですか?! そうっと顔を上げると、坂田先生がまっすぐにこちらを見ている。 そして、 「宇都君、よろしく〜」 と、間延びした声で手を振ってきた。 僕は形式程度に小さく頭を下げ、その後はずっと、下を向いていた。 受験が迫っているこの時期に、余計なわずらわしさは遠慮したいのに。 3週間という長さに軽い眩暈を覚えながら、深く深く漏れた溜息は、抑えようもなかった。 なるべく、関わらないようにしよう。 後はそう、固く心に誓うのみ。 これが、教育実習生、坂田銀八と僕らの出会いだった。 |